準備をした日

「ねえ、これほんとに必要なの……?」


 ボクは困惑していた。

 土曜日、半日の授業が終わりマスターが集団宿泊教室の買い物に付き合ってくれと言ってきたのが始まりだ。

 メンバーはボクとマスターと緋翠ちゃん。


「姫ちゃん、諦めて……。瑞貴はこういう人だから……」


 買い物籠の中には、一巻きのトラックロープに鉄杭。十徳ナイフとかほか色々。

 殆どがサバイバル用品だ。


「いやあ、姫さま程じゃないけど、やっぱり山登りがあるって聞くと不安だからなー。備えあれば憂い無しって言うだろ?」


 一体どんな不安なんだろう……。

 滑落? でも前情報じゃそんな急勾配な所は無かったと思うんだけど。


「ボクほどって。聞き捨てならない。嫌がらせに対する事前対策は必要だし」

「ごめん、姫ちゃん、どっちもどっち……」

「なんで!?」


 緋翠ちゃんが呆れている。

 だって、事前に対策してれば実際起こった時に動揺しなくて済むじゃん。


「あたし、着ていく服見に行きたいのに……」

「できればボクも」


 しおりには華美にならない程度に動きやすい私服を持ってくるように書いてある。

 だいたいこう言うのって体操服がお決まりのはずだけど、洗濯の問題もあるのかな。まあ何にせよちょっと面倒だなあ。

 今ボクスカートしか持ってないから、ズボンタイプ買わないと。


「……男の俺に選択権はないのか。姫さまのホムセンでの買い物は付き合ったというのに」

「別に時間あるからいいけど、緋翠ちゃんが暇そうだし……? ボクは別にいいんだよ?」

「でもなあ、相月の買い物長いしなあ。姫さまも服選ぶとなると長いだろ……?」

「え、いや、ボクは、どうだろ……。去年までは母さんが買ってきてくれてたから。ただボクの場合合うサイズと色を見つけるのがね?」


 この前桜華ちゃんと服を探しててとても困ったのだった。

 キッズサイズでも別にいいと言えばいいのだけど、やっぱり色合いが目立つのは嫌だ。


「服を自分で買った事がない子を初めて見た」

「いいじゃん! ボク、今日緋翠ちゃんに選んで貰う気で付いて来てるから」

「ええー……責任重大じゃん……。あたし桜華みたいにセンス良くないよ」

「だって、桜華ちゃんに任せたらふりふりを着させられた挙句、お金桜華ちゃんが払っちゃうから……」

「桜華の着せ替え人形なのね、姫ちゃん」

「うん。可愛い服も多いけど、ボクとしては普通のがいい出来れば予算五千円くらいで上下一式……!」

「あるのかなあ? でも、手持ち組み合わせればいけるかも。どういうの持ってるの?」


 ボクはクローゼットに掛かった服の種類を思い出す。

 ええと……、ああ、うん。見事にブラウスかワンピースタイプ。後はロンTとかあるけどインナー代わりだし。


「下に穿くだけでいいならワンピース系。後はブラウスとかそういうのばっかり」

「ワンピースいいよな! ワンピース! 白いノースリーブのワンピースに麦わら帽子! 男のロマンだ! 夏場は姫さま一つ頼みます!」

「……嫌だよ?」

「なんなら金は俺が出す! 着てくれ! そして、俺をお兄ちゃん呼びしてくれ!」


 うーん、まあ、白いワンピースに麦わら帽子を被った女の子は似合ってれば確かに可愛いよね。

 ただし、二次元に限るが付くけど。

 流石にボクなんかが着ても似合わないと思う。

 夏物かあ。まだ気が早い。でもうーん、ちょっと着てみてもいいかなあ? 折角だし。


「欲望ダダ漏れだね……。緋翠ちゃん、マスターはいつもこんなんなの?」

「うん。でも流石にそんなこてこての田舎少女みたいな格好はさせたくないかな。とりあえずワンピースがあるなら、膝丈のデニムかレギンスでいいんじゃないかな。それにカットソーとパーカーで動きやすい服にはなるし、ちょっと予算超えそうだけど」

「あの、その下に穿く奴は、肩口がふんわりしてるのでも似合いますか」

「え、パフスリーブなの……」


 緋翠ちゃんが考え込んだ。これでホームセンターにいられる時間が延びる!

 うん、やっぱり服は分かる人に任せるしかないね。ボクはまだまだ女の子初心者だもん。

 そう、分かる人に任せるのが大事。決してホームセンターに長居がしたいわけじゃないよ? ほんとだよ?


「正直俺は、一番最初の格好をお勧めしたい! ワンピースにタイツもロマンがある。押し倒してタイツ脱がせたい。そして生足に頬ずりしたい」

「相変わらずだね……」

「呆れないでくれ。というかせめてもっとマイナスなリアクション取ってくれないと俺としても困る。性癖暴露しただけで終わっちゃうじゃん!」

「あしふぇちとかいうやつ?」

「いや、脱がせた先にあるデルタゾーンに興味津々なお年頃ですって何いわせんだよ!」

「勝手に言ったのそっちじゃん」


 やっぱりそういうのはよく分からない。

 疎いというよりも興味が持てないというか。

 たまにクラスで会話する男性の趣味とかもよく分からないし、そういうと姫ちゃんには王子様がもう既にいるもんねーなんて生暖かい目を向けられるし。

 マスターは王子様じゃないと思うんだよね。


「えっと、試しにする? ボクなんかのでよければ」

「何ッ!!」

「姫ちゃん。それはダメ。自分が可愛い女の子だって自覚持って!」

「どうせ減るもんじゃないし、いいかなって」

「穢れるからダメよ、絶対。そういうのはダメだから!!」


 緋翠ちゃんが全力で止めに着てる。

 ダメなのかあ。もし受けてみたら、ボクもそう言うの分かるかも知れないと思ったのに。


「ごめん、俺も流石に姫さまにはそれは出来ないわ……うん、ちょっと最近姫さまがゲーム内と殆ど変わらない感覚で話せてきてたから自重忘れてた。頭冷やしてくるから先に服見に行ってていいよ」


 マスターは顔を背けてそそくさとどこかへ行ってしまった。

 追いかけようにも緋翠ちゃんはいるし、マスターは逃げるような去り方だったし。


「ふう、姫ちゃんの貞操は守れたわ。いーい? いくら仲のいい人だと言っても体を売るような事はしちゃダメ。姫ちゃんの過去を聞いたからたぶんそう言うの疎いんだって予想はしてたけど!」

「はあい」

「分かればよろしい。暫くしたら連絡来るだろうし、服屋さん行こう? あたしのセンスでいいならいくつか見繕うから。それで欲しいの決めよっか」

「うん。ありがとね」

「いいよいいよー。自分の買うついでだもん気にしないで」


 緋翠ちゃんと二人であーでもうないこーでもないと睨めっこすること小一時間。

 やっとボク好みの服とであったかも知れない。

 綿生地の灰色のパーカーに膝丈のデニム。これから先は暫くこんな感じの格好で過ごせるから楽ちん。女の子女の子した格好もいいとは思うんだけどね。どうせ休みの日に出かけるのはコンビニくらいだしラフな格好がいい。

 それにこれなら、野球帽を被ってもいいし。

 あ、でも、それとは別にやっぱり帽子は買った。マリンキャップって言う種類かな。つば付きのふんわりしている帽子。

 一応レギンスなるものも購入したけど、完全に予算オーバーだった。今日は欲しい本買うのは諦めよう。


「これなら可愛さ損なわずだね! 瑞貴も喜んでくれるよ」

「えっと、なんでそこでマスターの名前が……?」

「だって、姫ちゃん瑞貴の事好きでしょ?」

「は……? えっと。友達だと思ってるけど。緋翠ちゃんの方こそマスターの事好きでしょ?」


 隠しても滲み出る好き好きオーラと、お弁当作ってくるボクに対する嫉妬と羨望の視線が痛かったりする。

 敵意がないことは分かってるんだけど、たまに視線で呪い殺されるんじゃないかと思ったりも。


「うん、そうだけど。瑞貴には伝わってないし、もういいかなって。瑞貴も姫ちゃんの方しかみてないもん」

「それは気のせいだよ。ボクの方もちゃんと見てない気がする。気は配ってくれてるけどね」

「ふうん。姫ちゃんにはそう見えてるんだ……。でもそれなら、まだあたしにもチャンスあるのかなあ」

「それはマスターの気持ち次第だけど。ボクには推し量れないモノだし頑張ってとしか?」

「んーん。大丈夫。あたしこれでも中学三年間ずっと瑞貴に攻め続けてるから。これからも頑張るだけだよ。ごめんね変な話して。でも……」

「ん?」

「ううん、なんでもない。気にしないで。そろそろ瑞貴探しに行こっか。遅いもん」

「流石に服屋には寄りたくなかったんじゃない? この前一緒に遊びに行ったとき長いって愚痴ってたから」

「しょうがないですー。女の子の買い物は長いんですー」


 それは否定できない。

 確かに長い。普通に商品選ぶだけで一時間掛かる。

 それに店の梯子も多い。

 これといった品物とであうまで平気で店を渡り歩く。

 まあ、ボクも本屋にいれば平気で一時間とか過ごせるから、人のことは言えない。

 放課後とかたまに桜華ちゃんと一緒に来ると、店の外まで引っ張り出されるくらいに張り付いてるみたいだし。


『いまどこ?』


 マスターに連絡を取る。


『一階のドバータ』

『分かった。とりあえずひすいちゃんと一緒に向かうね』

『あいあいおー。なんか適当に飲み物頼んどくわ』


 短いやりとり。こういうときスマホは便利だ。基本的な用件だけで済むから、相手の顔色をうかがう必要がない。

 ドバータは確かチェーンの喫茶店だったっけ。


「一階にいるって」

「うん。やっぱり姫ちゃんはずるいな」

「えっと、なんで?」

「あたしなんて、メール打つのも緊張するのに、そんな簡単に連絡取れるなんて、やっぱりずるい」


 人は恋すると臆病になっちゃうのかな。

 困ったようにはにかむ緋翠ちゃんを見てると、恋する乙女ってこんなにも可愛いんだって感じる。

 でも結局誰かと一緒にでかけてはぐれてるんだから、連絡はとらないといけない。

 そこは割り切らないと。


「だって、連絡取れないと合流できないからさ」

「そうだけど……うぅ。ごめん、行こっか」

「うん」


 やっぱり、ボクにはまだ恋だの愛だのよく分からないな。

 桜華ちゃんはボクの事を好きって言ってくれるけど、それもどこまで本気なのか分からないし。

 緋翠ちゃんのマスターを好きな気持ちは聞いてるから分かるけど、それがどういう心の変化を与えてるのかは想像できない。



 やっぱり、ボクは今からなのかな。

 でも、桜華ちゃんから向けられる好きって言葉も、緋翠ちゃんがボクにたまに飛ばす嫉妬や羨望も悪い気はしない。

 きっと二人ともボクに思うところがあってそう感じてるのだろうから。

 でも、マスターはどうなんだろう?

 ボクの事をどんな風に見てるんだろう。

 ちょっと気になるかも。

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