はぐれて惑う

 じーっと。視線を感じた。

 目の前の瑞貴意外からねっとりとした視線を感じるのである。

 瑞貴は瑞貴で、ボクと桜華を見比べてるし、早く似合ってるって言って欲しいんだけど。

 ……似合ってないのかな?


「……ひーちゃん、早く出てくる」

「な、なんでバレた!」

「早く気付いてって視線がずっと当たってて痛かった」


 ボク達の真後ろから、声が聞こえて、心底驚いた。

 驚いて声も出なかったくらいだ。

 もしかしてたこ焼き食べさせてたの見られてた……!?


「おー、やっと揃ったか。にゃんにゃんと健ちゃんは花火大会の時に参加だとよー」

「そうなんだ?」

「連絡がきたよ。にゃんにゃんは家族とで、健ちゃんは田舎に行っているらしい」

「くるにゃんとは運が良ければ遭遇できそうだね」


 というか、多分くるにゃんは、どこか影から見てるんだろうなあと思わなくもないけれど。

 一応ボクは監視対象だし、こういう人混みの中では何かが起こるかも知れないし。

 また、願い事を使って致命傷の手当をする可能性もあるわけだ。だから、多分その為の待機だと思ってる。まあボクがその状況に遭遇しなければ良いだけの話だけどね。


「じゃあ行こう?」

「待って」


 急かすボクに桜華が待ったをかける。

 実はボクが急かしているのは、さっきから瑞貴が何か言いたそうにしているのを聞きたくないからだ。

 変だって言われたら立ち直れない自信がある。


「瀬野くん、言うことあるんじゃない?」

「む……言わなきゃダメか」

「そりゃあ、正直男の子から褒められるのは嬉しいし」


 何をとは言わない辺り、流石だと思う。


「燈佳もひーちゃんも気合い入れてるし、じろじろみるだけじゃなくて何か言ってあげないと。また噛みちぎるよ?」

「あれはやめてくれ、割と本気で股間に来る勢いだった……」

「じゃあ、早く。はりーはりー」

「笹川さんも今日はテンションたけーのな……」


 確かに珍しい。やっぱりいい服を貰うと自然と……ああそうか! 沙雪さんお手製の服だから、テンション上がってるのか。

 だから、ボクの早く行こうっていうワガママにも二つ返事で引き受けてくれたのか。


「やっぱり、言わないとダメか……?」


 瑞貴が照れた様に言う。

 それがとてもおかしくて、言いたいことは理解できてしまったんだけど……。

 やっぱり男の子の口から、しっかり言ってもらった方が嬉しいんだもん。


「当たり前じゃない。今までの言葉は全部口から出任せだったの?」

「そ、そんなわけないだろ!?」


 狼狽して、首をぶんぶん振るのがまたおかしくて。

 桜華がテンション高く瑞貴を責めてくれるから、いつもと違う感じが見られてそれはそれで楽しい。


「まあ、会ってすぐ言えば良かったんだけどな。三人ともすげえ似合ってるよ。なんというか、なんて言えばいいんだろう。ちゃんと合わせてあるというか……なんていうかなあ……」


 言葉に迷ってる。珍しい。瑞貴でも言葉に詰まるって事あるんだ。びっくりだ。

 多分この浴衣は、沙雪さんが僕らの為だけに誂えてくれたくれたものだから、個性が引き立ってるとかそう言うことを言いたいんだろうと思うけれど……。


「ありがと。沙雪さんにも自慢しないとだね」


 ボクはネタばらしをする。

 それに瑞貴が驚いて言葉を失っていた。そしてすぐさま気を取り直して、


「なんだよ……。それで不思議な感じがしたのか。市販品じゃ無いのは分かってたけど……。そっかー、それ沙雪さんが作った奴なのか。通りで綺麗なはずだ。その、あれだ燈佳は可愛いし、笹川さんは大人っぽく見えるし、相月もその似合ってる」


 なんだろう、むず痒い感想だ。いい加減で投げやりな感想じゃ無くて、考えた末でこの言葉しか出てこなかった。そんな感じだ。

 素直に嬉しい。

 もう、自分が元々男であったことを忘れてしまいそうなくらいに嬉しい。


「なんか、あたしの感想だけ雑なんだけど……」

「すまん、うまい言葉が思い浮かばないんだよ!!」

「まあいいけど」


 ぶすーっとしてるけど、内心絶対嬉しいと思う。だって、白や夜色じゃなくて、緋翠ちゃんのだけは物凄く手の込んだ色合いなんだもの。嫌でも目立つ。

 少しだけ羨ましいけれど、流石にボクにはあの浴衣は派手過ぎて着れない。そんな勇気はない!


「さ、さて、それじゃあ行こうぜ! ちょっと冷めてるけど、食い物ならあるからな!」

「じゃあ、私がフランクフルトを噛みちぎる」

「……やめてくれ。割と本気で笹川さんとそういう事する気にはならんが、本気で身の危険を感じる」


 なんか、桜華もちょっとテンションおかしいなあ。舞い上がってるというか、ボク以外の所で、そんなに変態的な所出してもいいのかな。

 ボクと一緒にべたべたしてたからある程度変態のレッテルは貼られてるとは言え……。

 あれ、もしかして、桜華も……? いや、それはないか。杞憂だよね。


「桜華」


 ボクは桜華の浴衣の裾を引っ張って呼び止めた。

 それに、不思議そうな顔で、振り返る。


「どうしたの?」

「えっと……大丈夫? 体調悪かったりする?」

「なんで?」

「ん、いつもみんなの前で言わない様な言動してるから、後、桜華も瑞貴、狙うの?」


 唐突に不安がこみ上げてきた。ボクは桜華を振ったし、それについて桜華は諦めないと言っているけれど、人の心なんて移ろいやすい物だ。もしかしたらという事も考えられる。


「あっ……ごめん。沙雪さんの作った浴衣だから舞い上がってた……。瀬野くんを狙う気は無いから安心して。ごめんね」

「ううん、大丈夫。ボクこそ変なこと聞いてごめん」

「気にしてない。それじゃあ、行こっか」


 桜華が先を行く。ボクは遅れないように後を追った。

 慣れない下駄だから、あまり早くは歩けないけれど、三人ともボクのペースに合わせてくれて、それがとても嬉しい。


 でも、お祭りの人混みが酷くて、時折遅れていると、だんだんと瑞貴達が見えなくなってしまった。

 ボクが出店とかに気をやってるのが悪いんだけれど、気付いたらはぐれていた……。


 途端に不安が押し寄せてくる。

 どこかに行くにしても、必ず誰かがいた。

 視線の恐怖は乗り越えたと思っていたけれど。時折刺さる好奇の視線が少しだけ怖い。


『はぐれた』


 短くメッセージを打って、人混みから少し離れたとこに陣取る。人が多ければ電話も繋がりにくいのである。夏の同人誌即売会の話をネットで見た事があるけれど、本当に酷いらしいし。

 だから、こういうときは動かないに限る。

 無駄に歩き回って、こじれる方が問題だ。

 確か歩き回った挙句、何時間も探し回ったとか言う話を聞いたことがある。

 流石にそれは嫌だ。

 だけど、立ち止まると急激にトイレに行きたくなってきた。我慢は体に良くないんだけど……。さっき緊張して際限なく水を飲んだのが間違いだった。うぅ……。でもメッセージを送った後だし、下手にこの場から動いてすれ違うのはもっと行けない。頑張って、ボクの尿道括約筋!!


『どこら辺にいる?』


 返事に手短く、近くにある屋台の種類と、木々の特徴や提灯を事細かに書いて送信する。

 これできっと暫くしたら迎えが来るはずだ。

 だけど、流石にちょっと手持ち無沙汰になってしまうなあ。

 連絡取るようにスマホのバッテリーは温存しておきたいし。こういうとき無駄な通信が発生して消耗が早まってしまうからね。


「あ、榊さん、久しぶり」


 見知った顔、見知った声。浮かぶ笑顔に一点の曇りのない様はまるで別人のように見えた。

 渡辺さん。元気そうで良かった。プールじゃあ酷い事になったし。

 あの後友達に慰めて貰ったのかな。


「久しぶり、渡辺さん。元気だった?」

「うん、元気だったよ……」


 渡辺さんの格好は動きやすそうな夏装だ。タンクトップにショートパンツ、それにサンダル。ちょっと不釣り合いのバッグはぺたんこで、出店の品物を買って突っ込むようなのかな。


「覚悟が決まったの」


 違う。

 笑顔の裏に隠れてるこれは何?

 嫉妬とかそういうのじゃない。狂気……?

 ぺたんこのバッグの中に手を入れて……。


 逃げないといけない。

 勘がそう言っている。だけど、この状況で逃げられる?

 慣れない浴衣に、慣れない下駄。下駄は脱げばいいけれど、浴衣はどうやれば動きの制限から解放できる?


 どうして、こういうときばっかりこんな目に遭うんだ!

 この浴衣……汚したくなかったのに……。


「榊さんを殺せば、なんの問題もないんだよね」


 バッグからあらわれたのは包丁。それも牛刀だ。万能包丁よりも一回りか二回り大きいそれで切りつけられたら致命傷は免れない。


 包丁が見えた瞬間、ボクは体が動いていた。ここにいたらダメだ。

 人混みから離れて、瑞貴達に助けを求めないと。

 お祭りに来ている人達に無用な混乱を与えたらダメだ。

 これは多分ボクに与えられた試練。

 ボクにも渡辺さんにも不利益が起こらずに解決しないと行けないことだ。

 だからここで騒ぎを起こしたら不味い。

 逃げないと。


 大丈夫、恐怖は感じてない。

 ちゃんと冷静に対処すれば、ボクならできる。

 だから、今は人気のないところに逃げなきゃ!!

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