◆4



わたしは名を持たない子を遠くに、フォンを耳に当て通話していた。

通話相手はギルドのマスター。


わたし───茜はビーストハンターだが、ギルドはそう言ったモンスター討伐系ギルドではない。


各々の目的を優先させてくれる場所。そんな居心地のいいギルドだから加入させてもらっている。



「うん。今は鎮静剤が効いて眠っている」



わたしが出会った名を持たない褐色肌の少女。

和國の人々は褐色肌になる事はまずない。この子の肌、瞳の色は和國外のもの。

その少女の話をわたしは今マスターに通話で伝えた。


ギルドメンバーはわたしが魅狐討伐のクエストに参加した事を知っている。

恐らく魅狐戦の結果はもう大陸の外まで届いているだろう。

わたしは自分の無事を伝える為に通話するつもりだったが、目的は変わっていた。


「ラマパズズにアテられている。右半身はもう...。でもどうにか助けてあげたい」


マスターへそう伝えた。

わたしはこの子を助けたい。


5、6歳の子が「綺麗なパンをひと欠片でもいいから食べてみたい」と言った時、わたしは言葉を失った。

平等な世界は存在しない。それは理解している。それでも...たった5、6歳の子からそんな言葉を聞く日がくるなんて...。


家族に捨てられた子供。

モンスターにアテられた子供。

色々な子供をわたしは見てきた。

その子供達はクチを揃えて「死にたくない」と言った。

もちろんこの子も死にたくないとは言っていたが、その前に「綺麗なパンをひと欠片でもいいから食べてみたい」と。


自分が生きる事。自分が幸せになる事。それを求めるのは悪い事じゃない。人が日々頑張れる様になるマナみたいなモノだ。

でも、この子の求めている幸せが...あまりにも。


『あと1時間くらいで島に着く、絶対に1人でラマパズズに挑まない事。いいね?』


どうやらギルドのみんなは連絡をしてこないわたしを心配し、シルキ大陸のこの島...和國へ向かっているらしい。ギルドには専用の船もある。不可能ではないが危険すぎる。


「和國のブショーやサムライに見つかればみんな危険な目に合う!すぐに戻って!」


『僕達は大丈夫。茜が今一番....』


「...ファル君?」


通話が途切れた。

和國は外と連絡を取ろうとしない国。定期的に周囲のマナを揺らす謎のマテリアを持っている和國は、外の人間へ情報が漏れない様にマナを揺らし通話やメッセージを強制的に終了させる。

このタイミングでそれが起こるとは...。


情報が漏れない様に必死に...この国は何を隠している?


───!?


フォンをフォンポーチへ収納しようとした瞬間、わたしは背後から突き刺さる様な痛い視線を感じ、振り向く。


───まだ見られている。でも場所が移動する。


視線を感じるポイントへ視線を流す様に眼で追う。

独特な視線...これは人ではなくモンスターが持つ殺意ではなく敵意を持った視線。


アテたこの子の状態を見に来たか?だとすれば相手は...。


マスター...ファル君は1人で挑む事を禁止した。しかし今この近くにそのモンスターがいる。

この子に残された時間も僅か。


ラマパズズのランクはA+、わたしのランクはB。

+持ちはボスモンスターで同ランクだったとしてもソロで挑むのは自殺行為。

しかしラマパズズがこの子を見て、まだ侵食が終わっていないと判断すれば、姿を隠してしまう可能性も高い。そうなれば救う事が出来ない。


ギルド船でここを目指しているなら他のメンバー...大人達も乗っているハズだ。

ファル君は天才肌だがまだ13の子供。こんな所で終わっていい存在ではない。


───みんな、無理だけはしないで。って今から無理しようとしているわたしが言うのもオカシイか。


収納前だったフォンから武具、アイテムを素早く取り出した。武具は装備しポーションはベルトポーチへ。


───まだ視線はある。


視線を感じる方向へ、今度は全身を向けた。武器を手に取り、敵意を込めた視線を送る。

すると木々がガサつき、影が大きく動く。


狙い通り相手はわたしの敵意...ヘイトを感知し一旦退く。

ここで逃がさず、地面を強く蹴り、落ち葉を巻き上げモンスターを追う。


あの子の近くで戦闘する事は出来ない。


離れた場所までモンスターを走らせ、そして叩く。


自殺行為なのはわかっている。

しかし討伐する必要はない。

一撃入れ、ラマパズズの血を入手できればそれでいい。


大剣を持つ手に力が入る。


───そろそろ大丈夫だ。


大剣を肩に担ぎ、微かに見える影をターゲットに。

無色光が刀身に宿った瞬間、全身を使って大袈裟に大剣を振る。


単発飛燕剣術が大剣から放たれ木々を通過し影を捉える。


「よし...」


飛燕剣術がヒットした事を確認し、わたしは屈む様に体勢を縮め、転倒した影へ一気に攻める。


ライオンの様な上半身と鷲の様な下半身と四枚の翼。


A+ランクのモンスター、ラマパズズとBランク冒険者、茜の戦闘が始まった。


ワンミスで簡単に命を落とすA+ランクとの戦闘。それもレイド戦ではなく1対1。

PvPでは言葉、表情などの思考的駆け引きも戦闘手段の1つ。しかし相手はpla...人間ではなくmob...モンスター。

殺るか殺られるか。

それ以外に存在しない。


風の音、木々のさえずりが遠ざかる。


「....、───ッ!」


お互いの視線が喰い合う森で落ち葉が巻き上がる。

鋼鉄の塊、大剣での剣撃。

鋼鉄の様な太い爪での攻撃。


接近して始めてその腕の大きさ、太さ、硬さを知る。


わたしの胴を簡単に掴めるであろうラマパズズの手。指先にはナイフの様な爪。

幹の様に太い腕と、鉱石よりも硬い肉体。


「...チッ!」


軽く毒づきラマパズズから距離を...


───!?


空気を漕ぐ音を置き去りに、ラマパズズはわたしの眼の前に。


速すぎる。

わたしが距離を取る為に足へ力を入れる前に、ラマパズズはもう攻撃範囲...腕が簡単に届く距離まで接近していた。


わたしは──────。






ゆっくりと現実が流れる。

そんな感覚の中でわたしは無意識に大剣を構え、自分が使える剣術の中で最も威力が高いモノを発動させた。


剣はラマパズズの腹部へ吸い込まれる様に進み、深く抉り血液を引っ張り出す。


同時に、わたしは2つに別けられた。


痛みどころか、感覚もないんだ。嘘じゃない。

落ち葉みたいに宙へ打ち上がる下半身を見て初めて...攻撃を受けた事を知った。


もう自分は死ぬ。

ラマパズズが眼の前に来た時点でそう思った。

だからなのか...本当に痛みはないんだ。



「茜!?なんで独りで!」


わたしの半分、意識が残る上半身を抱き起こす男の子と、声。


「...ファル君?無事に島へ入れたんだね」


わたしの声に耳を向けず、ギルドマスター...ファル君は声を響かせ他のメンバーへ指示を飛ばす。


───笑っちゃうよね。こんなに呆気なく。


戦闘は予想通り、わたしの負け。それも予想以上に早く終わった。


でも、わたしの勝ち。


「ファル君、これ...あの子に」


わたしは途切れそうに...千切れそうになる意識の中で、ラマパズズの血液入りのビンを渡す。


───あの子はこれで助かるでしょ?助けてあげてね。


声が出なかった。



「アテられた子供の為になんでそこまで...」


身体が急に楽に...。

呼吸も声も、それに...なんだろう?白い道の様なモノが見える。


なんでもいいや。話せるなら最後に。


「...あの子の名前、あかねってどうかな?わたしの茜より可愛らしくて、きっと確りした華を咲かせてくれると思うんだ」


「...いい名前だね」


「そうでしょ?あの子はあかねとして生きていく。だから絶対に助けてあげて。わたしの全てをあの子にあげる...だから」


「絶対に助けるよ。茜の分まできっと笑って生きてくれる。きっと笑顔の華を咲かせてくれるよ」


「笑顔の華...恥ずかしい事を平気で言うよね、ファル君って」


「恥ずかしくないよ。茜もそうしたかったから必死に...」





───ごめんファル君。わたし少し眠るから...続きは起きてから聞かせてもらうね。



───あかね。お互い起きたら綺麗なパンを一緒に食べようね。





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