◆14



結局、ワタシ達はビネガロの討伐に成功したものの、魔結晶はドロップしなかった。


村人にとってはビネガロは食料を食い荒らす魔物だったらしく、その魔物がワタシ達の手で討伐された事を知って、お祭り騒ぎをしていたらしい。

結果的に村人達を救う事が出来たんだ。

魔結晶はドロップしなかったけど、任務は完了。

ワタシ個人、魔結晶がドロップしていても騎士団に渡すつもりは無かったし、よかった。


翌日、エミちゃはポルアー村からバリアリバルを目指し旅立つと聞き、見送りへ。

ヒガシンはエミちゃへ【ロングソード】をプレゼントし、ワタシはエミちゃとフレンド登録した。


その後ワタシ達はドメイライトへ戻り、今回の任務報告を済ませた。



「ヒガシン」


「はい?」


ワタシは小隊長のヒガシンを呼び止め、クゥを見て、ヒガシンへ両手を合わせた。


「またッスか?まぁ俺は問題ないッスけど、またデートですか?隊長」


「ごめんね、よろしく。クゥもみんなと仲良く、でもみんなに負けちゃダメだよ?」


そう言い残し、ワタシはドメイライト騎士団本部を後にした。

騎士団では馬や鳥などを育成している。そこに顔が効くヒガシンに頼み、クゥを預かってもらう。


その間ワタシは白から黒へと変わる。


人眼につかぬ様、フードローブで身を包み、馬車に乗る。

ポルアー村を過ぎた所で馬車を降り、倉庫の様な建物へと。


重い扉を開くと中には大きな蝶のマークが壁に描かれている。そして、蝶のマークを身体に持つ者達。


「ヒロ!久しぶり!」


メガネの奥に眠そうな瞳を持つ、ギルド【ペレイデスモルフォ】で最年少の【りょう】がワタシを向かえた。


「久しぶり」


ワタシは短く答え、フードローブを外す。

左肩にある蝶のマーク。これがワタシのもう1つの顔───ギルド ペレイデスモルフォのマスター、マカオン。


「騎士の動きはどうだ?」


メンバーの1人が早速騎士の動きを確認する。ワタシは昨日の魔結晶の件や騎士団の情報をメンバーへ流す。

そう、コレと言った情報はないのが現状。

フィリグリーの情報は中々手に入らない。


「ヒロ、面白い情報を聞いたんだけど」


眠そうな瞳をギラつかせ、りょうが送ってきたメッセージにワタシは息を飲んだ。


そこには “人工的に魔結晶を生産する方法” が事細かに書かれていた。


「りょうちゃん、なに考えてるの?」


「なにって、僕はドメイライトを潰す事だけど?」


ドメイライトを潰す。

その言葉にワタシは自分の今の気持ちが、本当に変わってしまった事に気付かされた。


「みんなに話がある」


話しておかなければならない。

みんななら理解してくれる。

みんななら。


「ワタシ達の目的はドメイライトを潰す事じゃなくて、フィリグリーを殺す事じゃないかな?」


「は!?なに言ってんのさヒロ!」


「今生きてるドメイライトの人々に罪はない。フィリグリーがワタシ達から全てを奪ったんだ。だから狙うのはフィリグリーだけでいい。多分、フィリグリーに協力した騎士はもういない」


あの夜、フィリグリーがワタシ達の故郷を消した。

故郷の人達を使って魔結晶を作らせたのもフィリグリー。

そして、その魔結晶を作った技術班は...任務中に死んだ事になっていた。


「許すって事じゃないよな?」


「違う、ただ目的を絞っただけ。罪の無い人々を殺す行為はフィリグリーと変わらない。アイツと同じになる必要はない」


りょうも他のメンバー達もクチを閉じ、視線を下げた。


最初はワタシもドメイライトが憎かった。

犠牲の上に平和を作って、下にある犠牲を知ろうともしない人間達から1つずつ大事なモノを奪って、殺してやりたいと思っていた。

でも、そんな事しても意味はない。それどころかフィリグリーと同類になるだけ。

それだけは死んでもゴメンだ。


「フィリグリーを殺した後、どうするの?」


りょうが弱く吐き出した言葉に、ワタシは強く応答する。


「フィリグリーが今までやってきた事、そして多分これからやろうとしている事をワタシがヒロとして公開する。その後ワタシが騎士団長になって、みんなを騎士団長直属の騎士にする。二度と繰り返さない様に、みんなで一緒に作ろう。新しいドメイライトを」


それが一番いいと、ワタシは思っていた。

ワタシが騎士団長になって、二度と悲劇を繰り返さない様に。

過去にしがみついて、今の世界を憎むより、未来を変えてやろう。そう思ってしまった。


この手で、ワタシが解く。

ドメイライトに絡み付く汚れた糸を。


その汚れをワタシが背負ってもいい。もう繰り返さないなら、喜んで背負う。



「わかったよ。ヒロがそう言うなら、僕いいよ」


「りょうちゃん...ありがとう」


りょうの一言で他のメンバーもワタシの考えを理解してくれた。


ワタシ達は犯罪者じゃない。

ワタシ達は真実をドメイライトに済む人々に伝えて、繰り返されない様にする存在なんだ。


もうワタシは、迷わない。












「みんな、ヒロはもうダメだ。僕が今から仕切る。人工魔結晶を沢山作って、ドメイライトを潰す...やり方を選んでいたら何も出来なくなるだけだ」





サナギが崩れて新たな蝶が産まれた。


ワタシはその蝶に気付けないまま、騎士団本部へ戻り、1日を終わらせた。





部屋に漂う独特な芳香。

湯気にのって届く温度と深みのある香りにやっと頭が起き始める。愛用のマグカップに注がれた黒い液体をゆっくりクチへ運びノドを通し身体に流し込む。朝はコレが無いと始まらない。

愛犬のクゥには毎朝ミルク。ワタシはコーヒー。

ゆっくり飲み朝の仕事前のひとときを過ごしている。フォンを片手に朝一番のニュースに眼を通していると突然フォンが鳴り響く。耳を刺す機械音を朝から聴かされるのはいいモノではない。メッセージではなく通信、通話だ。相手は...画面に出る相手の名前を見て眼が完全に覚める。残っていた眠気も一気に吹き飛ぶ程の効果を持つ名前。


ドメイライト王国 騎士団 団長 フィリグリー。


慌てて通話を繋ぎ朝の挨拶をきっちりする。まさか今日最初に聞く人間の声が騎士団長になるとは微塵も予想していなかった。


「おはようございます団長!」


わたしの挨拶を聞き、独特な間を開けフォンから耳へ届く声に集中力を使う。


「おはようヒロ君。朝早くにすまない、早速だが用件を言う」


団長が無駄話をしている所など見たことも聞いたことも無い。いつも真面目で隙がない独特なオーラを纏う団長。何度か団長を目の前に会話をした事はあるが正直息が止まるかと思う程、張り詰めた空気とオーラだった。


「すまないが準備が整い次第、団長室へ足を運んではくれないか?無論、優先すべき用がある場合はそちらを優先してもらって構わない」



団長室。副団長や団長隊、王族レベル以外は簡単に入れない部屋。団長室に1度も入る事なく終わる人の方が多いと言われているドメイライト騎士団では伝説とまで言われる部屋。そこに今ワタシが招かれた。団長から直接連絡が来る事事態あり得ない事、さらに団長室まで来てくれ。と。いよいよただ事ではない。ワタシは短く返事を言い、それを聞き終えると団長はすぐ通話を終了させた。

時間にして僅か13秒。たった13秒の会話にあり得ない程の集中力を消費したがワタシはすぐに準備を始める。

マグカップにはまだコーヒーが半分程残っているがそれを飲み干してから行く選択はワタシの中で出なかった。心の中を渦巻くモヤを一刻も早く消し去りたい。


ワタシの家はドメイライトの一層目にある。二層目に住む事も出来るが家に帰っても外は騎士だらけ。そんな環境ではオンオフの切り替えが出来ない。それに街に住む人々とふれ合い、生活を楽しみたいと思ったので一層目に住む事にしたのだが、今ばかりは二層目に住んでいれば。と思ってしまう。

二層目に行くには階段を登らなければならない。長くもなく短くもない階段。普段はゆっくり登っているので疲れないが駆け登るとそれなりに疲れる。こんな所でモタつく訳にもいかないのでワタシはクゥの背中に乗り、一気に騎士団本部まで爆走した。


後輩騎士達が挨拶をしてくれる。嬉しい事だが今は軽く返事を返す程度しか出来ない。本部に到着後クゥは小型モードに戻り、ワタシは団長室まで自らの足を使い走った。さすがに建物内でフェンリルを爆走させる非常識な行動はできない。



クロスした剣、大きな盾。扉に彫られたこのデザインを見るのは三度目。最初に見たのは正式に騎士団へ加入した時。二度目は隊長に昇格した時だった。今回はなぜ呼ばれたのかすら解らないうえ、団長から直接連絡が来たという一番恐ろしいパターン...。まさかヒガシンが何かやらかした!?

いや、それはない..と思う。たしかに騎士としては雑さは目立つがそれがヒガシンのいい所でもある。

他の者も何か問題を起こすタイプでもないし...いよいよ解らない。この扉の向こうへ行けばこのモヤモヤも晴れるのだが、その1歩が恐ろしく重い。しかし何時までも扉の前で迷っている訳にもいかない....行こう。

扉に付いている輪を握り、扉を軽く叩く。ノックの音が響き、入りたまえ。と声が返される。それを聞き終え、ゆっくり扉を押し開いた。


「楽にしてもらって構わない」


ワタシの挨拶よりも先に団長が言った。それ程までにガチガチたった様で、1度深呼吸をし自分を落ち着かせた。


「そ、それで団長...」


用件を聞こうとクチを開いたが、団長が取り出した紙...書類系の紙がワタシの言葉を止めた。渡された書類に眼を通す。どうやら報告書の様だが...、


「えっ!?団長、これは!?」


「そこに書かれている事は全て事実だ。その現場を見ていた騎士達や民間人も多数存在している...君を招いた理由はその報告書に書かれている人物についてだ。」



団長の鋭く光る眼光さえも今は無視してしまう程、信じられない事がこの報告書に書かれていた。これこそあり得ない。

自然と身体に力が入り、手には汗が。



「君の報告書に書かれていた人物と、その報告書に書かれている人物は同じと見たのだが...間違いない様だな」


「今から君には特別任務を命ずる。青髪の少女を追い発見次第確保、やむを得ない場合はその場で手をかけて構わない。勿論、同行していると思われる姫もだ」



昨日、港町 ノムーポートで貴族二人が殺害された。殺害した犯人はドメイライト王国 姫 セツカ。手を組んでいると思われる人物は赤帽子を被った青髪の少女。貴族殺害後、二人はその場から失踪、現在も行方を掴めていない。

今回の事件は目撃者の口止めをし、公には公表せず極秘任務として扱う。

青髪の少女、ドメイライト王国姫を追跡、発見後確保。

抵抗する場合はその場で速やかに処刑せよ。


ドメイライト王国 国王。



...国王からの任務..。

信じられない。セツカ様が人を..手助けしたのがエミちゃ...信じられない。ではない..絶対にあり得ない。


しかし、なぜこんな極秘任務をワタシに?これは間違いなく最高ランクの任務。その場合、団長隊に任せる方が確率も効率もいいと思う...一体なぜ..。


その答えもすぐ団長は答える。わたしの心を見透かす様な瞳を向け、ゆっくり言葉を並べた。



「私の隊は皆姫と顔を合わせてしまっている。上層部隊に任せる事も出来るが...君も自由に動けた方が都合がいいだろう?ヒロ君。期待している。君の働きに。では、よろしく頼む」


「.....」



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