◇3
【悪魔族・
人型の悪魔。寿命は悪魔同様、殺されない限り死なない。
人体の15%が血液で15%のうち12%は他の種族と変わらない紅の血液。残りの3%が悪魔族が持つ
吸血鬼の黒血1%で紅血液を12%(満タン)作る事が出来る。貯血として黒血が存在する。吸血鬼の黒血は本来の黒血よりも質が良い。
吸血鬼の黒血が吸血鬼以外───例えそれが別の悪魔でも、体内に入り込めば1度確実にその者は死に、低確率で転生する。
黒血で死に、甦った者を【後天性 吸血鬼】と呼ぶ。
食事は悪魔同様、人間の肉や臓器などを100グラムほど食べれば数ヵ月は食事を必要としない(調理方法は生でも何でも可。
人間を捕獲し家畜の様に(繁殖させたり、育てて食料にしたりして)扱う。他種族と変わらない食事をする
瞳の色は白に黒。しかし戦闘体勢(怒るなどすると)に入ると悪魔と同じ黒赤(紅)の瞳になる。
光は “苦手” だが “弱点” ではない。(暑いのが苦手や寒いのが苦手と同じ)
十字架、ニンニク、聖水などは【ヴァンパイア】には全く効果はないがヴァンパイアの下位種にあたる【ドラキュラ】には絶大な効果を発揮する。
銀は
吸血鬼と後天性 吸血鬼が同じなのかは謎に包まれている。後天性についての詳しい情報を聞き出す事が出来なかった。
これらの内容は吸血鬼界で最高権力を持つ真祖 吸血鬼【ノスフェラトゥ】から。
王【ヴラドツィペル・ノスフェラトゥ】
女王【アリストリアス・〃】
王子【ジルドレイ・〃】
王女【エリザベート・〃】
殺されなくてよかった、よかった。
余談だが、吸血鬼の城はゴシック建築。薄暗さは感じたものの埃りっぽさや、カビ臭さは全くなく、広い庭には薔薇などが咲き、人間貴族に違い生活環境だった。
夕食は魚や牛肉、スープやパン、ブドウを原料としたワイン。食後にコーヒーなど、他種族の貴族が好む様な食事だった事から、味覚自体は人間に近いか同じと思われる。ひとつ気になる点があるとすれば、ナイフの使い方。食事中にナイフを使うのはごく当たり前の事だが、ナイフを使い終えた後、指先でナイフを遊ばせ、ナイフを置く動きは人間や他種族でも見た事がない。
◆
不機嫌な空と窓を叩く無数の雨。憂鬱な気分を重ねたため息を溢し、外を見る。
「今日は雨か....」
雨の日は体調が優れない。いつもの時間に現れないあたしを心配し、両親が部屋まで来た。そこで体調不良を伝え、今日は休む事に。
「....頭痛い」
ベッドに倒れ、雨音に混じり微かに聞こえる鈴の様な音を拾う。この音はウンディー大陸にある【アルミナル】の職人が【シガーボニタ】を訪れた際、その日がたまたま雨で、雨水を使って音楽を奏でるオブジェクトを設置していった。この音楽がシガーボニタの雰囲気にピッタリで、雨の日を狙った観光客も増えたとか。
しかし雨の日は高確率で体調が悪いあたしは噂の “雨音で音楽を奏でるオブジェクト” が動いてる所を見た事がない。
薬を飲み、ベッドに横になるも、さっき起きたばかりのあたしに眠気なんてない。童話に登場する眠りの妖精でも来てくれればいいのに....なんて、子供っぽい事を考えながらただ外を眺める。
「.....昨日の女の子2人はあたしと違ったなぁ」
ドメイライト図書館前でぶつかってしまった少女と、図書館内で騒いでいた少女を意味もなく思い出す。
図書館前でぶつかった少女は見た目から予想して14.5歳だろうか。とても悲しい、冷たい瞳をしていた。
図書館内にいた少女は小さく、本当に子供の様だったが聞いた事もない言葉を使う少女だった。
どちらも自分と違う雰囲気を持っていた....なんて当たり前な事を考えてしまう。同じ人間なんて存在しない。雰囲気が似ていても、必ず違いはある。双子でもそうだろう。
「....あたしは何を考えているんだろ」
はぁ。と息を吐き出し、何の面白味もない天井を見詰める。そして頭の中に残って消えないワードを掴む様に呟く。
「
図書館で読ませてもらった本には驚く内容が書かれていた。気になる名前も。
あたしが知る
「でも、あの本が真実を書いているなんて証拠はないし....冒険者向けの童話に似た本かもしれないし」
騎士が管理すると言っていた事から、本の内容は嘘ではないだろう。それでも、あたしは100%信用できない、信用したくない。そんな内容が書かれていた。
もし、もしジルさんがあの本に書かれていた吸血鬼だったら....あたしはどうするのだろう?騎士へ連絡する?冒険者に連絡する?なんて?吸血鬼を見つけたから殺してほしいと?
「何考えてんだろ、あたし」
あの本の事が真実だっとしても、ジルさんは違う。きっと違う。あんなに子供みたいな笑顔を見せる人が.....、。
考えれば考える程、何が何だかわからなくなる。ベッドから起き、水をひとクチ飲んで再び意味もなく、窓の外を見た。色とりどりの傘が雨降りの大通りをカラフルに色付ける。踊る様に揺れる傘があたしの心の雨を受け止めてくれた、気がした。
◆
天候に左右される体調は今に始まった事ではない。子供の頃から雨の日は体調が悪く、曇りの日はモヤモヤとした頭痛が頭の中を回る。
午後になってもやまない雨に憂鬱な気分になるも、薬が働いてくれているのか、体調は良くなってきた。とは言ってとお店の仕事を手伝う事は出来ないだろう。あたしがいくら大丈夫と言っても両親は許してくれない。せめて家事でも、とあたしは軽く掃除を始めた。理由なく妙に気になるお店をチラチラと見ながら掃除をしていると、顔見知りのお客様達があたしへ「無理しないでね」と声をかけてくれる。やっぱりお店に出たい。
「ねぇ....お客様に声をかける程度でもいいからお店に出ちゃダメ?」
言ってみるだけ言ってみよう、とあたしは両親へお願いしてみた所、身体が冷えない様にし、イスに座って声をかけるくらいなら。と許しを得た!それだけでもいい、あたしは少しでもお店に出たい。特に今日は1人でいると色々と考えてしまう。挨拶する相手がいれば考える必要がない事を、無意識に考える事もしないだろう。
雨降りで、午後だと言うのにお店へ来てくれる人が沢山いる。
「おねえちゃん、こんにちは!」
「こんにちは、今日はママと一緒じゃないの?」
よく母親と来てくれる男の子が、声をかけてくれた。挨拶を返すと男の子は青のレインコートと同じ色の傘をあたしへ見せ、
「あたらしい服なんだ!雨ふるのずっと待ってて、やっとふってくれた!」
新しいレインコートや傘を着たくて雨を待っていた男の子。ちょっと恥ずかしがってる顔でも服を自慢してくる姿はとてつもなく可愛い。
「いいなー新しい服!似合うね。今日、ママは?」
「えっと....」
男の子はあたしの質問を聞いて、店内と通りを確認する様な動きを見せ、あたしへ近寄りこっそりと話してくれた。
「今日は1人なんだ。あのね、いっしょに雨のすずをみにいこう!ってやくそくしてて、お花を買いにきたの」
.....ん?まてよ。
「あら?それはまさか....相手は女の子だなぁ?」
「へへへ」
マジか。齢18のあたしでさえデートなんてした事ないのに、この子は....しかも花を買いにくるとは....どこでこんなジェントリティの高いスキルを覚えてきたのか。
「それでね、なんのお花がいいかなって、おねえちゃんにヒミツのそうだん!」
「あららー、どんな女の子なの?秘密にするからお姉ちゃんに教えてよ」
「えー、ヒミツだよ?えっとね」
髪の毛は長くて、ゆったりした性格。小さくて肌が白くて、お人形みたいな子。と男の子は語った。
話を聞いただけで既に可愛い雰囲気が凄い。何よりこんな子供が....確か年齢は10歳くらいだった気が。早いものだ。もう異性を「かわいい!」とか簡単な言葉ではなく、今の様な言葉で説明できるとは....プレイボーイめ。
「そうだなぁ....これなんてどうかな?青白くて、小さいけど可愛いお花。雨の日しか咲かない
雨の日に花を咲かせ、雨が上がると花を閉じてしまう不思議なお花雨百合。小さな花だが青白の可愛らしい花を咲かせる。紫陽花の凄く小さな個体....と言えば想像しやすいだろうか。雨百合....百合と名が付いているが、紫陽花とよく似ている。
「へぇー、でもこれ1つじゃ小さすぎない?」
「うん、でもね。お姉ちゃんが持ってるこれで1つなんだ」
花の数で言えば100~150で一輪扱いになるのが雨百合。水がなく綺麗な空気がある場所で、雨の日しか咲かない不思議な花。
「これで1つなんだ!?これがいい!」
「それじゃこのお花は....お姉ちゃんからのプレゼント!頑張りなよ?」
「いいの!?ありがとう!」
雨百合を持った雨具の男の子は笑顔を花を咲かせ、待ち合わせ場所へ向かっていった。
恋愛、か....。素直に羨ましいなぁ。あたしも毎日体調がよかったら、そんな出会いもあったのかな?
「こんにちは」
そもそもどこで出会ったんだ?まさか声をかけたのか!?......子供という存在は男女関係なしに遊びに誘ったりできる。その過程で仲良くなって、デ、デートの約束を!?やるなぁ!
「あれ?聞こえなかったのかな? こんにちは」
「あっ!?はい、いらっしゃいま....せ」
あたしに声をかけてきた男性は長身で黒髪に白い肌。ニッコリ笑う顔はあたしの記憶の上の方にある。
「あの、こんにちは」
挨拶を返し、少し眼線を下へ向けると男性はお店にある花を見る。一昨日の夜、時計を忘れたあたしに声をかけてくれた....自分の事を吸血鬼といったジルさん。まさかお店にくるとは思わなかった。
「妹がここを偶然見つけたみたいで、買い物を頼まれちゃってね。まさかマユキちゃんの家だとは思わなかったよ」
妹....も、当然吸血鬼なんだろうなぁ。ジルさんの家はどこにあるのかな?吸血鬼は人間にとって危険な存在だとは思う。でも、あたしは吸血鬼ではなく、ジルさんの事を知りたいと思っていた。
「あの、どんなお花をお探しですか?」
「あれ?この花....」
ジルさんが気になった花は夜にしか花を咲かせない月光花の亜種個体。本来の月光花はほんのりと青く光を宿す様な色だが、この月光花は紅色の花を咲かせる。もちろん今は咲いていない。
「月光花の亜種です。花が咲いていないのによく気づきましたね!」
「うん、昔好きだった人が、好きな花だったから」
「あ....ごめんなさい」
「この月光花をもらえるかな?」
「はい!」
昔好きだった人....って吸血鬼?人間?それとも別の種族かな?その人は今何してるのかな?....あたし何考えるんだろ。頭の中で色々と考えつつも手は勝手に動く。月光花を包み終え、ジルさんへ渡す。
「ありがとうございます、きっと喜びますよ」
「ありがとう。喜んでもらえるといいな」
どこか、どこか悲しそうに笑うジルさんの表情、少し揺れた瞳を見てあたしは理解した。ジルさんが 昔好きだった人 はもういないんだ。男の人が大切そうに両手で花を持ち、一瞬だけ雨粒よりも揺れる瞳を見せるなんて....今でも、きっと好きなんだろうな。
「あの」
「ん?どうしたの?」
「えっと、よかったらその、ジルさんの事を聞かせてもらえませんか?」
「僕の事?僕が知ってる事なら話せるよ」
「明日....明日の朝、あの時のカフェで待ってます!今日はありがとうございました!」
「え?ちょっと、あれ」
あたしはそう言い、強引にジルさんをお店から出した。なんて事を言ってしまったんだ....なんて強引な事を....あたしは何をしているんだ。
見なくてもわかる程、あたしの顔は熱く真っ赤になっていた。ジルさんの事を聞きたいと言ったのは嘘じゃない。それでも、あたしは何て強引な....。
「今日はもうあがりなさい」
「え?!」
父親があたしを見てどこか楽しそうな笑いを浮かべ言うと、母が追うようにクチを動かした。
「今日はゆっくり休んで、明日の体調を少しでも良く出来る様にしなさい」
「えぇ?....あっ!」
ニッと笑う父とニコニコ笑う母。ジルさんへ言った事を両親はガッチリ聞き取っていたらしい。
とても、とても恥ずかしい気持ちになり、あたしは急いで二階へ逃げた。
両親にどう説明して外出許可をもらおうか、考える必要がなくなったのは嬉しいけど....とても恥ずかしい。
「明日は体調が良ければいいなぁ....」
指先に残る月光花の香りが鼻をくすぐる中で、雨空へ呟いた。
◆
ゆったりと流れる音楽、甘く苦い香りと一冊の雑誌。
大通りを行き交う人々は昨日とは違い、色とりどりの傘を持たない。昨日の雨が嘘の様に、空からは心地よい太陽の光が降り注ぐ。あたしの身体も軽く、昨日とは真逆の体調。
太陽光の雨を笑顔で歩く人々を横眼に、雑誌のページをめくり、テーブルに置いてある懐中時計を撫でる。時刻は午前10時。このカフェに来て1時間が経過した所で、あたしはやっと気付いた。
───あたし、時間言ってない。
勇気を出して誘ってみたものの、誘う事に必死で肝心な時間を言い忘れていた....なにやってるんだあたしは。
喉まで登ってくる脱落感を小さく吐き出し、あまり好きではない紅茶をひとクチ飲む。
甘くもあり、でも苦くもあるハッキリしない飲み物。それが紅茶。
「....はぁ~」
今度は我慢出来ず、脱落感を大きく吐き出してしまった。
テーブルに落ちる溜め息は行く宛もなく消える....あと10分待ってみよう。それでも来なかったら....帰ろう。と、このやり取りを自分の中で何度しただろうか。気が付けば紅茶一杯で1時間も居座ってしまっているではないか。
───せったく来たんだし、何か注文しよう。
雑誌を閉じメニュー表をあたしの眼が走る。イチゴのロールケーキと書かれている文字、その上には商品写真が。この写真が罪深い。イチゴ色の生地で、ほんのりイチゴ色のクリームをロールしたケーキ。お皿には真っ赤なイチゴソースがおしゃれに溢されていて、生クリームの上にカットしたイチゴが数個....罪深い、罪深いぞイチゴのロールケーキよ。こうなったらもう限界までイチゴを堪能してやろう。などと考えたあたしはウェイトレスへ鋭い視線を飛ばし、軽く手を上げた。迫り来るウェイトレスは恐ろしく可愛らしい女性....普段のあたしならばここで「こんなに注文するのは恥ずかしい」と一歩引き、妥協品を注文してしまうが....今日のあたしはひと味もふた味も違う。そう、ヤケになっている。
「イチゴのロールケーキとベリーパイ、それとハニーミルクをお願いします」
「ハニーミルクの方は冷たいモノと温かいモノがございますが、どうなさいます?」
「冷たいのを一緒に、食後に温かいのをお願いします」
「かしこまりました」
やってやった。やってやったぞ。ダブルハニーミルク作戦。もう怖いモノはない。ロールケーキとベリーパイを瞬食し、ハニーミルクを一気に飲んでやろう。オシャレなカフェで場違いな存在になってやる。
ブツブツと負のワードを唱えるあたしは今この空間で一番異質だろうか。友達と笑顔でお茶する人や、カップルでお茶する心の底から羨ましく思えるペアもいる中で、ブツブツと。もういっそ呪術を習おうかと思ってしまう程、負のワードが湧き出てくる。
「お待たせしました、イチゴのロールケーキとベリーパイ、ハニーミルクになります」
ありがとうございます。の言葉が喉で止まってしまった。イチゴのロールケーキは写真通り、想像通りで素敵。ハニーミルクも至って普通。ベリーパイ....どうしてキミはこんなに大きくて真ん丸なの?あたしの想像ではベリーパイのワンカットがお皿にちょん、と乗って来るハズだったけど....どうしてキミはワンカットではなく、ワンホールと言っても疑われない大きさなの?
イチゴのロールケーキは650v、ハニーミルクは250v、ベリーパイは780v、とロールケーキより少しだけ高いなー、と思う値段だったが本当に少しだけ高いレベル。ベリーを沢山使っているからだろう、と思っていたが....まさか丸々1個の値段だったのは予想外。1個の値段が780v....これは安い。
「....いただきます」
普段よりも大きくベリーパイをカットし、フォークを刺す。ずっしりと重いベリーパイを持ち上げ、あんぐり と子供の様にクチを大きくあける。鈴の音がカランカランと鳴るも、そんな音この1時間で何度も聞き、何度も裏切られた。
「お待たせ、ごめんね。待たせちゃったかな?」
大きなクチを開いたまま、あたしはピタっと動きを止めてしまった。クチを閉じる事もフォークを置く事も忘れ、今カフェに来た人物を見た。
白い肌に紅い瞳の男性は大きく開いたあたしのクチとテーブルに並ぶケーキを見て、クスッと笑い、正面に座る。
「あの、えっと」
「遅れてごめんね」
もう絶対に来る事はないだろう、と思っていた相手がとてつもなく恥ずかしいタイミングで現れて、あたしの顔は焼ける様に熱くなった。
「いえ、あたしも時間....言うの忘れてごめんなさい、です」
「誘ってくれてありがとう。大きなベリーパイだね、好きなの?」
絶対聞かれると思った、絶対にこのベリーパイについての質問が飛んでくると思った。恥ずか死にたい程、恥ずかしい。
「これは、その、注文してみたら....このサイズが来て」
信じてください!本当なんです!と言葉を追加したい所だが、そんな勇気あたしにはない。ドメイライトの図書館で会った青髪の女の子くらいの勇気があれば....言えるのに。
「へぇ、あの夜は飲み物だけだったし、僕も何か注文してみようかな」
「よかったらベリーパイ、一緒に食べませんか!?」
うぉう、あたしは突然何を言ってしまったんだ。あーん、なんて要求されでもすれば恥ずか死にの騒ぎではない。
「いいの?それじゃ少し頂こうかな」
あたしが待っていた人物、吸血鬼のジルさんはナイフとフォークを慣れた手つきで操り、ベリーパイを綺麗にカットした。ナイフとフォークなんて誰でも扱える、ハズなのに....少しだけ違和感を覚える動きがあった。
「ん?どうかした?」
「えっ!?あ、いえ、何でもないです」
ジルさんはお皿に乗せたベリーパイをナイフでひとクチサイズに切る。切るまでは何も変ではない、しかし切った後───正確にはナイフを使い終えた後に指でナイフをクルリと回し、置く。
「....あぁ、今の動きかな?癖なんだ。気を付けなきゃどこででもやってしまうな....ごめんね」
癖、にしては独特すぎる動き。やはりジルさんは本物の吸血鬼なのかな....。
「そういえば、マユキちゃんは僕に何か聞きたいんだっけ?」
ベリーパイをひとクチ食べ、新たな話題を出してくれた事に感謝しつつ、あたしはゆっくり答えた。
「聞きたい事....と言いますか、知りたい事、ですかね」
「それは僕が本物の吸血鬼なのか、吸血鬼はどんな種なのか、って事かな?」
出会ったばかりで失礼な質問だとは自分でも思う。でも、人間しか知らないあたしは吸血鬼の事を知らない。ドメイライトで読んだ本の内容も、嘘ではないと言える証拠がない。
「失礼だとは思ってます。でも、知りたいんです!吸血鬼の事も、ジルさんの事も、真正面から知って....」
───あたしはそれを知ってどうするつもりなんだろうか?それもわからないまま、こんな風にズカズカと踏み込んで聞いて....失礼のレベルではない。
「うん、いいよ。僕が教えてあげられる事、話してあげられる事ならいくらでも話すよ」
「....、ありがとうございます!」
「テラスへ移動出来るか聞いてみるね」
周りの人に聞かれるのは確かに色々と面倒そうな話題になるだろうけど、ジルさん───吸血鬼が進んで人間とコンタクトをとる姿は不思議なものだ。
「移動しても大丈夫みたい、行こう」
子供の様な可愛い笑顔で言い、ウェイトレスさんにも気遣う優しさを持つ....吸血鬼。やっぱり気になる事は今日全て聞こう。モヤモヤと揺れ浮かぶこの気持ちを隠していても始まらない。
テラス席に移動したあたし達はとりあえずケーキを食べ、注文していた事すら忘れていたハニーミルクのホットが届き、ジルさんはコーヒーを注文した。砂糖もミルクも入ってないコーヒー。
「何から話せばいいのかな?知りたい事を質問してくれると助かるんだけど....」
「あ、えっと」
「遠慮しないで質問して大丈夫だよ。答えられない事は、答えられないって言うから」
今度は優しい笑顔を見せ、コーヒーをクチへ運んだ。遠慮なし....遠慮してたら聞きたい事も聞けない、よね。
「ジルさんが人....人間ではなく、悪魔で、
「証拠が欲しいって事だよね?僕もマユキちゃんの立場なら同じ事を言うと思う」
気分を悪くする様な質問にも笑顔で答えてくれたジルさんは、顔を近づけ呟く。
「マユキちゃん、血や傷を見るのは平気?」
「血や傷ですか?酷いものは得意ではないですが、小さいものなら普通に....」
「それじゃあ、僕の指を見てて」
左人差し指を立て、指先を自らナイフで傷つけて見せる。あたしはその行動を見て小さく声が漏れるも、眼はそらさない。浅い切り傷から紅い血が滲む。雨粒の様に小さな血液をジルさんが拭き取ると、傷が塞がっていた。
「あれ?傷は?」
「吸血鬼は傷の再生スピードがどの種族よりも速い。傷のレベルで再生スピードは変わるけど、この程度なら今みたいに一瞬で傷口は塞がる。3分も経てば傷痕も綺麗に消える」
「....すごい」
「再生が追い付かない場合もあるし、大きな傷の傷痕は完全には消えない。そして」
ここで言葉を切り、指を動かす。釣られる様にあたしの眼が指を追うと、ジルさんはイッっと歯を見せる。今までは見えなかった、鋭く長いキバ。
「吸血鬼しかいない場所や自分の事を吸血鬼だと周りが認識している場所ではキバを出したままだけど、今みたいな場所ではキバを隠す。キバを隠せて、瞳も黒を白に変えれる様になって、初めて地界、この世界に行けるんだ」
ジルさんの瞳が端から徐々に黒く染まる。コーヒーに落としたミルクの様に徐々に白は溶け、黒に。髪の毛も黒から灰色に変色する。
「もういいかな?」
「....あ、はい、すみません」
「瞳は闇色、真っ黒に染まって黒紅の瞳に。髪は銀色に染まる。それが吸血鬼の本来の姿だよ。今はこれくらいで止めておくけど、見たいならまた今度でも」
キバは消え、瞳は白に紅、髪も黒に戻っていた。ジルさんは間違いなく吸血鬼だ。キバだけならば他の種族という可能性も残る。でも瞳は悪魔族の特徴である黒に紅。ここまで見せてくれたなら....聞いても大丈夫かな?
「あの、悪魔は人間の肉を食べたり、吸血鬼は人間の血を好む....人間を拐って繁殖させている、と本で読んだのですが....それは?」
「そうだね。吸血鬼も悪魔、人間だけではなく、悪魔以外の肉や内臓を食べる。吸血鬼は肉よりも血を求めるかな?人間以外の血でもいいけど、人間の血が一番美味しくて、人間が一番弱い種族だからね。拐うのも簡単で、繁殖させるのも簡単....でも僕はその部分には反対だ」
「反対....?」
「拐われた人間達は人間としての扱いを受けない。生きる為に人間の血液が必要なら、人間と吸血鬼がいい距離感で接し、そこにルールを作るべきだと思う。人間が弱い種族なら吸血鬼が守り、人間に血液を少し分けてもらえばいい。噛み付く必要なんてないんだ。それなのに....っ」
拳を握り、何かに対しての怒りを我慢する姿にあたしは戸惑った。吸血鬼が人間をそんな風に思ってくれているなんて、想像もしてなかった....吸血鬼みんなが、ジルさんと同じ考えではない。それは今眼の前のジルさんを見ていればわかる。でも、人間の事をちゃんと考えてくれている吸血鬼も存在している。その事実にあたしは嬉しい気持ちになった。
「あの、ジルさんがあたしに声をかけてくれた夜....あの時はどんな気持ちで、あたしに声をかけたのですか?」
「どんな気持ち....困っていた様子だったから声をかけて、今では愛しい気持ちかな?」
「....は?」
「え?マユキちゃんに対して、僕がどんな気持ちなのかを聞いたんだよね?」
「はい、え?」
「....?答えがなにか違ったかな?」
まてまて、まてまてまて。確かにどんな気持ち~とは聞いた。でも、今の気持ちまで聞いてないし、今の気持ち言ったよね?それは好きって事だよね?え?どうしよう、あたしだけ違う受け取り方してたら恥ずかしいし聞けないけど、ちゃんと聞きたいって気持ちも....。てっきり「お前は弱そうだから楽に拐えると思ったぜ。食料として見てたけど、なにか?」みたいなダークな答えが返ってくると思っていた。
この吸血鬼は自分が何を言ったのか理解していないのか?頭を小さく揺らして、ん?みたいな顔して....なんなんだこの人は。
「あたしを拐って血を飲もう、とは考えてなかったんですか?」
「あ、そういう事だったのね。全然考えてなかったよ。人形劇のチケットを貰ってなかったら地界にも来てなかったし」
「....地界?って言うのは?」
「この世界と言えばいいのかな....僕達は外界の種族で、天使は天界、人間達は地界の種族で、そうだなぁ....例えば
地界、外界、天界....話が大きすぎて、まるで童話や空想だ。でも現に吸血鬼がここにいる。そういえば、ドメイライトで読んだ本にも地界や外界の文字があった。あの本に書かれていた事も嘘ではなかったし....、
「.....ノスフェラトゥ・ジルドレイ、という吸血鬼を知ってますか?」
「え?それ僕の名前だ....どこでその名前を?」
やっぱり。あの本に書かれていた吸血鬼はジルさん達の....ジルさんの家族から聞いた話だったんだ。
「都市の図書館で古い本を見て....その本に書かれていました。フローという名の人物は覚えていますか?」
「フロー....あぁ、覚えてるよ。何百年前かな....突然屋敷に来て、吸血鬼の事を聞かせてくれ!と言うから驚いたよ。確かインプの女の子だったハズだよ」
「インプ?下級悪魔の?」
「よく知ってるね!そう、下級悪魔のインプのフローさんが、本を書きたいから吸血鬼の事を話してくれ!って現れて、最初は父も断っていたけど、そのインプが面白い情報と土産物を持っていたらしく、それらと交換で情報を提供した流れかな」
フローと名乗る人物はインプだったんだ....。どこか人間の様な雰囲気を感じる文だったけど、悪魔なら納得できる。吸血鬼の寿命は長いってよく聞くし、悪魔や魔女も長い。何百年前かの話だから本もあんなに汚れていたのかな。ジルさんの事もジルさんが人間をどう思っているのかも、フローという人物の事も知れた。
「あの、ありがとうございます。知りたい事は知れました....また知りたい事が出来たら、質問してもいいですか?」
「もちろんいいよ」
「ありがとうございます!」
「それじゃあ次は僕のお願いを聞いてくれるかな?」
「お願い?ですか?」
「この街を案内してくれないかな?」
「....!あたしで良ければ是非案内します!」
お願い、と言われた時は少し怖かった。でもやっぱりジルさんは悪い吸血鬼じゃない、人間に近い感情を持つ優しい吸血鬼だ。それに....あたしも今日は誘おうとしていた。その為にカフェで観光案内の雑誌を何度も何度も、何度も読んでいたんだ。
2人で街を歩く....これって、デートじゃ!?いや、街を色々案内するだけ....だし、でも、、。
ポッという音が聞こえた気がした直後、あたしの顔は真っ赤に染まった。とても恥ずかしい気持ちと、嬉しい気持ち、楽しい気持ちが混ざって、よくわからない気持ちになってしまっていた。
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