甘く切ない夜に
家に帰ってきて、いつの間にか自分の部屋に居た。
ふらふらと浴衣を脱いで、裸になってベッドに寝転ぶ。ベッドに投げやった巾着からビニル袋取り出して、それを床に投げやって、できるだけ小さくおり畳んで詰め込んだシャツを引っ張り出す。
それを胸に抱く。ぼーっとして、まだ夢見心地だ。
助けてもらった。嬉しかった。胸が大きく高鳴って、お腹の奥がきゅうって締め付けられるような何か変な感じがした。
瑞貴がとても格好良く見えた。
いつもおちゃらけてて、ボクの事をずっと姫さまって呼んでた瑞貴が色々なトーンでボクの名前を……燈佳って呼んでくれてて、それがたまらなく嬉しかった。
汚いのに、それを顔に出さずに負ぶってくれて、背負われた背中の大きさが忘れられなくて。
瑞貴の着ている服の匂いが、髪の匂いがずっと残っていて。
大きな手が、ボクの太股に回されていて。それがなんでか気持ちよくて。たまにお尻に触れたりなんかして、ちょっぴりドキドキしたし。
ずっと瑞貴とくっついていたくて、帰り道、わざと腕に力を込めていたのばれなかったかな。
ううん、気付かれていたよね。何も言わなかったけど、耳赤かったし。
本当は今日、もっと一緒に居たかった。夜が更けてもあの背中に背負われていたかった。
「瑞貴……」
いつからだろう。
彼を目で追っていたのは。
最初は友達だったんだ。大事な、大事な友達。
ボクが男って事を知らなくて、女になって出来た友達。
最初の出会いは変な人って感じだった。急に喫茶店の席に入ってきて図々しくて。あんまり良く思って無かった。
けど、瑞貴がマスターだなんて全く思いもしなくて、マスターから送られてきた写真がボクで……すごく驚いた。驚いたと同時に嬉しかった。だから、ボクの事知って貰いたくて、入学式のちょっとの時間を使って話をした。
嫌われるかもとか、引かれるかもとか思ったけど、そんなことは無くて守ってくれるって言ってもらったのがとっても嬉しくて……。久しぶりに綺麗に笑えた気がする。
集団宿泊教室で醜態を晒したときも嫌な顔一つせずに受け止めてくれて。今思い出せばお姫様抱っこ嬉しかったなあ。もしかしたらもうあの時には瑞貴の事好きだったのかも。
だから、あの後のお風呂でボクは裸を見られても動揺しなかったのかな。瑞貴なら見られてもいいって思って……。いやだなあ、はしたない子だなあ、ボク。
GWで不機嫌だったときも、学校で膝枕せがまれた時も、体育祭で一緒に笑いながら二人三脚で一位になったときも。楽しかったし嬉しかった。瑞貴と触れあえるのがとても楽しかった。
瑞貴に触って欲しい。瑞貴とえっちな事したい……。そう思っちゃいけないのかな……。
「ひぐっ……」
おかしい。なんで涙が出てくるんだろう。
違う、分かってる。これが叶っちゃいけない恋だってこと。
ボクは男で、彼も男の子で。
でも、ボクは瑞貴が好き……。桜華よりも、瑞貴が、好き。
理屈でも何でも無くて、ボクの心がそう言ってる。彼と結ばれたいって。
今なら桜華の言葉が。男の子を好きになってもいいんだよって言葉がよくわかる。頭では分かっていたけれど、心でやっと理解できた。
でも……この秘密は言った所で理解されないもので。
でも……瑞貴のあの手でボクに触れて貰いたい……。
どうして、ボクの手はこの小さな胸に伸びているんだろう。
自然に伸びた手は、スリットを弄ってじわりと蜜を溢れさせている。
枕元に敷いた瑞貴のシャツの残り香が愛おしくて堪らない。
「あっ……瑞貴……好き……」
それが自慰だって、睡瑠先生に教えてもらってはいる。
どうしても気持ちが昂ぶって知識があれば自然と慰めるように出来てるって。
わかる……。ボクは今日嬉しかった。あの仮説の事を考えると、体の芯が甘く疼いてお腹の奥底が好きな人を求めてくる。
肉の芽を摘まむと甘く痺れるような気持ちよさが全身を駆け巡って、それだけで体に力が入らなくなってしまう。
自分の手が、指が、瑞貴の物だったらいいのにと思ってしまう。
それで、自分の意思とは思わぬ方向に触ってほしいって、思う。
「んぅ……ぁん……ぃゃ……もっと……」
溢れる蜜を指に絡めて、べたべたになるのも厭わずに際限なく快楽を求めて指が彷徨う。
空調の効いてない部屋の熱気に蒸され、じっとりと体が汗ばんでいく。でもそれが、ボクが求めている行為のようで。
あの時講堂で見た、神聖な行為のようで、どんどん気持ちが昂ぶっていく。
瑞貴はいつもボクを気に掛けてくれていた。
多分最初から、気付こうと思えば気付けるほどに、愛情を振りまいてくれていた。
でも、ボクはそれを意識的か無意識的かは分からないけれど、わざと友情の好きだとフィルターを通していた。
情愛に気付いていながら、気付いていない振りをしていた。
分からない感情なわけがない。
胸が高鳴って、愛おしくて、何でもしてあげたくなる人。
そんな人のことをなんていうかなんて、分かってる。
いろんな恋愛をテーマにした本でも同じ事が書いてあった。
そう、その気持ちが好きだって、恋だって、心のどこかで分かっていたのに分からない振りをずっと続けていた。
ボクには分からないって白々しい嘘を自分に吐いて。
でもそれも、桜華の愛を受けて、自覚した。六月のあの日、ボクは本当に瑞貴の事を好きになっていた。
キスがしたい。えっちなことがいっぱいしたい。ご飯を作ってあげたい。抱きしめたい。手を繋ぎたい。笑顔が見たい。膝枕がしてあげたい。もっと、もっと、いっぱい、溢れる思いがある。
ボクはその気持ちを隠さないといけない。
側は本物であっても、中身は偽物だから。
それを告げたらなんて言われるか、分かってる。
気持ち悪い。
そう言われるのが嫌だ。
ああこれがあの、ネカマの心理。シェルシェリスじゃ味わえない心。
人を好きになって、その好きになった人が男の子だったときの、人を騙している罪悪感と、この人ともっと一緒にいたいという願い。
だから、取り繕った。
女の子として振る舞った。
次第に中身も汚染されていくような気がしたけれど、それがとても心地良かった。
たったの二ヶ月ちょっとで堕ちた。決め手はラブレターのあれ。
襲われそうになった所を助けて貰ったのが決め手だった。
あれからずっと、瑞貴の事を目で追っていた。どこにいるのかなって探していた。
可愛いって言われるのが嬉しくて、気合いを入れた格好をしてみた。
ボクなりに考えた可愛らしさを前面に出した。
気付かれなかったけれど、ネイルも頑張って見たし、肌の手入れや髪の手入れ、そう言う物を怠らないようにした。
ボクの事を、女の子の榊燈佳として見て欲しくて、頑張った。
でも、光が強くなればなるほど影が濃くなるように、女の子として頑張れば頑張るほど、嫌でも男であったボクがちらついてくる。
狂って、ダメになった男のボク。
それも含めて瑞貴には受け入れて欲しい。
「えぅ……瑞貴……ボクだけを……見て……ぁん……」
昂ぶる。
瑞貴の望むボクになるから……。ボクだけを見て欲しい。
えっちなのが好きならえっちなこと一杯覚えるから……。相手にされなくて毎夜一人で慰めるような女の子になってもいいから……。
むわりと鼻腔をくすぐる汗臭い男の匂いと、つんと臭うアンモニアの匂いがフラッシュバックする。ついさっきの事を思い出してしまった。
あの背中を、あの腕を、あの声を、あの真っ赤な顔を、そして何より、あの心をボクが独り占めにしたい。
「あっ……あん……んっ……瑞貴……、好きなの……ボク、瑞貴が……」
波が押し寄せてくる。あの日初めてした時とは比べものにならない程の大きな波が体の芯を犯して駆け巡っていく。
怖い……怖いのに、ソレが来て欲しくて指が淫靡に艶めかしく、本能にしたがって動く。
「いっ……!」
体が痙攣した。
頭の中が何も考えられないくらい真っ白になって、ただただ、甘美な気持ちよさが全身を支配してくれる。
それに揺られて、ボクは眠りに落ちた……。
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