第18話

 一呼吸置いて開は続ける。

「川内ケミカル爆破の一か月前には、麻川組のクサの売人だった齋藤という男が、売上を持ったままトンズラしています。栗橋は割と物静かな男だったようですが、報告を聞いた際、見つけたら沈めるといきり立った時の迫力は尋常ではなかったと、いまだ語り継がれているとか」

「その、トンズラした齋藤っていうのはどういう人物だったんですか」

「現在も行方不明のままであることはさておきですが、商業高校を中退して、ふらふらしているところを坂田組系列の末端構成員と知り合いになり、売人になった経歴があります。ただ齋藤は、機械がからきしだったようです。電化製品の配線すらろくにできず、携帯もメールではなく、もっぱら連絡手段は電話という不器用さだったとか。爆発物など、仮に設置はできても、製作ができるような人間ではありませんね」

 なるほど。それでは事件の首謀者としての疑いなど、かけようがないということか。

「可能性だけで言うのなら、栗橋が何かを知ってそうですよね。幹部となるための交換条件として自ら名乗りを上げたのに、得意なものではなく、リスクの高いものに手を出すなんて妙ですし。ただ、栗橋に組を潰す必要性を感じないのが引っかかりますけど…」

「その通り、実はもっとも怪しいと見られる存在が栗橋だったのですけれどね」

「そいつにはまず爆破もできねえし、聴取さえできなかったんだよ」

 開の声を、やはり絶妙なタイミングで継ぐテン。

「聴取もできなかった?」

「栗橋は事件の三週間前、自宅で何者かの手にかけられて爆死しているからな」

 そう言いながら、タケの前に山と積まれている資料をがさごそとあさり出した。

「爆死、ですか」

 予想外に壮絶な話だ。タケは目を瞬かせる。

「覚えてねえか?目黒坂下の高級住宅街であった事件。当時は相当に騒がれてたはずだぜ」

「…ああ、ありました。確かあの事件は、いまだ犯人も捕まっていませんよね」

 記憶を思い起こしながら、なぜかタケは心がざわりとするのを感じていた。

 例えて言うなら、パズルの最後に残ったピースがどうしてもうまくかみ合わないような、小さな違和感。

 だが、そんな感情もテンの声に引き戻される。

「事件は別口の扱いだから、他に報告書があるはずだ」

 実のところ散らかしているだけではないかと思える状態で、書類の山をぐしゃぐしゃと掻きまわし始めたテンを横目に、苦笑した開が続けた。

「事実上、麻川組は当時代表だった、栗橋の死亡と共に解散したと言っていいでしょうね。ちなみに、山野が山友さんゆうビルを持っていた頃に軒先を貸していたのは、その栗橋と親友だったことが関係していました」

「親友だった、代表の死亡…」

 チクリ。

 封じていた過去の思いが浮かびかけ、体の奥深くが疼く。

 あれとは違う、何の関係もないのだと自分に言い聞かせるうちに、栗橋の死に対して生じた小さな齟齬そごは、タケの中ですっかり薄れていた。

「おお。あったあった。これだ」

 過去の記憶に捉われぬよう思考を締め出しながら、タケは手にしていた報告書の上、テンが重ねてきた書類に目を落とした。

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