第2話 ゲチスバーグ伯爵令嬢?

 港には伯爵夫妻の帰還を聞きつけて、配下の騎士や近隣の貴族や郷士達が出迎えに来ていた。

「さぁ、ジュリア、殿方の相手はアルバートに任せて、私達は城でお風呂に入りましょう」

 南部同盟の盟主としての役割も大事だが、グローリアはジュリアが伯爵令嬢として注目を集めるのに慣れていないので、さっさと会釈をすると出迎えの馬車に乗り込む。

「あの丘にあるお城に住むのですか?」

 港を見下ろす丘には、高い石垣に囲まれた城塞が聳えていた。

「ゲチスバーモンド伯爵は昔から南部を治めていたのですよ。だから、外は軍事重視の無粋な城ですが、内部は快適に改装してありますからね」

 ベーカーヒル伯爵家は首都ヘレナの屋敷も、領地の屋敷も、瀟洒な建物だったし、召使いは大勢いたが、騎士を抱えたりはしていなかった。

「ベーカーヒル伯爵は王に直接仕える文官でいらっしゃるから、軍備など必要ないのでしょう。ルキアス王国は王の中央集権国家ですけど、イオニア王国は地方分権国家ですから、南部を治めるゲチスバーモンド伯爵家は、この土地の政治、経済、軍事を統括しているのですよ」

 グローリアは此方の生活に慣れるまでには少し時間が掛かりそうなので、ゆっくりと伯爵令嬢としての知識や身のこなしを教えていけば良いと考えていた。しかし、その時間が取れるだろうかと港に出迎えた人々の視線がジュリアに集中していたので不安になる。

『貴族や騎士の中には精霊使いの能力がある方もいるから……ジュリアの回りに集まった精霊達を見て、巫女姫の娘だと確認したのでしょう。サリンジャーの帰国を歓迎して精霊が集まったと、アルバートが上手く誤魔化していたけど……』

 本来14歳になるジュリアは、縁談が進められても可笑しくない年頃なのだと、発育が不良気味で11歳程度にしか見えない孫娘を争奪戦から護らなくてはとグローリアはしゃんと座り直した。


 整備されている石畳を、城まで馬車に乗って進みながら、ジュリアは侍女のルーシーがついてきてくれて良かったと心の底から感謝した。

『お祖母様はとても私を可愛がって下さるけど、見知らぬ国の見知らぬ人達と暮らすのはしんどいわ……ルーシーが一緒だとホッとするわ』

 ふと、ルーシーと一緒に過ごした屋根裏の女中部屋を思いだし、シルビアお嬢様やミリアム先生、そしてセドリック様や伯爵夫妻に手紙を書かなくてはと考える。

『手紙なら私が届けてあげるわ』

 馬車の窓枠に手を掛けて、シルフィードのマリエールが声をかける。

『まぁ、マリエール! 私の考えがわかるの?』

 褒めて貰った! と嬉しそうにマリエールは空を舞う。

 他のシルフィード達は、少し羨ましそうにマリエールが舞っているのを眺めていたが、こんなお調子者より自分に手紙を渡した方が良いと意地悪を言う。

『何通も書くから、皆にお願いするわ! もちろん、マリエールにもね』

 後でサリンジャー師に、マリエールが自分の考えを読んだ気がすると相談してみようと思っていたが、馬車が城塞の門をくぐり中庭に着いたので、すっかり何処かに飛んでいってしまう。

「あら、まぁ! 勢揃いして出迎えだなんて……セバスチャンは困った執事ねぇ! 大袈裟に騒がないようにとマーカスに手紙で言っておいたのに」

 ジュリアがまだ伯爵令嬢としての自覚が無いのを察したグローリアは、マーカス城代にそう指図を書いたのだが、年配のセバスチャン執事が後継者の初めての城入をちゃんと歓迎しなくてはと騒いだのだろうと溜め息をつく。

「もしかして……」何十人もの使用人達が勢揃いしているのに、ジュリアは怯えた。

「私の孫娘をとって食いはしませんよ! さぁ、ジュリア、何人か紹介しましょうね」

 そう励ますと、グローリアは馬車から優雅に降りる。

「ルーシー! ずっと一緒に居てね!」

 そう言われて、ルーシーは大丈夫ですよ! と励ました。

「ジュリア様、さぁ」と若い男性に手を差し出され、ジュリアは馬車から降りた。

「この人が城代のジョージ・マーカスよ! マーカス卿、こんなに大袈裟にしないようにと言ったでしょ」

 ぽんぽん文句を言われても、茶色の瞳は笑ったままで、マーカスはジュリアの手をとって挨拶のキスをした。

「ジュリア様、はじめまして! ハトコのジェームズ・マーカスです! 父上のフィッツジェラルド卿と私の母が従兄弟なのです」

 身内だと紹介されて、ジュリアは父の国に帰って来たのだと実感する。

「グローリア伯爵夫人、ご帰国おめでとうございます」

 城代のマーカス卿より、内々の支配力はありそうな執事のセバスチャンに、グローリアはやれやれと溜め息をつく。

「セバスチャン、此方が私の孫娘ジュリアよ。此方の生活に慣れるまで世話を頼むわね」

「ジュリア様、緑蔭城にようこそ」

 セバスチャンはジュリアの前に深々と頭を下げて帰国を祝う。

 それを見習って、勢揃いしていた召使い達も一斉にお辞儀をした。

「緑蔭城?」怪訝な顔のジュリアに、グローリアは上を見てみなさいと笑う。

 城は野茨に覆われて、白やピンクのバラが冬なのに咲き誇っていた。

「この城には温泉が引いてあるので、冬でもバラが咲くのですよ」

 それにしても、これほどのバラが咲くことは稀だと、グローリアはジュリアの帰国を土の精霊が喜んでいるのだろうと察した。

「さぁ、ジュリア! こんなに大勢の名前は一度に覚えられないでしょう。 女中頭のメイソン夫人、そして私の侍女のメーガンとキャリー! さぁ、お風呂に入りましょう!」

 長旅なので、年配の侍女のメーガンではなく、若いキャリーを連れて来ていたのだとルーシーから聞いていた。女中頭のメイソン夫人に思わずお辞儀をしそうになったが、宜しくとのみ声をかけて、お祖母様に部屋へと案内される。

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