貴方のことを
二月十四日。あいにくの曇天模様。
気温もとても低くて、零度付近を行ったり来たりしているようだ。
雪が降ると言われて降らない状態が朝からずっと続いている。
吐く息は白く煙り、指先は寒さで真っ赤に染まっている。
空っ風がスカートをはためかせてくるけれど、それの対処はもう慣れた。
最初の内は、下着が見えることを気にしてはいなかったけれど、恋をしてからはそう言うのが恥ずかしいと思うようになった。
だから、今は例えミニスカートといえど、下着を見せない対処の仕方は万全だ。
袖の余っているカーディガンの袖を伸ばして寒さに耐えながら登校して、クラスのみんなにおはようと挨拶をする。
自分にしては珍しく置き勉をしてきた。
バッグの中に入っているのは、大量のクッキーと、丁寧にラッピングしたチョコレート。
クッキーは一人じゃ持ちきれないから、桜華と半分こして持ってきている。
教室の中は、とても浮ついた雰囲気に彩られていた。
主に男子連中だけれども。
「桜華、桜華」
一緒に登校して来た桜華に耳打ちをする。
ほらね、言ったとおりでしょと。
「うわ、ホントだ……餌待つ雛みたい」
「まったまった、なんで喧嘩売るような発言してるの!?」
「ゴミ共め……」
「えぇ……」
冷え冷えとした視線でもって、桜華はクラスの男子達を睥睨していた。
いやまあ、確かにあの期待が隠そうとして隠れていない感じのそわそわしてる様子は、はっきり言って、気持ち悪いけれど。
ボクも貰えたらいいなあって思っていた側ではあるから、それはそれ。
「お返しは三倍返しでお願いね!」
原価なんてたかがしれてるし、別にお返しはいらないんだけれど。
お決まりの常套句は言っておかないとなあと思った。
「まあ、作ったのは桜華と緋翠だけど。ボクのはちょっとだけ混ざってるけど、そんなに多くないよ。それでも欲しいならみんなにあげようじゃ無いかー」
バッグの中からごっそりと、個包装したクッキーを取り出して教卓の上に広げる。
半分こして持ってきた桜華のバッグの中身も同様に。
「一人一個ね」
ぎらついた目をこちらに向ける男子に、呆れて鼻で笑い飛ばした桜華が端的に言った。
多少余るくらいは持ってきたけれど、この調子じゃすぐ無くなりそうな気がする……。男子女子構わずもらえる量なんだけどねえ……。
「うわ、何これ……」
「あ、おはよう、緋翠」
「戦場じゃん……。こんなの初めて見たよ……」
登校して来た緋翠が、苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。
まあ、教卓に男子達が群がってて、女子達が遠巻きにそれを眺めてる様は異様の一言である。
「こっち配ってるから、女子に分けてあげてくれない?」
「いいけど……、燈佳、これって想定内……?」
「普通に想定内」
「男ってホント、義理でも貰えれば何でもいいのね……」
そんな悪態を吐きつつ、ゾンビのような男子の群れをかき分けてボクの元に来た緋翠に、広げた半分をバッグ中に詰め込んで持たせる。
クッキー配りの緋翠の完成だ。
そんな朝の一時をすごして、ホームルームが終わり、一時限目が始まるまでの少しの時間。
ボクは瑞貴にメッセージを送っておく。
『今日の放課後、裏門に来て下さい』
我ながら飾り気の無い文面で少し笑いがこみ上げるけれど、これ以上どう取り繕えばいいのだろうか分からないし、仕方が無い。
ハートマークを飛ばすとか、絵文字とか顔文字とか満載にするとか、そういうのは全然やってこなかったから分からない。
エモーションでの会話はできるんだけど、それはネットゲーム独特の文化だし。
あと、こうなんていうか、絵文字顔文字たっぷりのメッセージとか女子っぽすぎてまだちょっと恥ずかしいし抵抗がある……。
男友達と雑談しながらボクのメッセージに気付いた瑞貴が、ボクの方を向き、オーケーのサインをくれる。
そして、それを見咎められいちゃつくんじゃねえなんて言われながら、友人にもみくちゃにされている水城をぼんやりと眺めていた。
流石に、男子の輪の中に入るのは気が引けるから、仕方ないよね。
あっちの話について行けるんだけどなあ……。
それはもはや叶わぬ望みだ。
得た物の代わりに代え難い物を失う。そうじゃなきゃ、こんな奇跡起こりえないのだから。
ボクが得た今の幸せを、噛み締めていきたい。
それからの時間がとても長かった。
秒針が、分針が、時針が、一つ刻を刻むのが遅く、とても遅く感じられた。
楽しみで、不安で、色々な思いが胸一杯で。
あの時の瑞貴もこんな気持ちだったのかなあと思う。それにしては余裕が充分に合った気がするけれど。
授業の内容も上の空でぼんやりとしか聞き取れて無くて、ノートもミミズが這ったような字を書いている。
時折先生に注意されたけど、なぜかみんながボクを庇ってくれていた。
理由はよく分からないけれど、今日ボクがやろうとしていることが、バレてしまっている気がする。
ちなみにクッキーは割と好評だったようで、美味しかったの感想をよく貰った。
やっとお昼休みになって、いつもの三人でご飯を食べる。
余りにも緊張して、折角のご飯が全然入らない。
「大丈夫……?」
「緊張して泣きそう」
「わかる。緊張するよねー」
桜華も緋翠も今のボクの気持ちに同意をしてくれる。
今なら、二人の勇気が凄くよくわかる。
自分からこんなアクションを起こせるなんて、本当に凄い。
「時間指定しちゃうと、どうしてもね」
「……悪い予感するよね」
二人から慰められて少しだけ気が落ち着いた。
けれども、食事が喉を通らない感覚は未だに引きずっていて。
「でも、燈佳のはイージーモードだからいいじゃない」
「そうだよー。勝利が約束されてるだけまだマシ。あたしたちのなんて、完全に負けが見えてたし……」
「ねー」
桜華と緋翠が顔見合わせて、ボクに当てつけのように言ってくる!
「二人ともひーどーいー」
足をばたつかせて、机に体を投げ出してもうダメだーと頭を抱える。
流されるままにじゃなくて、自分から進んで勇気を出したいと思ったのに。
いざ当日になると、胸がぎゅうぎゅうと締め付けられる様な思いになってしまって、いざ放課後のことを考えると、さあっと血の気が引いていく。
暖房の効いている室内だというのに、指先はずっと冷えているし。それなのに、喉はからからに乾いていて、飲み物を飲み過ぎてトイレが近くなったり。
明らかに奇行をしているというのに、みんな心配するどころか、生暖かい視線を向けてくる辺り、もうこれ、明らかに今日ボクが何しようとしているのかバレてますよねえ!?
「可愛いなあ……」
突っ伏してるボクの頬を突きながら緋翠が言う。
唐突になんなのさ、もう。
「大丈夫だよ。勝っても負けても、その気持ちは一生の宝物だもん」
「そうかなあ……」
「その気持ちを知ってれば、大体なんだってできちゃうよ」
確かにそれはそうなんだけれども。
こんな一世一代の大勝負に比べたら、他の事なんて些末事だ。
「それに、燈佳は可愛いから……元々が男の子だったなんて思えないくらい可愛いんだから、自信持って行こうね」
そこまで励まされたら、ボクだって頑張るしかない。
緋翠が瑞貴の事を諦めたという話は聞かないけれど、それでもこうやって応援してくれているのだから、頑張らないと。
「うー……とりあえず、ごはんちゃんと食べる」
「それがいいよ」
にっこりと笑って緋翠が言った。
腹が減ってはなんとやらだ。ちゃんとご飯を食べて、英気を養って放課後に備えなければ!
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