霊関係の話⑥ お山にシャットダウンされた話
これは高校生時分だったか、もう少し前だったか。私はバス停4つ分をテクテクと徒歩で駅まで向かい、電車通学をしておりました。
で、ある日の帰り道のことです。いつものようにテクテクと夕暮れ時の街路を歩いていましたら、前方から自転車に乗ったおじいさんがゆっくりしたスピードでやってきまして、私とすれ違ったんです。
ひょい、と。
このおじいさんの背中からでしょうか、何かが私の背中に乗り換え乗車してきました。例によって、害意は感じられなかったものだから、「おや、まぁ、」程度に思ってそのまま家路を行く事にしたんです。
私の住んでいた家は、山を切り崩した造成地の一角に建っていまして、40度傾斜の坂があるんですよね。もう、山を一個丸ハゲにして家を建てましたってのが解かるような感じにぐるりと円を描くように家々が立ち並んでいたんです。
で、この山の境界になっている坂の袂で、私は立ち往生する事になってしまいました。なんでか知らないけど、入れないんですよ。
そんなヘンなモンを拾ってきたつもりはなかったものだから、こっちがびっくりしてしまいまして。境界線に沿って、行ったり来たり、坂の途中で道の端から端をウロウロと何往復もしていました。
だんだん日が落ちて、あたりが暗くなっていきます。いよいよ困り果て、私は神サマにお願いする事に決めました。
「山の神サマ、山の神サマ、お怒りはごもっともですが、どうかここを通してはくれませんか。変な奴だと切り捨てず、どうか大目に見てはくれませんか。お腹立ちなのは解かります、山を削って、木を切って、こんな丸ハゲにされた上に、こんなに沢山の重たい家々を乗っけられて、人間が嫌いになってしまうのも無理はないと思いますが、どうかもう少しだけ猶予をください。人間は確かに馬鹿でしょうけど、きっと少しくらいは良いところもあります。それに少しずつでも反省してやり直したりも出来ます。本当にちょっとずつですけど。どうかもう少しだけ人間を信じてくれないでしょうか。きっと、ほんの少しずつでも良くなっていきます、どうか、どうか、お願いします。」
なんかそういった事を切々とお願いし、説得を試みました。
どのくらい説得の祝詞を上げ続けていたでしょうか、急に、私の背中に居た何かが天に向かって一直線に昇っていったのを感じました。
引き上げられるような感覚、光に包まれるような感覚、なんとも言いようのない幸福感に包まれました。ふわりと宙に浮かぶような心持ちです。幸せな気分です。
そうして、背中に乗っていたはずの何かは居なくなり、私を拒絶していたお山の境界もいつの間にか消えて無くなっていました。いつも通りです。
何もなかったような知らん顔で、お山はいつも通りに私を迎え入れてくれました。天に昇ったなら、それより良い場所などたぶん無いでしょうから、私も一安心して帰路に付いたものでした。
昇天、という感覚のお裾分けをされたのは後にも先にもそれ一度きりですが。
次はこれとは対極の気分を味わった時の話です。死神の時はもう、どうしようもない恐怖を味わいましたが、こっちは恐怖ではなく悪意です、究極の害意。
害意の究極は、なんといっても殺意に近い気配が感じられます。強烈です。
これも通学路での話で、やっぱりテクテクと徒歩で30分近く私は歩いておりました。バス通りなんでバスに乗ればよさそうなものなんですが、独りで歩いている時間の、空想に遊ぶ時間が私はなによりも大好きだったんですね。
さて、その途上の事です、朝の通学中でした。なんだか知らないけれど、誰かに睨まれている気がしました。じーっとこっちを見ていて、一つの場所で相手は動かないで目だけで威嚇しているかのような感じがしました。
場所は、とあるバス停のちょうどまん前くらいです。通りを挟んだ向こう側のようでしたが、私は確かめもしなかったんです。
こういう時は無視るに限りますから。
私はその視線の在り処などガン無視して、ひたすらまっすぐ前だけ見て、そのまま歩いて過ぎ去りました。急いだり、そわそわしたり、チラとでも見たら負けです。ガン無視。文句があるか、と強気の姿勢で悠然と歩き去るべきなんですね、経験上。弱みを見せたら付け込まれるのは生者も死者も同じです。
さて、学校に着いた頃にはそんな視線も感じなくなっています。自縛霊だかのメカニズムがどうだかは知りませんけど、たぶん動けないから追っても来れなかったものでしょう。帰り道は遠回りだけど別ルートにしようと決めて、クラスに入って行きました。
そこへ、クラスメートが目をキラキラさせてやって来まして、仕入れたばかりのニュースを教えてくれました。
「ねぇ、ねぇ、知ってる? ○○のバス停の向かいにある路地の家で、昨夜、殺人事件が起きたんやって! 通学路の近くやねんで! 怖いなぁ!」
さすがに背筋が冷たくなりました。殺気立ってたはずだわ。
帰りはもちろん遠回りで帰りました。触らぬナントカです。
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