4-5. 時は止まらない(3)

         *

 神出鬼没の遊離隊。彼らはその名のごとく戦場を翻弄ほんろうしている。爆薬を仕掛けたり、切り込んでいったり、背後をとってみたり、その様は無邪気なふりをした悪魔のようだとトーツ兵の間では恐れられていた。

 事実、遊離隊員たちは無邪気にたのしんでいた。スイセイが手塩にかけて育て上げた優秀な部下だ。その感性が人並のはずがなかった。

「相変わらず見事な腕で」

 あきれた口調でスイセイに声をかけてきたのはトウマだ。

 スイセイもほんの少し前まで、トーツ兵相手に遊びまわっていた。本隊との連携やら、仲間の状況確認やら、面倒な作業を全て副隊長のトウマに押しつけて、スイセイ自身は存分にその腕を振るっきた。トウマは遠目にそれを見ていたのだろう。

 スイセイとしてはまだまだ遊び足りなかったが、それを切り上げて戻ってきたのはひとえにトウマへの伝達事項があったからだ。

「この調子ならここは大丈夫だろ?」

「えぇ、まぁ。相手が奇策でも用いない限りは時間の問題かと」

「だよな。ってことで、あとよろしく」

「は?」

 トウマは間の抜けた声を上げた。

「え、ちょ、ど、どういう意味ですか? どこかに行かれるおつもりで?」

「ん? あー、センリョウ?」

「はぁ!?」

 次に上がったのは悲鳴のような驚愕の声だった。スイセイは予想通りのトウマの反応に思わず笑いをこぼす。

「ちょっと待ってください」

「何、一緒に来てぇの?」

「そうじゃなく――」

「んじゃ、あの砦落としたらこいよ」

 話をすり替えるようにそう告げると、トウマの顔に青筋が立った。

「ですから! こんなときに一体何考えてるのかって言ってるんです!」

 トウマの怒声が辺り一帯に響き渡る。周囲にいた兵たちが何事かとこちらを振り返り、スイセイに目を止めた瞬間、すっと視線をらした。

「だいたい、遊離隊の隊長はあなたなんですよ。それを人任せにして好き勝手暴れてきたかと思えば、挙句の果てには一人先に戦線離脱ですか? そんな勝手が許されるとでも? しかも、今は戦の真っただ中で、戦闘中です。ちゃんと隊長としての責務を――……」

 スイセイは長々と続くトウマの言葉を半ば聞き流し、旅支度を整える。

 スイセイは自身の戦場に限らず、全体の戦況も把握していた。分散した遊離隊が参戦している戦場でこそ被害は少ないが、未参戦の戦場ではかなりの痛手をこうむっているらしいという話も耳にしている。こんな状況での戦線離脱が許されるはずないことも理解していた。

 トウマの小言はまだ続いていたが、スイセイは荷を積み終わるなり馬に飛び乗り、そのまま馬首をひるがえす。

「隊長!」

 トウマも慌てて馬を駆ろうとするが、スイセイはそれを制した。

「ほらほら、皆がお前の指示を待ってるぞ。このままじゃ、まずいんじゃねぇの?」

 この戦場での指揮権はトウマにゆだねたままだ。スイセイと会話している間にもやってきていた伝令たちは、トウマの後ろに整列して会話が終わるのを待っていた。トウマはそんな彼らとスイセイとを見比べ、そして苦虫を噛み潰すような顔をした。

「砦を落としたら、ですね。覚悟してください。すぐに連れ戻しに行きますから!」

 トウマの捨て台詞を聞きながら、スイセイは一人戦場を離れた。


 高台に登ったスイセイは、そこで不審な様子の三人組を発見する。あの軍服はトーツのもの。トーツの偵察兵だ。

 スイセイは気配を消し、背後から一気に詰め寄った。

「何かわかったかい?」

 勢いよく振り向いた男たちの顔に驚愕が浮かぶ。スイセイは彼らに動く隙を与えなかった。答えを待つことなく剣を振るい、一人、二人と切り捨てていく。

「くそっ。悪魔のくせにっ」

 反応できたのは最後の一人だけ。だが、その男も口を開いた時にはすでにスイセイに切り捨てられていた。男の首が宙を舞う。

「ん? それはあれか? 非人道的なシュセン人は人間じゃねぇって意味か?」

 血のりを拭き取りながら聞き返すが、当然答えはなかった。三人の偵察兵は瞬く間に息を引き取ることになった。

 偵察兵がこう捨て身で敵陣の深くまで入り込むのは、相手に焦りがあるからだ。トウマの言うよう、この戦場の決着はすぐにつくだろう。

「さて、今度はどこでひっくり返されっかね」

 特殊能力部隊所属の風捕りは補給部隊に混ざってすでに戦場に来ている。このまま勝ち続けられるのであれば、風捕りの出番もなく終われるかもしれない。だが、そうはならないだろうとの予感がスイセイにはあった。

 風捕りたちの平穏は、まだ当分訪れそうになかった。



(第四章 完。第五章に続く)

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