与えられた新たな選択肢
お昼を過ぎた。
泣いて目を赤くしたボクを見て、ボクと一緒だった父さんが責められたりしたけれど概ね何とかなっている。
そして、おじさんとおばさんは、桜華を置いて出かけていった。実際問題監督責任はあれど、事情の殆どを知らない二人は部外者みたいなものだ。当事者である桜華に任せて自分たちは引っ込んでおこうという考えは、自主性を養うためにはとても良い物だろう。本人に取ってはたまった物じゃ無いだろうけれど。
インターホンが鳴る。時計を見れば約束の時間だ。
「ボクが出てくるね」
言って、引き留められる前に席を立つ。
玄関をあけ、そこにはよく見知った二人組。鈴音先生とくるにゃん。それと……
「理事長……?」
「わたしが居たら悪いか?」
不遜な態度はいつも通りで、少しばかり不機嫌さの混じったその顔は遠くから良く見る理事長の姿だった。と言ってもあんまりみないんだけど、見るときは大体そんな感じだった気がする。
「とーか、きたよー!」
「……おい、元凶。ちょっとは反省の意思を見せろ」
「やーだね! だって、今の状況ってぼく悪くないし!」
「おーまーえーなー!」
いつもと違う雰囲気の二人。先生らしさは欠片もなく、それはもう昔からの知り合いと言わんばかりの間柄に見えた。
「あの……、中、入ります?」
でもまあ、流石に外でぎゃあぎゃあ騒がれるのは近所迷惑なので、中に入るように促した。
「はあ……すまないな。来る途中からずっとこの調子だったんだ」
理事長の渋面はこれをずっと見ていたからか。それなら納得できる。
「お疲れ様です」
「ああ、全くだ。それと、今朝のことは遠見でずっと見ていたから、ある程度は理解している、説明は不要だ」
「……魔法って便利ですねえ」
「こっちの世界じゃ制限がありすぎてままならんがな」
肩を竦めて見せる理事長。正直なところ、ボクにはいまいち分からない話なのだけれど。とりあえず、朝のやりとりは見られていたと。それだけはわかった。
もはやボクの生活は見ようと思えば見られるっていうのは、なんとなく気付いていたから今更ショックも何もない。
「おい、二人とも、いつまで騒いでるんだ。早く事情を説明して戻るぞ」
ボクと理事長が話をしている最中でも、とっくみあいに発展しそうな喧嘩をしていた二人。渡瀬先生って、先生だと思っていたんだけど、こんなにも子供っぽかったのかーなんていう新しい感想が出た。
「二人ともいい加減にしないか!」
一喝と同時に理事長の拳が飛んだ。一発はくるにゃんの頭に、もう一発は身長が足らなかったのか先生の鳩尾に。ものすごく痛そうだ。
「い、いたいにゃあ……」
「す、すまん……」
頭を押さえて涙目になるくるにゃんと、お腹を押さえて体を折る先生。
正直自業自得だと思います。
そんな冷めた目線を察してか、理事長がこれがいつものことだと言う。
意外と尻に敷かれるタイプだったのか、先生。
「茶番は終わりだ。事情を説明し、疾く帰る。この手合いは余り長引かせないに限るからな」
「だなあ。すまんすまん」
「……頭を撫でるな!」
ええいと、先生の手を振り払ってる理事長の顔は赤くなっており、それをとても微笑ましい物に見える。本当に先生の事を好きなんだなあっていうのがありありと伝わってくる。
逆にくるにゃんに対しては慈しみの視線を向けていることが多くて、これはこれで大事にしてるんだなあっていうのが分かる。
「では、邪魔をさせて貰うが、いいか?」
「あ、はい。どうぞ」
礼服に見えるようなかっちりとした服装の三人をそう言って、家にあげる。
しっかりとした所作で、靴を揃えてあがる姿はまるで家庭訪問のようだ。
リビングに通して、
「連れてきたよ」
そうみんなに言うと、立ち上がり先生達を迎え入れる。
「理事の鈴音です」
「担任の鈴音蓮理です。本日はご説明に伺いました」
真っ先に二人が挨拶して、続けて父さんが代表して挨拶を返す。
テーブル二人を座るように促して、対面に父さんが、その後ろにボクと桜華が。先生達の後ろにはくるにゃんがいる。
相変わらず空気をあえて読まないスタイルを貫いているせいもあって、ボクと桜華にニコニコと笑顔を向けている。
母さんがお茶を入れてきて、配膳をして父さんの横に座った。
ボク達は殆ど外野みたいな物だから、立ち聞きの状態だ。
そもそもテーブル席の椅子が四つしか無いのが一番問題なのである。
「説明と言うと……。この子の事ですよね」
「ええ。燈佳さんの現状と、今後の事をお話しておこうかと思いまして、燈佳さんの要請もありまして、お伺いさせていただきました」
薄い笑みを浮かべて、理事長は流暢に言う。
淡々とした物言いは、聞く人からすれば神経を逆撫でするような感じに聞こえるかもしれない。
「漠然とした物は本人から聞きましたが……」
「なるほど……。それは説明の手間が省けるので助かります」
ではと仕切り直しをして、理事長が言葉を紡ぐ。
「まず、信じたくは無いでしょうが、わたしとそこのくるみは魔法使いとその使い魔です。そして、こことは時間の流れの違う世界の住人であります。本来の名前も違いますが、こちらに籍を取る上で……彼と結ばれる為に日本国籍を取得しております。あ、不法滞在だと訴えようと思っても無駄ですので、あしからず」
美称を浮かべて言い切ると共に、理事長の髪の色が変わる。
元々の燃えるような赤の髪から色が抜け、月光のような真白の雫を引き延ばしたようなさらりとした銀の髪に変わった。
そして、後ろに居るくるにゃんは、姿自体が変わる。ボク達の前に初めて姿を現した時のように翠色の瞳を持つ黒猫の姿に。背中には蝙蝠のような羽を背負って、尻尾は猫のようなものでは無く、は虫類を思わせるつるりとした尻尾だ。
飛び上がり、理事長の肩にしがみつくくるにゃん。それを愛おしそうな手付きで理事長が一撫でする。
「……驚きました」
ほうと、一息吐く父さん。そう驚いているようには思えないけれども、ボクの姿が変わっていると言う事で、ある程度の耐性はできているのだろうか。
「わたしたちは人間の世界に紛れ生活をしております。こちらの世界で生きる上で魔力が必要になります。その為に数年に一度のスパンで願い事の試練を与えているのです」
「願い事の試練、ですか……」
「はい。本来ならば、試練者は燈佳さんではなく、桜華さんだったのですが、願い事の都合上、二人を巻き込む形になってしまいました。それにつきましては申し訳なく思っております」
「いえ……、私共には想像の付かない世界のことです。しかし、私たちには感謝しこそすれ、恨み言をいうつもりはありませんよ。顔を上げて下さい」
「感謝、ですか……」
ぽつりと、理事長は困惑した声を漏らす。
感謝。うん、確かに感謝している。
「鈴音さん、あなたはご結婚されていますよね?」
「ええ、蓮理がわたしの伴侶です」
「失礼ながら、お子さんは?」
「おります」
「魔法使いだとか、そういうのは横においておくとして。あなたも人の親ならば、子供が楽しそうに日々を過ごしている。それを見ることが出来るのは最上の喜びではないですか?」
理事長が、鈴音先生を、くるにゃんを、そして父さん達を見て、一拍の間を置いて、息を吐き出すように
「……ええ、そうですね。はい。子供が楽しそうに生きている。それは確かにとても喜ばしいことですね」
「でしょう? 生きながらに死んでいるような日々を過ごしていた息子に、このような機会を与えてくれて、感謝こそあれど、不満なんて何一つ無いですよ」
生きながらに死んでいる。的を正鵠に射ているその言葉に内心で大きく頷く。
男のボクは、もうダメだった。外もまともにあるけない様な人として終わっている人間だった。
姿が変わる。たったそれだけのことで、人生が変わる。
犯罪者が顔を変えて生活するように。
ボクは姿を変え、更に環境まで変わった。
その結果はとてもいい方向に転がってくれた。
「だから、ありがとうございます。息子を……燈佳をどのような理由であれ、楽しい日々が過ごせるように変えてくださって、本当にありがとうございます」
父さんが深々と頭を下げる。
「榊さん、頭を上げてください。こちらも勝手に人の人生を変える事を起こし、あまつさえそれを隠そうとする燈佳くんに協力をしていたのですから」
慌てたように鈴音先生が声をあげた。
そこからは押し問答だ。ありがとうと申し訳ないが跳梁跋扈しはじめた辺りで、理事長がボクをじっと見つめていることに気付いた。
「……きみの選択は、|それ≪・・≫でいいんだな」
「はい」
言いたいことは分かる。このままでいいんだなと。男のボクは消えて無くなるけれど、それでいいんだなと。
「きみも、それでいいんだな」
続けて、理事長は桜華に聞く。
元々の発端は桜華だ。最終決定権は桜華にあるのには変わりない。
願い事は残り一回。最後の選択だ。
「本当は戻って欲しい……でも、今は燈佳が幸せなら私はそれでいいの。ちゃんと欲しい物は貰えたから……」
そうかと、理事長はぽつりといって、
「では、これをきみにあげよう」
拳大の不思議な珠を投げて寄越した。
ふわりと軽いそれはひやりとした冷たさを持っていて。
なんだかよく分からない物に、目を白黒させていると、
「魔法使いとして、わたしはくるみより格が上であるからな。それはきみがいつでも性別を切り替えられるようになる魔法道具だ。期限は一か月。最後の決断は一か月後、一月の末にでも聞こうではないか」
ふっと小さく笑みを漏らした。
それから、未だに謝罪と礼の応酬を続けている鈴音先生と父さんに向き直り、
「彼に選択の余地を与えました。一か月一緒に過ごされ経過を見るといいでしょう。学校は休まれても構いませんし、遅れて登校して来ても通常の出席扱いとします。いつでも元の姿に戻れる、その上でどのような選択をするのか、わたしは楽しみにしておきましょう」
挑発するように、突き放すように、ありがとうと言う父さんを試すように理事長は言い放った。
「とーかがどうするのか、ボクも楽しみにしてるにゃあ!」
「うん」
くるにゃんの嬉しそうな声音にボクも頷いて返す。
「では、失礼いたします。重ね重ね、ご迷惑をおかけいたしました」
席を立ち、深々と頭を下げる先生達に、ボク達も慌てて頭を下げた。
そして、外まで見送りにでて、姿が見えなくなるまで見守って、ボク達は家の中に戻った。
机の上には不思議な珠が鎮座している。
決断を前にして、ボクにはまた新たな選択肢が与えられてしまった……。
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