6-5. 帰還(2)

          *

 指揮官らを捕らえたとの報告を受けて、ユウキとスイセイは、捕虜たちが集められているという場所に駆けつけた。

 そこでは十人ほどの男たちが手足を拘束され、地べたに座らされていた。腹を決めておとなしくしている者もいるが、数人はじたばたと抵抗している。その数人だけは猿ぐつわをかまされ、そばに一人ずつ見張りがつけられていた。

 そして、そのいかにも問題児といった様子の数人の中に、ユウキたちが捜していたデイルの姿はあった。

「あー……、まさかアレか?」

 スイセイがややうんざりとした様子で言った。ユウキも密かに気になっていたのだが、やはりあれは捕虜らしからぬ態度らしい。

「……うん。真ん中にいる男がそう」

「なんかもうよくね?」

「スイセイ……」

 捨て置きたい気持ちはユウキも同じだったが、そういうわけにもいかなかった。

 デイルは、曲がりなりにも総司令官として軍をひきいていた男だ。今こそシュセンのために役立ってもらわねばならなかった。

 この男に降伏を宣言させ、トーツ軍に通達させられればベストだが、ジャンをめ、使者との約定を反故ほごにし、拘束された今なお不服そうな顔をしている。今ここで降伏を告げさせたところで、大人しく兵を下げるとも思えなかった。

「しゃーねぇ、やるか……」

「スイセイ、先に話させてもらっていいかな?」

「あ? 実りある会話になるとは思わねぇけど、別にいいぜ」

「わかってる。ありがとう」

 ユウキももはやデイルに期待はしていない。それでも一言、けじめとして言っておきたかった。

 それからスイセイは兵士に命じてデイルを立たせ、猿ぐつわを外させた。その途端、デイルがその兵士に言葉で噛みつく。

「くそっ、くそっ、くそっ! 貴様らぁ! 一兵卒がぁ! 私を誰だと思っている!」

 周囲からは一斉に侮蔑の眼差しが向けられた。だが、デイルは気づかない。

「私は総司令官だぞ! このような扱いをして許されると思って――」

「デイル将軍」

 ユウキは一歩足を踏み出して、デイルに声をかけた。デイルの視線がユウキを捉える。そしてその直後、その目がかっと見開かれた。

「き、貴様! この、化け物めっ」

 怒りと怯えの混ざった眼差しがユウキにそそがれる。風捕りの脅威をデイルも痛感したようだ。

 正直、ここでデイルにまみえるまで、デイルが第二の砦から出てきているかの確信はなかった。明らかに先頭に立って軍を率いるタイプではないからだ。だが、潰走かいそうした兵を追う部隊に追随する程度の度胸はあったらしい。

「デイル将軍。仮といえども正式な手順に則って交わした約定。いかなる理由があろうとも、今回のトーツ軍の行動が、それを違えるものであることは確実でしょう。そのことは理解していただいてますね?」

 言ってすぐ、この場には前回通訳をしてくれたトウマがいないことを思い出す。スイセイに尋ねようとすると、その前にスイセイに睨まれたらしい兵士がびくりと肩を揺らし、慌ててたどたどしいトーツ語で通訳を始めた。

 そうしているうちにデイルの中から怯えの気配が消え去り、ふてぶてしさが戻ってくる。

「ふん、化け物との約定が有効なものか」

 ユウキは呆れを通り越して感心した。デイルは今、自分の生死がシュセンに握られていることを理解していないのだろうか。

「では、トーツがポロボに対して行った非道。それを広く知らしめるとともに、此度の件、シュセンから正式に抗議させていただきますがよろしいですね?」

「勝手にするがいい」

 ポロボの件を実際に広めるためには、もう一度ナダと交渉せねばならないが、デイルに対してはすでに決定事項であるかの如く、約定を反故にした結果として突きつけねばならなかった。

 このやり取りこそが肝心なのだ。使者を化け物と呼び、それを理由にトーツ側が一方的に約定を反故にした。その事実をトーツが認めたことになる。今この場にいる全員が証人だ。その中にはシュセンの貴族もいるし、トーツの捕虜たちもいる。都合が悪いからと言ってトーツがこれをなかったことにするには、相当の骨が折れるだろう。

 話は終えたと認識したユウキは、視線をデイルからその向こうにいる他の捕虜たちへと移す。この話をトーツ王に届けるには、先日のデイルとの対面時にいた男たちのいずれかを差し向けるのがいいかもしれない。

「スイセ――」

「それがどうした。シュセンの言葉など、誰も信じやせん」

 吐き捨てるようなその言葉に、ユウキはむっとした。更に一歩デイルに近づき、きつく睨む。

「信じるよ」

「はん、それはそれはおめでたい頭をお持ちのよう――」

「私が――私が使者として砦を訪問したことは、トーツの義勇兵や傭兵もが知る事実だってこと、忘れてません? それを知っている人たちが、シュセンの言い分の正しさを認めることになると思います」

「何を……トーツ兵がシュセンの肩を持つはずなどなかろう!」

「……どうでしょうね」

 これ以上の会話は無駄と見て、ユウキは言葉を切る。

 ユウキの中では、シュセンの言葉がトーツの人たちにも信じられるだろうことは確信となっていた。何せ、今回の義勇兵の中にはポロボに派遣されていた家族や親族を失ったという人たちが大勢参加しているというのだ。彼らがいくらトーツを信じたいと思っても、疑念に揺れることは必至だろう。

「んじゃ、最後に俺から。将軍さん。降伏するか?」

 スイセイが気怠そうに尋ねる。

「馬鹿を言うでない! 我がトーツ軍は永遠に負けん!」

 すでに大敗しているだろうに、デイルは決してその現実を認めなかった。スイセイもそれが最初からわかっていたのだろう。早々に説得を諦めた。

 そしてなおもわめくデイルに再び猿ぐつわを噛ませ、他の捕虜たちの元へと追い返した。

「さて。じゃ、こっちはこのまま二の砦まで向かうぞ。――いいな?」

 最後の問いかけはいつの間にか近くまで来ていたツグイに対してのもの。ツグイは重々しく頷き、各部隊へと指示を飛ばす。

 ユウキは後ろを振り向いて驚いた。いつの間にか、一時撤退していたシュセン軍が勢ぞろいしていた。その数一万近く。圧倒されるような光景だった。

「ほら乗れ、すぐ行くぞ」

 スイセイに促され、ユウキは再び馬に乗る。そしてすぐ、手綱を操り始めたスイセイに声をかける。本格的な移動が開始されれば会話もままならなくなるだろう。聞くなら今しかなかった。

「ねぇ。何を狙ってるの? もう放っておいても降伏してくるって、言ってなかった?」

 多くの兵が戦闘不能に陥り、総司令官を失ったトーツ軍は遅かれ早かれ降伏してくるだろうと言われていた。ただ、あまりにも多くの兵が脱落している。残された兵の中から臨時の指揮官を立て、そのあとに決断を下すことになるため、それには時間がかかるだろうと予想されていた。

 だからこそデイルに働きかけてもらおうと考えいたわけであるが、あのざまだ。顔には出ないが、スイセイもれているのかもしれない。

「追い打ちをかけようとしてる?」

「まぁそんなとこだ。砦囲んで決断を迫ってやりゃ、誰かが慌てて降伏すんだろ」

 現状、トーツ軍の八割以上がすでに戦闘不能であると考えられていた。シュセンの一、五倍はいた兵も、今はわずか三千人ほどでしかないと推測されている。この兵力差からすると、第二の砦を落とすことも容易だろう。そこまで攻めれば、トーツが白旗を振ることは確実だった。

「あぁ、別に砦を落とそうってんじゃねぇよ。深入りするつもりもねぇ。いくら補給が来てるっつっても先に人が参るし、何よりそろそろ農期だろ?」

「なるほ…ど……?」

 ユウキが納得しかけたとき、すぐ近くから独り言にしてはやや大きい、陰鬱な呟きが聞こえた。

「……ぎりぎり農期に間に合うくらいじゃ遅いんですけどね。冬の土づくりこそ農業の命でしたから」

 スイセイは真っ直ぐ前を向いたまま聞こえないふりをしていた。ユウキは迷った末、並走するその兵士に声をかける。

「えっと、あなたは……?」

「しがない農家の三男です。どうぞお気になさらずに」

「そ、そう。早く戻れるといいですね」

 ユウキにそう答えるのが精いっぱいだった。

 確かに軍の中でも上級職に就いているのは大半が貴族だ。しかも役人的な仕事を任されることのない次男や三男が多く、農家の事情など知る由もない。

 となれば、軍の上官は、種まきに間に合わすことを考えていればいい方で、大半は農期の存在など気にも止めていないというのが現状となるだろう。少しでも早く戻って、今年の収穫につなげられればいいと思う。

「あ……スイセイ、待って」

 戻るということを考えた瞬間、ユウキは大切なことを思い出した。ユウキにはまだやらなければならないことがある。

「スイセイ、私、シュセンに戻ってナダに交渉しに行かなきゃ」

「その必要はねぇ」

「どうして? だって、ポロボのことを広めるなら――」

「あー、それはあれだ。そいつに聞け」

 スイセイが示したのは先ほどの農家の三男――ではなく、彼に守られるようにして馬を走らせている男だった。男が深々とかぶっていた兜を少し上げると、そこには見覚えのある顔があった。

「久しぶり、ユウキ」

 ひょろりと背の高い父親くらいの年ごろの男性が、にこやかな笑みを浮かべて言った。ユウキは大きく目を見開いた。

「え、エイゴさん!? どうしてエイゴさんがここに?」

 エイゴはナナシ村の住人だった。セリナがセンリョウに来たときに一緒に来たのだろうか。だとしても戦場にいる理由にはならない。

 ユウキは驚きと混乱に見舞われながら、ただただ懐かしいその姿に見入る。

「ははっ、驚いたかユウキ。ま、こまけぇ話は後だ。――っと、何だっけか」

「あ、そうだった。あのね、ポロボのことなんだけど。どうしてシュセンに戻らなくていいのかなって」

「あぁ、その話だったな。そりゃぁ――」

 エイゴが説明しようとしたそのとき。突然、警戒を促す声が上がる。

「トーツ兵だ!」

 ユウキたちは会話を中断し、戦いになっても武器を振えるよう適度に距離を取る。

「単騎か? なら捕えろ!」

「おい、斥候はどうした!」

「他に敵影は!?」

 兵士たちの間に次々と言葉が飛び交う。一瞬にして騒然としたその様子にユウキはおののいた。まさかまたトーツ軍が襲撃してきたというのだろうか。

「ふぅん? 面白そうなことになってんじゃね? ちょっくら見て来るか」

「え、ス、スイセイ? ちょっと!」

 スイセイの馬に乗せてもらっているユウキは、半ば強制的にその騒ぎの中心地へ連れられていく。ユウキは心の中で絶叫した。

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