緊張の糸がきれたら……
「どうして……どうして私ばっかり……」
さめざめと泣く渡辺さん。可哀想だけれど拘束は緩めない。
それに彼女がどうしてと言う理由はよく分からないけれど、欲しいものがあるなら欲しいと言って主張しないと、ただ与えて貰うだけだなんて虫がいい話だ。
言いたいことは言葉にしないと。
ただ、ボクも瑞貴に好きって言うのは躊躇って居るんだけど。
「燈佳、大丈夫か!?」
渡辺さんの恨み言を適当に聞き流していたら、やっと瑞貴が到着した。
後ろには警察官らしき人も居る。
「ん、見ての通り」
「お、おう……。その裾は下ろした方が……」
「えっと……? ひゃ!」
無我夢中で気付いていなかったけれど、スリップごと捲り上げた浴衣は大いに乱れ、合わせ目から下着が見えていた。
ないとは思ってたけど、万が一のことを考えて見られても問題無い可愛いのを穿いていたからダメージは少ないけど、これが普段履きの地味なのとか汚れの目立たない色合いのとかだったら恥ずかしさが段違いである。
「瑞貴のえっち……」
「うむ……すまん」
「別にいいけどね」
「いいのか……」
瑞貴だけは特別だし。はしたないって思われるが嫌だから、見られたいなんて口が裂けても言えないけど。本当はそれより先も……。ううん、これはまだ望んじゃいけないことだ。
「それより、本当に大丈夫か?」
「走り回って足が痛いくらい」
「そうか」
警察官らしい人が渡辺さんを取り押さえて居た。またきみか、なんて声が聞こえた辺り、過去にも色々やらかした経歴があるのだろう。
「あの、ボクは何もされていませんので、悪いようにしないであげてください」
「しかし、よろしいのですか? この子はこの刃傷沙汰をよく起こしているので……」
「それでもです。渡辺さんの気持ち、少しは分かるから」
好きな人を誰かに取られたとか。自分は蚊帳の外であるとか。
たまった気持ちをぶつける相手が居なかったとか、受け止めてくれる相手が居なかったとか。
過去の自分とダブって見えて、いっそ清々しいまでに同情の気持ちが湧いてくる。
「分かりました。一度派出所の方で保護し、親御さんにご連絡ということで」
「はい、よろしくお願いします」
「凶器の方は預からせていただきます」
連れて行かれる渡辺さんを見送って、気が抜けた。
へなへなと地面にへたり込み、立てなくなってしまった。
緊張の糸が切れて、腰が抜けた。よくもまあ、冷静にいられたと思う。
「おい、燈佳大丈夫か?」
ぶるりと、我慢していた物がこみ上げてきた。
あ、これヤバイ奴だ……。
忘れてた尿意が、決壊しようとしてる。
緊張から解放された途端、体が弛緩して、溢れた。
「い、いや、瑞貴こっちみないで……」
じわりと生暖かさがお尻に広がっていく。
この歳になって、お漏らしなんて……。
止まって欲しくて、股間を抑えるけれど、一度決壊したそれは簡単には止まってくれない。
「や、やだ……。止まってよ……」
ショーツが吸いきれなかったおしっこが水たまりを作っていく。
我慢していた分が止めどなく溢れて、つんとした独特の臭いが鼻について、それがとても屈辱的で、そして排尿の開放感と合わせてなんとも言えない羞恥を味わう……。
「え、ちょ、な、何、この臭い……」
「ダメ嗅がないで!!」
嫌だ。もう瑞貴にはみっともない所見せたくなかったのに。
よりにもよって漏らしたところを見られるとか。
「ひぅ……みないでよぉ……」
「はあ……。泣くな泣くな。緊張が解けた結果だろ……我慢してたんだろ?」
「うん……」
「拭く物……ハンカチだけじゃあ足りねえしなあ……ちょっと汚いかも知れないが我慢してくれよ」
大量の水たまりの中で、へたり込んだまま動けないボクに瑞貴が自分のシャツを差し出してくる。
瑞貴が身につけてたもの……。それだけでドキドキするのに、いいのかな。
「いいの?」
「流石にちょっと汗吸ってるから不潔かも知れないけど、浴衣を汚すよりマシだろ。すっげえ綺麗だし、それ」
上着を直に羽織った瑞貴が、おしっこの染みてしまった浴衣を指して言う。
汚さないように、大事に着ようと思ったのに……。汚してしまったことに罪悪感を覚えてしまう。手入れの仕方教えて貰わないと……。
「後、できるなら早く処理してくれると助かる、変な性癖に目覚めそうだ……水たまりになってるのは放置するしかないが……」
うぅ、こんなので、そっちの性癖目覚められても困るよぉ……。直に見たいとか言われたらボクどうすればいいの……。流石にそれはちょっと……まだ恥ずかしい。
「なんか変なこと考えてる顔だな……。まあ、あんまりショック引きずってなくて良かった良かった」
「浴衣汚れたのはショックだよ……」
「漏らしたのはそうでもないのか」
「諦めた。瑞貴には一度吐いたのも見られてるし……もう諦めが……。大きい方じゃなかっただけマシだよ……」
「お、おう……」
うむ、よくよく考えれば、今更なのである。もういいや、諦めよう。多分ボクは瑞貴に醜態を晒してしまう星の下に生まれてるのだろう。そう思えば気が楽だ。
だって、好きな人の前だし、それで引かれてないんだから、もう怖い物はない、です。
「あの……」
「なんだ?」
「腰が抜けて立てないから、引っ張ってくれると嬉しいです」
「流石に手を拭いてからな」
「あ、うん……」
自分の股間を押さえたせいで、手がおしっこまみれになっていたのだった。すっかり忘れていたけれど……。やっぱり汚いよね。
瑞貴の服の裾で手を拭って、もう一度手を差し出すと立たせてくれた。
改めて、水の筋と出来上がった水たまりを見て、自分がどれだけ我慢してたのかというのを思い知らされる。
今までがこういうことがなかっただけに、屈辱が大きい。
「その足じゃあ歩けないだろ、負ぶって連れて帰るから早く拭いてしまいな」
「こっち、見ないでね」
「当たり前だろ!!」
ボクはおしっこを吸ってぐっしょりと重い下着を脱いだ。そして絞るとぴちゃぴちゃと水音を響かせて、限界まで吸った水分が溢れていく。
「……わざと聞かせてないか?」
「ち、違うよ!! あ、でも穿いてたショーツ見る?」
いや、ボク何言ってるの!?
気が動転してるからって、言っていいことと悪いことがあるよね。
つい口を吐いて出たのがそれって酷すぎるよ……。
「単体だけ見てもなあ……。下着は穿いてこそだろ」
「そうなんだ。でもほらショーツ被せて一人でしたりとかってのを最近見たから……」
「どこで見たんだよ!? まだエロいことを知らなかった姫さまを帰して……」
「ボクだって、そういうの興味あるし……」
えっちなことは最近ちょっと興味が出てきた。主にあの時の性教育のせいでだけど。
「いいから、さっさと体を拭け! 他の人に見られても知らないからな!?」
言われたとおりに、体を……主に足を拭く。流れる水滴を拭うほどに、体中に瑞貴の匂いをつけられているような背徳感を覚えて、ぞくりと背筋が震えた。
こんな気持ちになったらダメだって分かっているのに……。
ああ、ボク、とんだ変態さんになってしまったなあ……。このシャツが愛おしくて堪らない……。
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