4-5. 時は止まらない(2)

          *

「何とか落とせたか……」

 王城にある軍部長官室では、現場から上がってきた報告にナダが安堵の様相を見せていた。

 戦場の報告は日に二度ほど、ナダの元に届く。戦場から離れているためそれなりにタイムラグが出てしまうが、実際に指揮をっているのは現場にいる副官であるため、大きな問題とはならない。ナダの仕事は戦況の把握と王への報告、そして他国の動きを踏まえての、全体的指示出しをすることだった。

 ナダは、ナダ以上に戦場経験の多い副官を大いに信頼していた。現状、前線も、落としたとりでや街で生じる防衛戦も、移動中に遭遇してしまった斥候せっこうとの小競り合いも、いずれも負けなしで、危うい戦いもない。懸念すべき箇所はどこにもない――はずだった。

「まだ、原因はわからないのか」

「申し訳ございません」

 もう何度目になるかもわからないナダの問いに、伝令はこれまでと変わらぬ答えを返した。

 一つ一つの戦いには勝利している。だが、問題はその内容だった。人的被害が多すぎるのだ。

 今現在、戦場に投入されている戦力は、主戦力である軍隊、遊撃要員である遊離隊、支援要員であり、隠し玉ともいえる特殊能力部隊、そして兵数を強化する義勇兵。その義勇兵も自ら志願するだけあって武芸に優れた者が多く、ただ徴兵して集まっただけ男たちとは訳が違う。

 だからこそ、ナダは現状が信じがたかった。信頼できる副官が指揮を執り、兵力も相手に勝っている。にもかかわらず、毎回、相手と同じか、それ以上の被害が出ているというのだ。このままでは劣勢になるのも時間の問題だった。

「この情報は漏らすなよ。士気が下がりかねん」

「はっ、了解しました。では、引き続き原因解明に尽力いたします」

 伝令はびしっと敬礼をすると、すぐさま部屋を出て行った。

 戦は圧倒的な強さを見せつけなくては終わらせられない。トーツの国力が回復していないことは周知の事実。ロージアを参戦させないためのお話合いも念入りに行った。負けないことはわかっていた。

 けれど、ここまで苦戦するとなると問題だ。長引けば長引くほど戦費がかさみ、平民はもちろん、貴族からも大きな不満が噴出するだろう。

 マカベ家からの要請があったとはいえ、戦争再開を王に進言したのはナダだ。最悪の場合はその責任の全てが自分に振りかかるという認識はしっかりと持っていた。

 ナダはギリギリと奥歯を噛みしめる。いい加減何らかの手を打たなくてはならなかった。だが、これといったいい作戦は思い浮かばない。前回のポロボでの事件と同じてつを踏まないようにと考えると、より一層慎重にならざるを得なかった。

 こんなとき、意表を突く策を出せるのは、あの商人しかいないと思った。マカベという切れ者の商人であれば、まだ何か策を隠し持っているかもしれない。

「ウル。マカベを――」

 ナダが控えていたウルに声をかけたそのとき、入り口のドアがノックされた。入室を許可して顔を見せたのは補佐のヤマキだった。

「どうした」

くだんの商人が長官に面会を求めて城にいらしております。いかがいたしますか?」

 ナダははっと息をのみ、そしてにやりと笑った。

 まさに最高のタイミングだった。腕のいい商人は機を読むのが上手いというが、マカベもその例に漏れなかったようだ。

「今はどこに?」

「先日と同じお部屋にお通ししております」

「誰にも見られてないな」

「はい。問題ございません」

「わかった。行こう。ここは――ヤマキ、お前に任せる。急使が来るようなら、報告を受けておけ」

「畏まりました」

 ナダはウルを連れて部屋を出た。

 向こうからやってきたわけであるから、何も考えてないなどと言わせるつもりはなかった。マカベ家とてこの戦に勝たないことにはフォルとの取引を安全に行うことはできないのだ。快く協力してくれるだろうとナダは確信していた。

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