実は紳士だった
実は結構気まずい状況だと言うことに、今更ながら気がついてしまった。
目の前には初対面の男性。瑞貴の父だと名乗るけど、似てるところがないからとても胡散臭い。
でも、名刺は持っていたいから、信用しても良いのかなあ……。
「いやあ、はっは! 怪しまれてるねえ」
「楽しそうですね」
「そりゃあ、若い女の子と話す機会なんてこの歳になったら滅多に無いからね」
うーん、よく分からない……。
警戒するに越したことは無いんだけど。それ以上に、向こうが結構気を使ってるような気がする。
「そういえば、燈佳さん」
「はい、なんですか?」
「今日はありがとう、助かったよ。瑞貴が風邪を引いたって昨日のうちには知っていたんだけど、締め切りが重なってしまってね。本当はすぐにでもここに来ておきたかったんだ」
なるほど、だから、こんな時間になったと。
もしかしたら回復してる可能性も考えて、固形物の良いものを買ってきたのかな。
流石に病み上がりには辛い食べ物ばかりだったから、ボクが美味しく頂いたけど。
高級店の品物みたいで、結構美味しかったです。
「作家先生は大変ですね」
「そうだねえ。でも僕が瑞貴を育てるためにはこれしか方法がなかったからね。不自由はさせてないと思うよ。中学からは心を鬼にして寮生活をさせてたけど、母親が不在になりがちな瀬野家に取って、物心つくまで一緒に遊んであげられる親の存在って大事だしね。まあ、でも流石にあの子がいたのは予想外だったけれど」
あの子とは、幽霊さんのことだろうか?
「と、まあ、君にこんな話をしても仕方が無いね」
「瑞貴から聞いてるから少しは分かりますけど。ええと、幽霊ですよね?」
「ん、ああ。知ってるのかい。どうやら君には大分信を寄せているようで。焦れったいなあ……」
「ほんと、焦れったいです。言いたいことあるのに、待てって言われてもう二ヶ月です……。ボクも早く楽になりたい」
「おや、そういうってことは、君も何か隠し事かな?」
「はい、まあ……」
流石にこの人にボクが男だ、なんて言っても信じられないと思うから詳しいことは伏せるけれど。
「流石。女の子に秘密があるのは、その子を魅力的に見せるエッセンスさ。いいね、だから君はそんなにも魅力的に映ってるんだね」
「褒めてくれるのは嬉しいですけど……、流石に警察呼ぼうかな……」
言い草が大仰すぎて怖い。
本当に瑞貴はこの人の子供なんだろうかと疑わしく思ってしまう。
考えてもみて欲しい。多分推定四十を超えたおじさんが、十六の小娘にこんなちゃらい事を言っている姿を。どう考えてもキツイ。事案とか以前に色々と危ないと思う。
「まって、まって。今のフレーズ良かったからメモ取らせて。それと警察だけは本当に勘弁して欲しい。自宅周りの警察官とは仲良くなったけど、ここら辺の人とはまだ全然だから」
……現実と空想の区別がついてない人だ!
「さて、気を取り直そうか」
もう目の前にコンビニが迫っている。
煌々とした灯りが目を焼く。人は疎らだ。
道路に面してない住宅街のコンビニならこの時間、こんなものだろう。
「気を取り直すも何も、もう目的地ですよ」
「そうだね。それじゃ、タクシーを呼ぶから燈佳さんはそろそろ帰りなさい」
「えっと、瑞貴の明日のご飯くらいは……」
「ふむ……。それじゃあ、燈佳さんに選んで貰おうかな。支払いは僕がするし、タクシー代も出そう」
「えっと……それは……」
「もっと大人を頼りなさい。流石に見ず知らずの男が思い人の親と名乗っているのは怪しいと思うけれども、僕は君をどうこうするつもりは無いからね」
優しい笑みを浮かべてそんなことを言う康文さん。
この笑みは見た事がある。
父さんや母さんが、ボクに対して浮かべる笑みと一緒だ。
それだけで、人の親なんだって事を嫌でも理解させられてしまう。
「君も、親元を離れて友人と二人暮らしと聞いているよ」
「そうですね。でも、家主の子よりボクの境遇はマシです」
「そうだね。親の気まぐれでしか会えない子と、自分が会いたいと思えば会える子の境遇を考えれば後者の方が断然に良い」
「はい……」
「まあ、詳しいことは僕も知らないけれど、大人って言うのはね、君たちが考えるよりもずっと君たちの事を考えてるんだ。自分の事なんて二の次にしてね」
それは、なんとなく分かる。
康文さんも瑞貴の為に、忙しい中時間作ってここまで来てる。
たぶん、ボクの両親だってそうだ。色々と考えが合って、笹川家に送り出したのだとおもう。
「だから、ここは大人の僕に免じて、支払いは任せてくれると嬉しいね。何も瑞貴の面倒を見れるのは君だけじゃないんだよ」
言葉にトゲは全くもって無いのに、ボクの行動の全てを咎めているような気がして、急に頭の中が冷めていく感じがした。
恋は盲目とはよく言ったものだ。なりふり構わずの行動。
確かにボクの行動は暴走していた。
「ははっ、そんなに落ち込まない。僕だって若いときはそんなもんだったさ。だから、もう夜も遅いし、今日は帰りなさい」
「はい、そうします……」
「明日は食材を買っておくから、また夕飯を作りに来てくれると助かるよ」
それは、暗に遅くならなければ来てもいいってことなのだろうか?
言葉の意味を探ろうと、康文さんを見上げる。
瑞貴よりも低い身長百七十を少し越えたくらいだろうか……?
その目にあるのは、慈愛と感謝の気持ち、だと思う。
「……はい! 明日も作りに行きますので、えっと……暗くなったら送ってくれると助かります」
「そう、それでいいんだよ。じゃあ、買い物を続けようか、流石にコンビニの前で立ち話ってのもなんだしね」
「はい!」
ボクは二つ返事でコンビニの中へ入っていった。
籠は康文さんに持って貰って、明日の朝と昼の分の病人食の代わりになるものを見繕った。
ゼリー飲料にスポーツドリンク、それに栄養ドリンク。
あんまり栄養ドリンクとかに頼っちゃいけないんだけど、それは平時の場合だ。体力が落ちてるときに飲む分には全然いい。
でも、風邪薬なんかと併用したらとても危ないらしいから、用法用量はしっかり守らないとね。
「それじゃあ、これはしっかりと瑞貴に」
「はい、よろしくお願いします」
「それと、ごめんね、大きいのしかないから、これタクシー代と風邪薬の代金に充てちゃって」
「え、えっと、それはちょっと……!」
財布から取り出された諭吉さんに流石にボクも身構える。
いくら大人について力説されたからって、流石にそれは受け取れない。精々タクシー代の千円から二千円程度が限界だ。
確かに市販の風邪薬は高いし、出費としては結構な痛手だけど……。
「いいからいいから。僕も一回の女子高生の気遣いに負けてられないからね、親として色々とね。だから、受け取って。この子を自宅までお願いします」
無理矢理お金を押しつけられて、タクシーの後部座席に押し込まれた。
「あまりは、また明日の帰りのタクシー代にするといいよ」
ドアが閉まる。
ボクの抵抗虚しく、タクシーは発進する。そして、手には諭吉さんが一枚握らされていた。それが物凄く重いお金に感じる。
手を振ってる康文さんに、目線だけでお礼をした。
働いて……といっても、沙雪さんの新作のモデルをして得るお金と、今ここで無償で渡されたお金の重みは全然違う。
下手な勘ぐりをすれば、余計な気を回さないで良いとも取れるけれど、多分単純明快に、瑞貴の事考えてくれたお礼だと思いたい。
真相は闇の中だ。
でも、康文さんの言っていた、大人を頼るというのは心に染みた。
うん、もう覚悟を決めていたつもりだったけど、やっぱり父さんや母さんにボクの事話さなきゃ。
これから先、どう生きていきたいのか、ちゃんと理解して貰おう。
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