第273話 吾輩今日でデットエンド2章が終わる

吾輩は目を覚ました。こうもりが話しかけてくる。

「旦那、お目覚めですか?」

「ようやっと・・・ここまで来たな」

「そうですね。というか、だいぶ前から書き上げてたのに」

「そう・・・言われればそうだね」

「なんで、こんなに時間をかけたんですか?」

「・・・そういえば・・・なんでだろう?簡単に言えば戦略を考えつつやったのが、遅くなった原因でもあるけど」

「構成はほとんど決まってましたもんね」

「あとは、読者の方に長く楽しんで頂くってのもあるし……更新方法変えたりとか、色々あるわけで」

「そうでしたね」

「・・・かかりすぎた感もあるけども」


吾輩はようやっと2章の終わりを迎える。

あとは3章。


ここには書きたいことがいっぱい詰まっている。というか、ここを書くために書いてきた。そういっても過言ではない。すべては積み重ねである。ラストへ向かうための。1章、2章で何気なくばらまいたものを回収していく。セリフを回収していく。楽しいに決まっている♪


そこを考えながらやってきていたのだから。

あぁ……メインディッシュ。それが最終章。

3章、4章に分けてもいいのだけれども。


ただ――その前に2章を直すのが優先事項だろう。もっと、読まれるように。読まれないことを良しとするは、意識的に変わってきた。まずは1章はとっかかりで、2章はおもしろかった。先はどうなるのって?思われたい。


でなければ……一番見てほしいところが伝わらない。


それは……とても悲しいのかもしれない。


もっと、高めよう。自己を。どうすれば読まれるのか。

どうしたら、読ませたい作品になるのか。


使い捨てるようなことはできん。面白くすることに時間をかけよう。



吾輩は考える。

読まれない作品というのは多々あると思う。


その人たちは改稿はしないのだろうか?と疑問を持ってしまった。


なんだろう?もう、1回読まれなくなった作品はだめなものなのだろうか?それは、本当にヒットする要素がないのだろうか?


偉そうに言ってるかもしれない……。別に何が正解とはわからん、吾輩も。


ストーリに直しようのない欠陥や設定に直しようのない欠陥があるのであれば、しょうがないところもある。そこを見極められればというのはあるかもしれない……そもそも、何がヒットするかはわからない。


ただ、表現力が足らんということについては、いくらでも直せるのである。


それこそ無限に。何度でも。自分がみた景色がおもしろいものであれば、そこに近づけることも必要ではなかろうか??


すまん…別に説教的なものではなく、思考なので……自分に言われているととらないでほしい。これはあくまで思考である。誰かに向けたものは出なく、己と向き合っているだけなので……。


自分がおもしろいと思ったものが理解されない。


これはよくあることだ。絶対的におもしろいものっていうのは難しい。よく、おもしろいものに理由を求める人もいるが、吾輩的には理屈とか理由ではない。あのシーンが心に響くというのもあるが、それは前に積み重ねたものもありきなので、ワンシーンだけの破壊力ではないのである。


けど、自分がおもしろいものをおもしろく伝える。


これを求められるのかもしれない。どこがおもしろいのか、どうしておもしろいのか。そこをどうやって表現するのか。


結構、頭を使う作業である。ムズイな……。

どうすれば、おもしろくなるのだろう?そこを突き詰めていかなければならない。

永遠の作業でもある。気が遠くなるような永遠の作業。

そして、それは楽しい作業でもる。無限に続く趣味の作業。



吾輩は考える。

ちょっと改行癖がすごいので見直す。


どうも、初期とは全然違う。初期は初期で読みやすい。途中から改行が見えづらくなるのもある。さらに題材の切れ目が見えづらくなる。


自己分析中……自己分析中……自己分析中……自己分析中……


何か使えそうな書き方だ。覚えておこう。見づらさというものを削ることを続けていこう。思考を至高に導く物語。それがバンパイア物語。究極形態になるのに、何十年かかることやら。



吾輩は考える。

中間解答を作ろう。うむ。

結局、書き方のルールってなんなのか?


これは、いろんな作品を見てきて少し答えが見えてきた。

結局、ストーリーにあったものを用意するのが必要なのだろう。


コメディなのに重苦しい文章を使うのは間違っているし、シリアスな場面で手を抜きすぎた文章を書くと間違っている。本編にいろいろ入り混じるのに、統一した文章で書くのも間違いなのかもしれない。


書き分けが重要なのかもしれない。


だから、コメディ用の話とシリアス展開を分けて書く人もいる。

おそらく、これが正解なのだろう。


表現方法をストーリに合わせるということが必要ではないのだろうか?


あくまで、中間回答。結論は間違っているかもしれない。



吾輩は眠りにつく。


《つづく?》

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