第二章

2-1. 陰謀と策略(1)

 荒内海あらうちうみの大戦は導歴どうれき八四一年に起こり、八五一年まで続いた。この戦は東国トーツが荒内海沿岸部の領有権を主張したところから始まる。

 トーツは東岸侵攻とうがんしんこうを皮切りに、チガヤ平原の戦い、船舶転覆せんぱくてんぷく事件と次々に戦を仕掛けてきた。シュセンはそれに応戦しつつも、天誅てんちゅう作戦と呼ばれる大規模作戦を実行する。それは初めて特殊能力者が実戦に投入され、成果を上げたと伝えられている作戦だった。

 だが、その詳細は知られていない。兵器工場のあった町を丸々一つ破壊したとか、潜入した特殊能力者が無抵抗の人々を皆殺しにしたなどと言われているが――当時を知る者たちは口を貝のように閉ざし、書物に残されることもなかった。



          *

 シュセン国の首都センリョウは、国内では比較的南に位置する。大陸全体から見ればちょうど中ほどかやや北に位置するものの、過ごしやすい恵まれた場所にあった。

 都市は、石造りの強固な城を起点として南東へ扇状に広がる。その都市の南を、遙か北のセーウ山脈より続く大河、タット川が流れていた。センリョウはそのタット川より水を引くことで水の豊かな都市として発展した。

 そんなセンリョウの象徴たる王城、サクライ城。

 月はとうに頭上を過ぎ、すでに傾き始めている。夜警でもなければみな寝静まっているこの時刻にあっても活動する人々はいた。


 夜空に浮かぶ三日月の光は弱々しく、城内を照らすには足りなかった。暗闇の中に点々とともされた明かりだけがここが廊下であると示す。だが、控えめに灯された明かりは廊下全体を照らすことはなく、柔らかな円を描いてそこに在るだけだった。

 そのほのかな明かりに照らし出された顔はまだ若く、青年というのがふさわしい。身にまと詰襟つめえりの黒服は制服ではないようだが、その体つきからするとおそらく軍隊か警察隊の関係者なのだろうとさっせられる。細身ながらもしなやかな体躯たいくで、しっかりと鍛えられていることが窺えた。

 青年はのんびりと、気ままに散策をたのしんでいるかのような風情ふぜいで歩いていた。この時刻でさえなければ何もおかしくないのだが、あいにくの深夜だ。散策を愉しむような時刻ではない。だからといって見回りをしている様子でもなく、不審者かと疑うには堂々としすぎていた。もし巡回の者が目にしていたら、きっと判断に困ったことだろう。

 幸いにも青年が巡回の者と出くわすことはなく、さらにいくつかの角を曲がり、城の奥の回廊へと入り込む。

 青年が不意に足を止めた。

 耳をそばだて、周囲に視線をそそぐ。――かと思えば、先ほどまでとは打って変わった様子で足早に歩き出した。だが、そこには足音も衣擦きぬずれの音もない。青年は気配を消し、見事に闇に溶け込んでいた。


 そんな青年の表情には、何に気づいたのか、あやしく愉しげな笑みが浮かんでいた。

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