2-5. 書を守る者(2)

          *

 あの日以来、ユウキとはうまくいっていない。互いに無視するほど大人げなくはないが、わされる会話はどこかぎこちなかった。


 ショウとしてはユウキがショウに内緒でおばあさんと仲良くなっていたということが一番の衝撃だった。

 それは考えるまでもなく非常に危険な行いだった。危険だとユウキは気づかなかったのだろうかと不満に思う。さらにそれを何でもないことのように話すユウキに苛立ちがつのった。

 ショウはこれまでユウキの身の安全のために、細心の注意を払ってきたつもりだ。ユウキを調べものに連れて行かなかったのも、この家の出入り口を改めて整え直したのも、全てユウキの存在を周囲に知られないようにするためだった。

 今の状況ではマカベ家に見つかるのはもちろん、警察隊に見つかるのも安全とは言い難い。他人に利用されないようにするためにはじっと息をひそめて隠れているしかなかった。そのために、ショウはできる限りの手を打っていたというのに――。

 それなのに、ユウキは何もわかっていない。

 おばあさんに通報されたらどうしていたのだろうか。しかもショウのいないときに打ち明けたということは、もし通報されたらユウキは自力で逃げなければならなかったということだ。無事に逃げおおせることができたかどうかだって怪しい。

 たとえおばあさんが通報しなかったとしても、おばあさんが昼間過ごしているリビングは家の前の通りから丸見えだ。ショウ自身、最初の日に通りから中を覗いて、住人が変わっていないことを確認した。日中、おばあさんと過ごしていたということは、一体どれほどの人にその姿を目撃されたことか――考えるだけでも頭痛がした。

 だが、話はそれだけでは終わらなかった。さらに衝撃的な言葉をユウキはショウに投げつけた。

 ――ショウだって勝手じゃない。

 勝手をしたのはどっちだ、と思った。自分のしたことをわかってるのかと詰め寄りたかった。

 ユウキはショウが里探しをしているかどうかを疑い、それをしていないと判断するや否や、ショウを勝手だと非難したのだ。たかがそれだけのことで。

 里探しが後回しになるのは当然のことだった。優先順位は考えるまでもなく、ユウキの身の安全の確保のほうが高い。だからそちらを優先した。なのにどうしてそれを勝手と批難されなければならないのだろうか。

 直接的な関わりはわからないにせよ、マカベが不穏な動きを続けていることは確かなのだ。それなのにのんきに里探しなどしていられるはずがなかった。

 いて自分の非をあげるとしたら、手紙が飛ばされたことを伏せていたことか。

 それについては悪かったかもしれないと思っている。マカベがあきらめたと誤解するような言い方をしたことについても。

 だが、それだってユウキを想っての行動だった。ユウキを不安にさせないために、少しでも安心して過ごせるように、そのためにした配慮だった。

 それなのに何故責められなければいけないのか、何故嘘つきとののしられなければいけないのか、理不尽だと思った。

 少しは察してくれてもいいのではないかと思った。すでにそれなりの時間を共に過ごしている。ユウキならもっとわかってくれると思っていた。

 ――いや、俺が買いかぶり過ぎてたのか。

 思えば、ユウキは十五歳の普通の少女だ。学校にだって行ったことがない。そんな少女にわかれという方が無謀だったのかもしれない。

 伝えていなかった手紙に関しては今なら話せる。送り先もおそらくだが、わかった。

 林でショウたちを追い抜いて行った早馬を思い出せばいい。南を行った馬は陸路で、東に行った馬は海路でセンリョウを目指していたと推測することできた。となれば、手紙も同じだろうと予想できる。

 けれど、これだけの期間をかけてわかったのはたったのそれだけ、その推測だけだった。

 本当はユウキと里探し「ごっこ」をしている間に全てを片付けるつもりだった。裏の世界に片足を突っ込んでいる自分であれば、すぐにマカベの狙いや風捕りの真相にたどり着けると思っていた。

 その予定が狂ったのは、風捕りに関しての情報が全く入手できなかったことが要因だ。

 もしもっと早くに色々なことがわかっていたら、こんな無駄な喧嘩などせずに済んだだろう。


 どんよりとした雲はまるでショウの心を映し出したかのようだった。ショウはそんな空から目をそむけ、足元だけをただ見据えて進む。

 ショウの足は先日行きそびれた明かり屋へと向いていた。

 住宅街を抜け、商業区に入り歩くことしばらく。ショウは通りのど真ん中で足を止めた――否、立ち尽くした。

「な……んで、ないんだ……!?」

 立ち並ぶ店舗の中、がらんどうになっている一軒が目につく。そこはまさに明かり屋があった場所だった。

 明かり屋はものの見事になくなっていた。建物こそあるが、店内は棚の一つも残っていない。閉店したことは確認するまでもなく明らかだった。

 情報屋が身を隠すために移転することは決して珍しいことではないとショウは聞いていた。だが、実際に目の当たりにしたのは初めてだった。こうも突然、忽然こつぜんと姿を消してしまうのかとショウは愕然がくぜんとした。

 ――なんとタイミングの悪い。

 もうショウが頼れるのは明かり屋だけだったというのに、よりによって今移転しなくても、と文句を言いたくなる。

 これも天意なのだろうか。甘えるなとショウを突き放しているのだろうか。

 わかっていないわけではないのだ。ユウキの言い分だって、多分間違っていない。相談せず行動したのはショウも同じだ。

 ただ、素直に謝るにはショウのプライドが邪魔をした。

 せめて何か手土産でもあれば、と考えて――そんな、ショウの甘い考えを見透みすかしたのかもしれない。だから明かり屋はいなくなってしまった――。

 そんな馬鹿な考えに打ちのめされていると、ショウの耳に思わぬ話題が飛び込んで来た。

「――おい、聞いたか。戦争が再開されるって」

 ショウははっとした。思わず耳をそばだて、声の主を探す。

 噂話をして歩いていたのは三十代前半の二人組だった。ショウはさりげない足取りで二人の後ろについて会話を拾う。

「はぁ? これから冬だぞ。本気か?」

「けど、ホントだって。国境沿いの奴らが戦支度始めたって。ゲンさんが言ってたんだ、間違いない」

「そりゃあ……。で、今の話だとこっちから仕掛けるってことだよな?」

「あぁ。やっぱり非人道的国家なんて烙印らくいん押されたままじゃまずいってことだろ?」

「いや、けどよ。それ、次はロージアも相手しなきゃいけねぇってことだろ? うわっ……それ行きたがる奴いんの?」

「ばか、言うなよそういうこと。けど、大丈夫だって。うちには……特殊能力者も大勢いるし」

「――やめろよ。特殊能力者とか……前のこと忘れたのかよ」

「悪い、つい……」

 ショウはそこまで聞いてそばを離れる。

 戦争、それはどんなに国政に無関心な者でも捨て置けない話題だった。生活に直結する大問題だ。先の大戦後、疲弊ひへいしていた国力はだいぶ戻ってきている。特に食料に関してはちゃんと全国民をまかなえるだけの生産量を得ているはずで、今ならおそらく、備蓄もできているだろう。

 だが、だからといって戦争が行える状況かというとそうとも言い難い。大戦の結果、シュセンがこうむった非人道的国家という汚名は、これまでシュセンを支援していた各国との縁を分断するものだった。そのため、特に、火薬の原料となる硝石しょうせきを輸入に頼っていたシュセンとしては、兵器製造の面で大きく後れを取ってしまったはずだ。

 にもかかわらず、戦争再開との噂。しかもシュセンから攻めようとしているなど、納得のいくものではなかった。

 ――何かあったのか……?

 泥棒時代はともかく、大工見習いになってからは、時事にも目を向けるようにしていた。ショウの持っている情報がものすごく古いということもないはずだった。

 ショウは場所を移動しながら、さらに噂話を拾い集める。噂はショウの予想以上に広がっており、ほぼ街中で囁かれていた。噂がこれほど広がるまで気づけなかったことに、ショウは歯噛みする。

 ――これは開戦が近いかもしれない。

 戦争の火ぶたが切って落とされたら、国民はすべからく協力しなければならない。これはシュセンに限らず、どの国であっても常識だ。であるから、マカベがユウキたちを追う余裕はなくなるだろう。だが同時に、ショウとユウキが隠れていることもできなくなる。労働が課されるか否かは状況次第だが、労働が課されなかったとしても戦争下で隠れているということはそれだけで重罪だった。

「本当に、こんなときばっかり」

 厄介な問題は重なるものらしい。ショウは大きくため息をつき、帰路についた。

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