◇12



イフリー大陸の【ヘイザード】を襲った灼熱と巨大狼。

人々は逃げる間も無く灼熱に焼かれ、街では巨大狼【ヴォルフ フェンリル】が暴れ、ヘイザードは崩壊した。


デザリア騎士が駆け付けた時には既に全て終わっていた。

数時間という時間で大きな街がひとつ消滅し、生存者はゼロ。崩落した研究所に残されていた紙切れには “大玉から転び落ちそうなピエロのシルエットマーク” が描かれていた。


ピエロマークを残す存在が大昔にいた、という話を聞いた。その際も “イフリート” を起こそうとして、街をひとつ消したとか。

しかし今回の事件は巨大狼の仕業───として片付けられた。


何千人もの犠牲を出したこの事件名を【陽炎】とし、騎士は記録を残し、巨大狼【ヴォルフ フェンリル】はSSレートとし、騎士だけではなく冒険者やレート狩りを生業とする者達にもその存在が知れ渡った。





「........」


革袋に入った水を、俺は何もない荒野───昔は街があり、街の外は砂漠だった場所───へ注ぐように。


今は砂漠ではなく荒野。サボテンや砂蜥蜴ならば生息出来るまでに変わったのは、ここにあった街が消滅して数年後だった。砂も枯れ溶ける程の灼熱が冷え、砂漠は荒野へと姿を変えた。神の奇跡などと言う者もいるが、これは間違いなく四大の力だ。


【陽炎】と呼ばれる掴めない事件からもう5年が経過した。俺は───少しは変われただろうか?


あの日から毎日後悔した。

誰かのために動いていれば、誰かのために行動できる人間であれば、お前を助ける事が出来たのではないか? と。でも、いくら後悔しても、時間は戻らない。悔やんで、悔やんで、やっと出た答えは───俺もお前みたいに、誰かの為に格好よく生きたい。だった。


俺が持ってないものを、お前は持っていた。

俺に出来ない事を、お前は簡単にやっていた。

俺に選べない事を、お前は進んで選んでいた。


「......俺、騎士になれなかった。見習いにはなれたけど、正式な騎士試験の時に困ってる人がいて.....助けたら、それがダメだったみたいでな。笑えるよな......」


あれだけ求めていた騎士という称号は、もう手に入らない。でも後悔はしてない。


見て見ぬフリをして騎士なるなら───俺は騎士になれなくていい。見てみぬフリをする人間になりたくない。


お前が言ってた言葉......今なら俺も言える。


あの頃の俺は───バカだった。騎士になればみんなを助ける事が出来る、騎士にならなければ何も始まらない、何も出来ない。そう思っていた。

でも蓋を開けてみれば、デザリア騎士は俺が考えていた騎士とは違っていた。

助けを必要とする者を弱者と呼び、それらの者を切り捨てる考えを強く持っていて.....自分達の事しか考えていなかった。他大陸に対してはどうも攻撃的な考えしかないらしく、喧嘩を売れるような火種を探してる。最低な集まりだ。


「でな、今は───」


「カイトー! あかねん来たよぉー!」


「あぁ! 今行く!」


今俺はだっぷー......ホムンクルスと一緒に暮らして、モンスターを討伐して生計を立ててる。ウンディー大陸で言えば冒険者ってのになると思うけど、このイフリーじゃ冒険者なんて名乗れば即逮捕だ。



「今日はアイツを───ヴォルフ フェンリルを討伐しに行く。だっぷーとビーストハンターをしている あかねん に力を借りて......倒したらお前にも自慢するからな」



あの日の事は何度も甦る。どうする事も出来ない現実が俺を苦しめたけど、昔の俺を変えてくれた。


自分に出来る事をする。

もしお前が生きていたら───今更かよ、って笑うか?


もしお前が生きていたら、俺は───


「カイトー! あかねん 行っちゃうよぉー!」


「悪い、今行く!」



そんな、もし があったら俺は───どうするんだろうな。





ヴォルフ フェンリル討伐に成功してから5年、【陽炎】事件から10年が経って、俺は今───シルキ大陸で槍を自在に操る男との激戦を終えた。


「痛ッ......、」


大剣を床へ突き刺し、身体を支えてやっと立っている事が出来るほどのダメージを俺は負ったものの、ここで激戦は終わるだろう。

槍使い───トウヤは立ち上がる力も残っていないのか、未だ倒れたままで、ゆっくり俺を見る。


「......強いな、カイト」


「お前も、強くなりすぎだろ.......トウヤ」


なぜここに、シルキ大陸にトウヤが居るのか俺にはわからない。でも幻や幽霊ではなく、本当にトウヤは今ここにいる。


「トウヤ......あの時───」


───見捨てるような真似を、いや、見捨てて悪かった。


そう言おうとする俺の声を塗り潰すようにトウヤは声を出す。


「ここの最上階にヨザクラがある。行けよカイト」


俺が言おうとしていた事をわかっているかのようにトウヤは頭を左右に揺らし、話題を変えるように言った。


「.......お前、生きてたんだな」


「あー......生きてるって言うのも怪しいけどな。まぁ最後の相手がお前だったのは、残念だけどな」


「......最後?」


「どうせなら綺麗なお姉さんに殺されたかったぜ」


ニッと笑い言うトウヤは、今間違いなく “最後” と言った。俺はトウヤを殺すつもりなんてなかったし、殺したくない気持ちは今もある。現に今トウヤが負っている傷は放置すれば危険だが治せない傷でもない。そして俺は───トウヤを置いていく気はもうない。


「一緒に治癒術師の所へ行くぞトウヤ」


俺は大剣をフォンへ収納し、キノコ印の速効性痛撃ポーションを飲んだ。痛撃ポーションは誤魔化しでしかないが、痛みさえ消えれば治癒術師や医者の居る場所までトウヤを背負い走る事も可能だ。


「おいおい、俺の事は置いていけよ」


「まだ助かる。諦めの悪さはどうしたトウヤ」


「諦めるとか諦めないとかの話じゃ───」


「大丈夫だ」



───もうお前を見捨てるような真似はしたくない。

あの頃無くしたモノを今拾えるなら、俺はそれに全力で手を伸ばすだけだ。

掴めない陽炎だとしても。





月光に染まり、闇夜を泳ぐ桜───の、木に座るグルグル眼鏡の魔女。


「宴会ですかいな。気楽なもんだねぇ~」


大アクビを入れ、空間魔法で宴会場から食べ物や酒を盗む。


「今回は観察だけにしといて正解だったわい。色々見れて満足満足」


隣の桜に居る紅玉のような瞳を持つ魔女が、グルグル眼鏡の魔女へ訪ねる。


「いいのか? 陽炎のマテリア壊さなくて」


「んや壊すよ。でもそれは後でだな」


別の木に座っていた死体操師が糸切れ声でさらに訪ねる。


「どう、して、後に、する、の? 影、狼、が、邪魔?」


「邪魔と言えば邪魔ナリ。瑠璃狼───影狼。んでも、あそこにはホムンクルス、妖怪、アヤカシ、人間、他にも色々集まってるだろー? もしかしたらヨザクラをどうにかするかも知れん。それを見たい。まぁ何も変化がない様子ならブッ壊しにいくけどなー......んし、そろそろ団員拾いに行くぞい」




───次会う時は10年ぶりにセットかね? 陽炎と影狼はどんな顔をするか楽しみだ。





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