桜華ちゃんとお話をした
ボクが我儘を言ったせいで、変なことになってる。
でも、今日だけは居て欲しかったから。瑞貴くんが側に居るって思うとなんかふわふわして仕方が無いんだ。
「燈佳ちゃん大丈夫? 顔赤いよ」
「大丈夫。なんかちょっとふわふわしてるだけ」
「そう?」
「うん」
「ご飯作るね」
瑞貴くんが、居てくれる心強さと、嬉しさと、大好きな二人が一緒にいる楽しさが合わさって、今なら何でもできそうな気がした。
だからという訳じゃ無いけれど、今日はできうる限りの豪勢な料理を振る舞おう。
といっても、フレンチやイタリアンの凄いやつは今の材料じゃ作れないから、あるもので、それなりのを、だけど。
何があるかな。と冷蔵庫を覗いて見たら、うん……何でこういうときに限って何も無いかな。
「三人分の材料がない……」
「あ、今日買い出しの日だっけ」
そうだった。本来ならボクが商店街によって、食材を買ってくる日だった。あのことがあって、すっかり忘れていたけれど。
「丁度いい男手がいるじゃない」
「ん、どうした?」
明らかにそわそわしてる瑞貴くんがいた。
確かに男の子が一人で女の子二人暮らしの家に居座るのは居心地が悪いと思う。
だけど、今日は居てくれるっていうからボクはとても嬉しいんだ。
「あの……買い物行こう? 食材が無いの忘れてた」
「まって、燈佳ちゃん」
「うん?」
「瀬野くんが適当に見繕ってきて。私、燈佳ちゃんに話がある」
桜華ちゃんがボクに話って一体?
「できれば一時間くらい時間掛けてくれると嬉しい」
「あ、うん。大事な話?」
「多分、大事な話」
「わかった。えっと、それじゃあお願いしてもいい?」
側に居て欲しいけれど、だからといってがちがちに束縛するのも嫌だ。
「ほいほい。んじゃ行ってきますかね」
「ごめんね」
「そこはお願いしますか、ありがとうだろ! 姫さま弱りすぎ。俺に言えない事があるなら笹川さんに全部吐き出してしまえ」
「あはは、うん。ありがと」
財布を渡して、瑞貴くんを見送る。
居なくなってしまった事への寂寥感が凄まじい。どうしたんだ、ボク。たかだか少し買い物に行って貰っただけなのに、どうしてこんなにも寂しいんだ。
「燈佳ちゃん……ううん、燈・佳・く・ん・。何があったのか聞かせて。燈佳くんの口から聞かせて欲しいの。辛いかも知れないけれど」
「えっと……話せる所までは頑張ってみる」
「うん」
ボクは今日会ったことを話した。努めて感情を込めず、淡々と客観的に要点を纏めるように。ボクの心が壊れないように話をした。
手紙の主の事。
その人に何を言われたのか。
そして、何をされたのか。
その後瑞貴くんに助けられたこと。
みっともなく泣いてしまったこと。
泣き止むまでずっと抱きしめてくれていたこと。
学校から帰るときに動けなくなったこと。
それから、瑞貴くんに背負って貰って帰ってきたこと。
「というわけです。渡瀬先生」
「えっ、電話してたの!?」
「一応。聞いて貰わないといけないと思って。でもその様子からじゃ今の幸福オーラ……今は減少してるけど……」
いや、えっと、よく分からないんだけど、渡瀬先生に連絡が行ってて、ボクはなんかさっきよりまともに見えて?
スピーカーモードになっている電話から、渡瀬先生の声が響いてくる。
『ええと、そうね。兄さんには明日、榊さんが行くことを伝えておくわー。それともし学校来れそうだったら保健室にいらっしゃい。貴方にもちゃんと女子の性教育をしておかないといけないと思うの』
女子の性教育……?
なにそれ、不穏な単語なんだけど。
ボク何されるの……。
『大丈夫よ。ちょっと気分が優れなくなるかも知れないだけだから。安心して』
「あ、はい。それじゃあ、明日、行けたら行きます」
『うん、待ってるわ、気をつけてね。もし家からでれそうに中ったら連絡してねー。迎えに行くから』
「わかりました。ありがとうございます」
電話はすぐに切れた。
「桜華ちゃんずるい」
「ううん、大事なことだと思ったから。レイプされそうになって、平気な子って居ないと思うから。怖かったよね燈佳くん」
「ん……」
じわりとあの時の恐怖が蘇ってくる。
怖かった。嫌だと思った。気持ち悪かった。
男の人がみんな、あんな風にボクを見ていると思うと、怖くて仕方が無かった。
外に出歩くのも辛い。
だけど……
「怖かった……けど。瑞貴くんが助けに来てくれたから……」
「そっか。それでさっきからふわふわしてたんだ。燈佳くん、瀬野くんの事は好き?」
「好き」
うん、好きだ。仲のいい友達。ゲームの話も世間話もウマの合う気のいい友達……多分。
「ううん、そ・う・じゃ・な・く・て・」
どういうこと?
桜華ちゃんの顔が真剣だ。少し眉根が寄っている。
「燈佳くん。瀬野くんの事、異性として認識してるでしょ?」
「そう、なのかな……」
「えっと、一緒にいたいとか、離れたくないとか思わなかった?」
心当たりはある。
刷り込みかも知れないけれど、瑞貴くんとは一緒に居たいと思う。
今日なんて特にそうだ。怖いからとか助けて貰ったからとかじゃなくて、ただ静かな時間を二人で過ごしたかった。
今日は特に一緒に居て欲しいと思った。胸の内にあるふわふわした思いに浮かされるまま、口に出していた。
居なくなったら寂しいって思ったんだ。
「わからない……だけど、今日は側に居て欲しいって思った……」
「そっか……。ううん、私の勝手な判断で決めるのはダメだね。瀬野くんには今日泊まって行ってもらおうか」
「いいの!?」
「露骨に嬉しそう……これが恋じゃなかったら何だって言うの……」
最後の言葉はもごもごとしてて聞き取れなかったけれど、瑞貴くんが泊まってくれるのは嬉しい。一杯お話ができる。
「……でもいいの?」
「何が?」
「瀬野くんも男だよ。今日されたようなことされるかも知れないんだよ?」
桜華ちゃんのその言葉が何を意味するのかが理解出来て、想像した。
途端に頬が熱くなる。
想像して思った。
――いやじゃ、ない、かも……
ボクは、そう思っちゃいけないのに……そう思ってしまった。
「そう……そっか……。やっぱり、燈佳くんは瀬野くんのこと好きなのかもね」
「分からない……」
「ふふっ、だって、そのにやけた顔見たら、分かるよ。私がそうだもん」
「桜華ちゃんが?」
「うん。私は燈佳くんとエッチなことがしたい。男の子でも女の子でも関係無く。だって、私、燈佳くんの事が男とか女とか関係無く好きだから」
その言葉に嘘偽りは無くて、真摯な思いだけが詰まっていた。
桜華ちゃんとは長い付き合いだ。真贋を見抜くことくらい容易い。
だからこの言葉は嘘でも何でも無くて、いつものように茶化した物でもない。
「ありがとう……でも、今のボクには桜華ちゃんの言葉に応えられない」
「うん、知ってる。だって長期戦だって分かってるから。燈佳くんが決断するまで私はいつまでも待つよ。だからたまにお風呂場で慰めるくらい許してください」
「えっとー……最後のはいらなかったんじゃ……」
「だって、燈佳くん、たまに聞いてるじゃん……」
「聞いてるんじゃないよ? 上がってくるのが遅いから心配して様子見に行ってるんだよ……そしたら、やってる、から……」
うん、言わなければ良かったのに。桜華ちゃんは正直だ。
ボクが心配で見に行ってるのも知ってるみたいだし。
うん……。これから桜華ちゃんがお風呂入ってるときは近寄らないようにしよう。
例え同・性・だとしても、あの声はドキドキさせるには十分だから。
それから、ボク達は他愛の無い話を瑞貴くんが帰ってくるまでした。
放課後のことを忘れる事が出来る位、いつも通りで、ボクにはそれがとても嬉しかった
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