はからずともデート・前

 マスターと一緒に昨日のショッピングモールに来た。

 お客さんの少ない店を見つけて、お昼を摂った。


「ここのはちょっと量が多かったね……」

「そうかあ? もうちょい食えたが。でも姫さまも全部食ってたじゃん」

「うん、流石に残すのは悪いと思ったからね……お腹が苦しい……」


 食べ過ぎたお腹をさする。

 流石に多かったよ。やっぱり体に合わせて食べられる量も減ってるらしい。

 昨日も一昨日も量は少なめに作っていたから気付かなかったけれど。


「少し休むか」

「動いた方が早く消化できそうだけど」

「だってなあ、さっきまで青い顔してた姫さまの事考えるとねえ。ほら、そこのベンチで休憩しようぜ。膝貸してやるから横になっとけ。普通逆だと思うがな」


 うははと笑って、マスターが真っ先にベンチに座った。

 ボクもつられてベンチに座るけど、流石に寝転ぶのは恥ずかしい。


「いいから、横になっておけって、どうせ他の奴らが見たとしてもいちゃついてるカップルにしか見えんよ」

「か、カップル……って……うぅ……」

「そこ恥ずかしがるとこか……。わからんパンツの色を教えるのはいいけど膝枕はダメとか、姫さまがよく分からん……」


 ああ、でもご飯を食べた後横になると凄く気持ちいいんだよなあ。

 でも、付き合ってるって思われると、緋翠ちゃんに悪い気が。

 それにボクだって男だし、男の膝枕は御免被りたい。

 でもなあ、ボク今女の子だしいいのかなあ……?

 よく分からないや。


「えっと、それじゃあ、お邪魔して。ううむ……マスターの足はごつごつしてる」


 ザ・男の子って感じで、新鮮だ。

 筋肉の固さ、芯にはちゃんと骨がある感じがして。

 それにマスターの顔が近い。恥ずかしい。


「悪かったな! 俺だって姫さまの膝枕が良かったぞ!」

「えー……。ボクの足潰れちゃうんじゃないの」

「潰れるか!」


 横になっていると、なんというかお腹いっぱいの生理現象も相まって、うとうとして来た。


「そういえば、今日は何を買うつもりだったんだ?」

「んー……。ホムセン行ってー、嫌がらせへの対策グッズかなあ……」

「一体何を想定しているんだ」

「えっとねー……机に死ねとか落書きされたり、彫られたりするかなって。後教科書とか上履きとか隠されるかも知れないから個人ロッカーの施錠対策……」

「一体何を想定しているんだ!」


 一言一句変わらない反応が返ってきた。

 だって、今日突っかかってきた人、絶対マスターに気が合ったから。顔だけしか見てないだろうけど、側にいるボクを疎んでいたから、絶対排除しにくると思うし。


「色々。今日突っかかってきた人、たぶんボクに嫌がらせしてくるだろうから」

「気にしすぎじゃないか?」

「別にそれでボクが壊れることはないよ。可愛らしい悪戯だもん」

「まあ、姫さまがそういうならそうなんだろうけど。というか姫さまちょっと眠い?」

「んー。ちょっとだけ。今日は疲れたから……それにご飯食べた後だし」


 自分でも呂律が回ってないことが分かっている。

 視界も狭まってきたし、どうしようかな、このまま意識を手放しちゃおうかな。


「じゃあ、ちっと眠れ。十分くらいしたら起こしてやるよ」

「うん、じゃあお願いね。ふあぁ……」


 大きな欠伸をして、目を閉じると途端に意識が闇に沈んでいった。

 心地いい。空調が効いてるのもあるけれど、マスターは心許せる数少ない人だから、安心して身を任せられる。

 会ったのは今日が初めてなんだけど、旧来の友達って感じがして心が安らぐんだ。自然体でいられるっていうのは良いよね。

 ゲーム内でも、マスターの側にいるのが一番自然な感じだ。バカ話するときとか、結姫ちゃん楽しそうだねっていつも言われるし。

 これからリアルの方でこういう人を増やしていけるといいなあ。


 んむぅ……くすぐったい。

 頬をつついたり髪を撫でたり。


「どうして、男の前でこんな無防備な姿を晒せるのかなあ……ああ、姫さま可愛いなあ……」


 慈しむような愛おしむような、そんな手付き。

 嫌じゃない。むしろ気持ちいいくらい。


「むぅ……?」

「あ、ちょ、うわっ、お、おはよう」

「おはよ。ますた、慌ててどうしたの?」

「な、何でもない。何でもないぞ!! それよりか、何も聞いてないよな!?」


 ボクはふるふると首を振った。特に何か聞こえたわけでもない。

 慌てふためきように何かしていたように思えるけど、気にしたら負けだろうねえ。

 胸とか触るにしても、ボクのなんか触っても何も面白くないだろうし。そもそもボク男だし。


「えと、ボクどれくらい寝てた?」

「一時間くらいだな。疲れてたんだろ」

「十分くらいで起こすって言ったじゃん……」

「いや、だって、姫さまの寝顔が可愛くて可愛くて。起こすのが忍びなくてなあ」


 また、可愛いって。

 どうして瀬野くんはボクの事を簡単に可愛いって言うのかな。

 男の子って基本女の子の事を簡単に可愛いなんて言えないはずなのに。ボクがそうだし。


「むぅ……そりゃあ疲れて眠くなったボクが悪いけど、すぐに起こしてくれてもいいじゃん。人の目もあるのに」

「まあ、そうなんだけどな。ホントすまんかった」

「いいけど、変なことしてない?」

「し、してない、絶対してない!」


 ああ、これはしてる。絶対してる。

 この狼狽えっぷりは黒です。

 でもまあ、いいか、マスターだし。


「ふぅん、そう? ならいいけど。じゃあ買い物行こう」

「ぐう……すまん。俺も我慢しようとしたんだが、魔が差した。頬触ったりとか、髪撫でたりとかしました、はい……」

「なんだそんなこと。胸とか触ったのかなって思ったけど」

「だ、誰がそんなことするか!!」


 しないんだ。てっきりするのかなあって思ったけど。残念。

 って待て待て、ボクはどうして残念がっている! して欲しかったのか? 寝てる間に変なことされたかったの!? もしかして無意識化で望んでいた……?

 ボクってこんなに被虐嗜好が強かったか?


「姫さま、どうした。大丈夫……じゃ、なさそうだな」


 体を起こしたボクの顔を瀬野くんが覗き込んでくる。

 ぽつりと呟いた言葉が、ボクの今の状況を教えてくれた。

 どうも、とても酷い顔をしているらしい。


「何か思うところか、嫌なモノか人か、みたか?」


 ボクは首を振ることしか出来ない。

 だってこれは、ボクの心情の問題だから。いくらマスター……瀬野くんに心を許していると言っても、話を出来る人は限られているから。

 情緒が不安定だ。どうしてこうなっちゃったんだろう。

 ボクが女の子になったばかりのニュービーだからかな。


 隣に座った瀬野くんが、ボクの頭に手を置いてくれる。

 それだけで少し気が楽になった。

 大きな手、骨張っていて男の人の手だ。


「姫さまの髪はさらさらだなあ。相月も相当気を遣ってるみたいだけど、姫さまと比べたら全然手触りが違うんだぜ。それにさらさらに加えてふわふわだ」

「何を言って……」


 ああ、そういえば自己紹介で言ってたね。作家さんと女優さんの子だって。自分も子役を少ししていたって。

 彼なりの動揺の抑え方なんだろう。三枚目の格好いいお調子者の役。決して二枚目にも一枚目にもなれないけれど、それはそれで美味しい役どころ。

 彼なりの女の子はこうすれば喜ぶ、みたいな法則なのかな。

 落ち着くけどあんまり嬉しくはない。

 まだ桜華ちゃんに髪を結わえられてる時の方が楽しかった。


「ごめん、もう大丈夫。ちょっと気持ちがぐるぐるしただけだから」

「そっか。じゃあ行こうぜ。買い物をした方が気が紛れるだろ。で、何買うんだ?」

「本。瀬野康明先生の本。とりあえず本屋にある分全部!」

「買うの……? まじで? 言えば家から持ってくるけど」

「それはダメ。欲しい本は自分で買う。そうしないと作家さんにも利益がないから」

「いやあ、まあそうだけどなあ……女子高生が読みたいって言ったら親父絶対喜んでサイン付きでくれると思うが」

「サインはいらない」


 付加価値はいらないんだ。

 欲しいのはその人が書いた本。物語。

 校正さんが校正して、デザイナーさんが版型を決めて、表紙を作って、そこにイラストレーターさんのイラストが入ったり入らなかったりして、出版社から出版される本に魅力がある。

 そこに筆者やイラストレーターのサインはいらない。作者名とタイトル、本文が紙の束で綴じられてるだけでいいんだ。


「ばっさり。親父悲しむだろうな」

「ち、違う! サインはいらないけど、本があればボクはそれでいいの!」

「そっかそっか。姫さまの本への熱いこだわりはシェルシェリスで聞こう。じゃあ本屋だなー」


 そう言って、ベンチから立ち上がる。ボクもつられて立ち上がった。

 気持ちは落ち着いた。

 大きく深呼吸して、気を取り直してボク達は本屋に向かった。

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