5-4. 切札を手に(2)
「とりあえず、諜報部に追加の人員を送り込むよう命じてある」
ユウキがトーツの軍人に育てられたという事実は、シュセンを守る治安局としては見過ごせないはずだ。そのことにスイセイが気づいていないはずがなかった。だから話を進めたのは意図的なもの、スイセイの意思表示に違いない。
「元々トーツの砦近くで待機させてたやつらだから、手紙の届く今夜中にも潜入を始めるだろう。んで、この原本を入手をそいつらにさせる。証拠を突きつけりゃ、やつらも言い逃れはできないだろ」
スイセイは態度で気にしないと示してくれた。そのことにユウキは心の中で感謝する。もしかしたらユウキはスイセイの
「トーツが健康被害を隠そうとした証拠だね。いけそう?」
感謝の言葉の代わりに話に乗れば、スイセイは少しだけ眉を寄せた。
「時間次第、だな」
常に自信満々のスイセイにしては珍しい言葉だ。けれど、できないと言わないところがいかにもスイセイらしい。
「時間を稼げば手に入れられるってこと? でも、そのために戦争は長引かせるのは、ちょっと……」
「死人を出したくねぇって? それは甘――」
「それもだけど。だって、シュセン軍の劣勢が
「なるほど、よくわかってんじゃねぇか。けど、こっちだって状況は変わってる、だろ?」
スイセイがにやりと笑い、ユウキは目を瞬かせる。それはシュセンが劣勢でなくなっているという意味だろうか。だが、そんな簡単に戦況をひっくり返せるのなら、ナダがユウキのような小娘に、失敗する可能性の高い暗殺など命じなかったはずだ。
「なんだ、忘れてんのかよ。ほら、あんたのじいさんの」
「あ、銃!」
スイセイの助言を受けてユウキは思い出した。昨日のナダとの対面中に届けられた銃。それはシュセンの銃に対する認識を大きく変えるものだった。
これによりナダたちはシュセンとトーツとでは銃の性能が大きく違うということを知ったはずだ。これまでの、銃など大したことないという思い込みが、シュセンの被害をここまで拡大させたのだから、この事実を知っただけでも被害は格段に減るだろう。
「そうだ。原因不明の脅威と、実態のわかりきった脅威とじゃ被害の大きさが段違いだからな。軍部長官だって馬鹿じゃねぇし、きっちりアキトと取引して威力の確認はしてるだろうよ」
スイセイの言葉の中に不意に出てきた名前に、ユウキの心臓がドクリと反応する。
まただ、と思う。知人と同じ、けれど不穏な響きを持つ名前。ユウキの知るアキトではないだろうと思いつつも、どうしても引っかかりが取れなかった。
「ねぇ、アキトって……」
「闇屋のアキト。銃を城に送りつけ、銃弾を取引材料にしたっていう食えねぇやつだ」
スイセイの答えはユウキの知りたいものではなかった。ユウキが知りたいのはスイセイの言うアキトとユウキの知るアキトが同一人物か否かだ。
だが、それを尋ねようにも、なんと尋ねればいいのかわからなかった。スイセイはチハルにいたアキトを知らないだろうし、聞いたところで関係ない話であるから流されてしまうかもしれない。
闇屋について聞けば何かわかるだろうか。そもそも闇屋がどういった存在であるか、ユウキは知らない。ナダもあの場にいた他の者も、闇屋の名前を聞いた瞬間、顔色を変えていた。スイセイの口ぶりとてそうだ。闇屋の実力を認めていることがはっきりとわかる。
「闇屋って、何する人なの……?」
「あー……情報暗殺者? どんな不都合な情報でも
ユウキは絶句した。予想以上だった。どうひいき目に見ても
だが、残念なことにそれは闇屋のアキトがユウキの知るアキトでないという証拠にはならなかった。むしろ心当たりがあるくらいだった。アキトは決して自宅を教えてくれなかったし、ユウキが尋ねることにわからないという答えが返ってきたこともない。
それに、ユウキがチハルを出たあの夜、ユウキたちの家に姿を見せたこともそうだ。あれはユウキがショウに頼んで行ってもらった場所であって、本来であれば立ち寄らなかった場所だ。常にユウキたちの動きを掴んでいたのでもなければ、あの場で会うことはできなかった。
何より、ジャンの銃を持ち出すことができ、そして、ユウキがセンリョウに来たタイミングでそれを送りつけることができる人物など、そうそういるはずない。考えれば考えるほど、アキトが闇屋であるように思えてきた。
「もし、その闇屋が、私の知ってるアキトおじさんだとしたら――」
「あ? 今頃何言ってんの? そいつだろ?」
「え!?」
「何、知らねぇでいたの? ショウは知ってたぜ?」
「えぇ!?」
ユウキはここが牢屋であることを忘れて大声を上げた。
「しっ。看守が来ちまうだろ」
「ご、ごめん。でも、嘘、そんな……」
「ま、それがわかったところでどうにもできねぇけどな。依頼しようたって、闇屋は自分が認めた依頼者の前にしか姿見せねぇし」
スイセイがわざとらしく肩をすくめる。
ユウキはそれどころではなかった。闇屋がユウキの知るアキトかもしれないとは思ったが本当にそうで、さらにはそれをショウが知っていたということに、もはや何を考えればいいのかさえわからなくなっていた。
「って、あれ、ちょっと待って」
少し前にも闇屋の名前を聞いた。確か、風捕りの情報を抹消するために動いた、とスイセイが言っていた人物だ。闇屋が何であるかを知る前から、アキトの名を不穏だと感じていたのはこのためだったのだと気づく。
「どういう、こと? アキトおじさんは……この一連の出来事に関係してたの?」
声がかすれた。信じたくない、と思う。もしアキトが、風捕りが窮地に立たされたこれらの事件に関わっていたのだとしたら、アキトに親切にしてもらった過去さえも信じられなくなってしまう。
アキトに助けられたチハルでの出会いすら、偶然ではなく、アキトの仕事の一端だったのではないか。共に笑い合った日々すら
「あー、闇屋が風捕りの情報を抹消しようとしたって話か?」
ユウキは頷く。怖い、聞きたくないと思うが、こればかりは聞いておかなくてはならなかった。ユウキの身に降りかかる危険性のある話だからだ。
「それについての真実は知れない。だが、闇屋が動いたっていう噂があるのは事実だ。ただ、闇屋の名前が表に出たことには疑問が上がってる。闇屋の仕事は、闇屋がやったって事実さえ消し去られるって言われてるからな」
「じゃあ」
「とはいっても、あんな大掛かりな情報規制を提案できんのは、闇屋か、よほどの馬鹿かしかいねぇ。闇屋が全く絡んでねぇってことはないだろうな」
そういうことならユウキは信じたいほうを信じる。アキトは風捕りを消そうとはしなかった、もしくは、何か事情があったのだと思おうと思った。
闇屋のアキトと知り合ったことは決して悪いことではない。今の話からも、闇屋には実力と実績があるということがわかった。跡形もなく情報を消せるということは、その情報がどこまで広がっているかを把握できるだけの情報網を持ち、それをもみ消せるだけの権力を持つなり、権力者を動かすなりできるということだ。
「ねぇ、もしかして、アキトおじさんを味方に引き入れられたとしたら――」
「話は早ぇだろうな。下手すりゃアキトはトーツのしたことも含めて全部知ってるだろうし。けど難しいんじゃね? ショウも会ったみてぇだけど、あの書類にあった内容は引き出せてなかったしな。情報屋としては利用できてもそれ以上は……あー、ユウキならまた別かもしねぇが……」
スイセイが難しい表情で考え込む。ユウキなら別というのは、ユウキがアキトと親しかったからだろうか。それとも、ユウキが風捕りだからだろうか。ユウキにはそこまでのことはわからなかった。
「待って。ショウと会ってたって、それ、センリョウに来てから?」
「おう」
アキトがセンリョウにいる。その事実はユウキにとって大きな希望になった。
「それなら……呼べるかも」
「は? 呼べるって、何を」
「だから、アキトおじさんをだよ。ね、私ならもっと協力を引き出せるかもしれないんだよね?」
「あぁ。だが、闇屋だぜ?」
「うん。このやり方を聞いたのはチハルにいたときだけど、困ったらいつでもどこでも呼ぶようにって言われてるの」
直後、スイセイが鉄格子の隙間から手を伸ばし、ユウキの頭をくしゃくしゃとなでまわした。突然の行動にユウキは驚きながらもくすぐったい気持ちになる。
「よくやった。で、その呼び方ってのは?」
本当は誰にも教えてはいけないのかもしれない。けれど、ここは牢屋で、スイセイに頼むしかなかった。ユウキはスイセイにやり方を教えた。
「洗濯物を東から、上着、ズボン、ハンカチの順に干す、ね……なんつーくだらない方法を……」
スイセイは呆れ果てた顔をした。だが、おそらくアキトもスイセイには言われたくないだろう。スイセイほどはちゃめちゃな人間をユウキは知らない。
「ここに連れて来るか? それとも俺が代わりに話すか?」
「ここに来るかどうかはアキトおじさんの判断に任せるよ。その方が確実でしょ?」
それからユウキはスイセイとアキトに頼むべきことを相談する。実際にどこまでお願いできるかはわからない。けれど、ユウキはアキトの力を借りたかった。
そうして話がまとまったところで、再びスイセイが口を開く。
「あー、それから、もう一つ耳に入れておきたいことがある」
珍しくスイセイの顔に迷いが見えた。ユウキは不思議に思いながらも話を促す。
「その、風捕りが集められたあとのことだ。これはショウからの情報なんだが――」
それは風捕りが耳となった経緯と、そこで行われていた非道な行為についてだった。
国民に風捕りのことを話させないための耳として働かされていた、特殊能力部隊の風捕りたち。彼らは仲間たちを人質にされ、目の前で命が奪われるのを見続けながら仕事をさせられていたのだという。しかも殺されるのは幼い子どもから。彼らの仕事部屋からは悲鳴が絶えなかったという。
報告を上げれば国民が死に、黙っていれば仲間が殺される。できないと言うことも許されず、ただひたすらに死を見続けながらの仕事。それは一体どれほどの恐怖だっただろうか。どれほどの苦痛を味わったのだろうか。
ユウキはあまりのむごさに言葉を失った。こんなことをされたら、気が狂ってしまってもおかしくない。
「あいつらがユウキを見て怯えたのはたぶん、それが理由だ」
「私が、生きているはずのない年頃の風捕りだったから、ね」
子どもから順に殺していったということは、生き残ったのは年齢が上の風捕りだけということだ。ましてやそれが始まっただろう時からすでに十年以上が経過している。十代の風捕りが生き残っているはずない状況だったと考えれば納得もいった。
だからナダたちはまるで亡霊でも目にしたかのような反応を示したのだ。ユウキが生きていたことは、脱走した風捕りがいた可能性を
結局、ユウキの言葉によって、他に仲間は存在していないことがわかってしまった。だから彼らはすぐに立ち直り、強気な要求をユウキに突き付けたのだ。
「スイセイ。当時、ナダはどういう立場だったの? もう、軍部長官になってたの?」
返されたのは小さな頷きだけ。スイセイはユウキの言葉を肯定していた。
「――許せない」
胸の内に生じるのは
「復讐でもするか?」
「復讐? そんなの知らない。でも、もう二度とこんなことはさせないよ」
罪はきちんと
特殊能力部隊の風捕りたちはすでに戦場にいるという。彼らは間接的にとはいえ、自分たちのせいで多くの命を殺めてしまったことで罪悪感を持っているに違いなかった。それを彼らの弱みとして、ナダたちはいいように使っているのだ。許せるはずなどなかった。
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