第94話 足元に潜むモノ
無人になったエルフの町。
俺は貴族達の暮らす区画をスミからスミまで漁ってゆく。
貴族達の区画はかつて栄えたエルフの王国を模した彫刻がなされており、一般のエルフ達が暮らす区画よりも荘厳な雰囲気だった。ただ大樹に彫刻を施すだけではなく、塗料を使って色を塗ってある箇所も有る。
日本なら日光東照宮や上野東照宮の建築物を彩るカラフルな部分に近い。
だがそんな貴族区も、ドワーフ達の襲撃によって多くの区画が炭化していた。
そんな生々しい戦いの跡が残る区画を俺は進んでゆく。
だが貴族である古参エルフの姿は欠片もなかった。
「おかしい」
基本的に古参エルフ達は町から出ようとはしない。
恐らくは過去にドラゴンによって国を焦土へと変えられ、物陰に隠れて震えるように暮らすしかなかった過去が有るからだろう。
そして古参エルフ達は、自分達の力を総動員して森を再生させた。
かつて存在した都市の再建を諦め、森の中に溶け込むように大樹で暮らす事にしたのだ。
その妥協が貴族区画の荘厳な彫刻なのだろう。
「ん?」
ふと気付くと、周囲から戦闘の跡が消えていた。
俺は振り返り今来た方向を見る。
「同いう事だ?」
貴族区画の途中から、戦闘の痕跡がぱったりと消えていたのだ。
まるでこの地点でドワーフ達が引き返したみたいだ。
しかし道や壁は濡れている。
燃えた跡がないのにだ。
周辺を大規模な水魔法で消火したからだろうか?
「もしくは、このあたりでエルフ達の反撃が始まったか?」
だが仮にエルフ達が反撃したのだとしても、それでもこの町に誰もいないのはおかしい。
僅かな時間で敵と味方が姿を消す。
嫌な予感しかしない。
せめて味方と連絡がとれれば……って、そうだった。イカヅチには通信機能が有るじゃないか!
異常な状況でついついソレを失念していた。
俺は通信機で周囲に居るであろう味方に連絡を試みる。
『こちらボワング、応答せよ!』
だが俺の通信に答える者は居なかった。
『こちらボワング、誰か居ないのか?』
何かから逃げ出したのなら、通信機の連絡に答えるだろうし、ソレすらもないという事は部隊は全滅したという事なのか!? そんな事がありうるのか? 仮にもドワーフ軍の八割の戦力だぞ。誰も助からなかったというのはありえないだろう。
連絡ができないのは仕方がない。
俺は注意して貴族達の暮らす部屋の中に入る事にする。
もしこれがエルフ達の仕業なら、何かしらの痕跡がある筈だ。
◆
戦闘の跡がある区画に最も近い部屋に入る。
玄関があり、その奥に幾つもの部屋が見える。
基本エルフの家は大樹の中心部に負担をかけないように廊下は短く。階段で上下に部屋を作る。
だが貴族達の部屋は例外らしく、奥や横へと広がっており、一般エルフが上下方向の2DKアパートなら、貴族は横方向の3LDKマンションだった。
うーん、格差社会。
入り口から進むと、右横には水の魔法陣が複数仕込まれた浴室がある。浴槽には温水を召喚する転移魔法陣と、排水を送る転移魔法陣が仕込まれており、更に洗い場の上下にはシャワーと蛇口と思しき水を召喚する為の魔法陣が仕込まれていた。エルフのお湯は湯沸し区画があり、ソレを転移魔法で送るのだ。勿論水も地下水を転移魔法で召喚している。エルフの記憶にある蛇口魔法陣から水がジョバジョバと流れてくるさまはちょっとシュールな光景だった。
だがそんな魔法陣も【源泉】の魔法陣が破壊された事で機能を失っていた。
莫大な魔力を使う転移魔法陣も源泉から溢れる無限の魔力がなければ満足な運用は不可能。
俺は別の部屋を探す。
左隣はトイレ、こちらも転移魔法陣による下水処理がされていた。
転移魔法で何処に汚水を捨てていたんだろうか?
知りたくは無いがちょっと気になる。
いや、気にするのはやめよう。
中央の廊下を奥に進むと、それぞれ寝室、リビング、書斎に分かれていた。
エルフは長寿の為か子供部屋のある家は殆どなく、大抵のエルフは独立して自分の部屋で暮らしていた。
まぁ、ドラゴンに滅ぼされる前のエルフの国ならあったかも知れないが。
リビングと寝室にはコレといった手がかりはなし。ちょっと別の意味で気になるアイテムがあったが、まぁそれは頂いていくとしよう。火事場泥棒じゃないよ、知的好奇心だよ。あと迷惑料な。
本命である書斎を調べるが、そこに記載されていたのは日記や過去のエルフの国の様子を書いた風土記のようなモノだった。恐らく過去を懐かしむエルフが、記憶を風化させないように残したものなのだろう。
他にもいくつかの魔法に関した記述が有る。
内容が複雑すぎて、俺の憑依したエルフとドワーフの知識では全体を理解できないようだ。
たとえエルフとドワーフが優れた文明を誇っていても。専門職の知識は専門家でないと理解できないものだ。
日本でも義務教育で原始人と比べれば相当に深い知識を持っているが、だからと言って家を建てたり高級料理を作れる訳じゃない。
専門知識や技術はそれとは別に学ばなければならないのだ。
うーん、知識系のエルフかドワーフに憑依できなかったのが悔やまれる。
まぁもう一回死んで憑依しなおす気なんてサラサラ無いけどさ。
だって死にたくないし。痛いのも苦しいのも嫌だし。
前にも言ったけど、憑依が必ず成功するか、限界がないのかも分からない。今回のように中途半端に憑依してしまうケースが有る事も分かった。
だから不便でもなるべく死なない方向でいく。
っと、思考が逸れたな。
この家には求める情報は無いみたいだから別の部屋へ行こう。
そうして、幾つかの部屋を捜索し、俺は漸く目当ての部屋を発見するのだった。
◆
貴族区画の最奥にあった部屋は頑丈な金属製のドアで入り口を封鎖されていたらしい。
らしいというのは、ドアが今は開け放たれているからだ。
無理やり破壊された訳ではなく、内側から開けられたみたいだ。
今までは木製のドアだったが、この部屋だけは金属性のドア。しかも内部に見える壁は何かの鉱石で作られている。明らかに特別な部屋のようだ。
武器を構えてゆっくりと進む。
床が濡れている。そういえば先ほどまで捜索していた部屋も濡れていたような気がする。
よっぽど大規模な水魔法で消火したのだろう。
通路は三叉に別れており。まず真ん中へと進む。
通路は意外と長く、途中でまたしても金属性のドアを見つける。
もっとも、ここも開け放たれていたが。
やはりここは特別な場所のようだ。
俺は更に奥へと進んだ。
◆
「これは……実験室か?」
そこはまるでアニメや映画に出てくるような実験室だった。床も天井も不思議な鉱石で覆われており、ここが大樹の中だと忘れてしまいそうに鳴る。
更に中央には複数の巨大なラス製の筒が立っていた。まぁファンタジー世界なのでガラスかは分からないが。
中は緑色の液体に満たされており、中には何も入ってはいない。
俺が気になった事は、そのうちの一つが解放されていた事だ。
ガラスが上へと持ち上げられ、床は緑色の液体がこぼれたのかビショ濡れである。
「この中の何かを解放してドワーフ達を攻撃したのか? いや、エルフもいないという事は、エルフ達も?」
こういう場面で考えられるのは、追い詰められたエルフの技術者が未完成の生物兵器を解放してドワーフを全滅させようとして、敵味方の区別のつかない生物兵器に襲われるというものだった。
いや、ありそうで困る。
実際、エルフには魔力の使い道が少ないのだ。
エルフ達は【源泉】から得た無限の魔力を、森の防衛に使っていた。
各種結界魔法の24時間発動、あとはインフラと転移魔法といったところか。
だが本当にそれだけか?
確かにそれだけの魔法に魔力を使えば相当魔力を消費する。
だが無限に湧き出る魔力を使い切るにはとても至らない。
例えばドワーフ達は、地下都市の運営と鉱石の採掘、マジックアイテム開発用の機材を動かす為に魔力を使う。
更に戦闘や使用する軍事用マジックアイテムである鎧や武器を運用するのに必要な魔力結晶の精製。
とくに魔力結晶の精製には大量の魔力が必要だし、なにより作り貯めが出来るのが大きい。実際ボワングがクーデター様に過剰に魔力結晶を貯めていたくらいだ。
だがそれに比べると、エルフ達の魔力使用量は少なすぎた。
そこにはエルフがドワーフと違い、己の肉体を鍛え上げ自前の魔力で戦っていた事もあるからだろう。
一応、町のそこかしこに、防衛の為魔力を急速回復する魔法陣が複数個所に配置されていた。
とはいえそんなモノはそうそう頻繁に使うものではない。
町中で大規模なドワーフの攻撃を受けたのも、この前の戦いが始めてだからだ。
だがその答えがこの魔法陣なのだとすれば、それはエルフがドワーフとの決戦の為にここで生物兵器を開発していたのでは無いかと言う答えが生まれる。
ドワーフが開発していたスサノオの様に。
いったいこの中に入っていたモノはエルフにとってどういう意味を持つ存在だったのか。
そもそも、この中に居た存在は、どれだけのエルフが知っていたのだろうか?
俺達は開けてはいけない箱を開けてしまったのかもしれない。
◆
結局、この謎の部屋の中には。ガラスの筒の中に居たモノの正体を示唆する物はなく、俺はビチャビチャに濡れた床を鳴らしながら別の部屋へと向かうのだった。
しかし歩き難い。何で部屋の中なのにこんな深い水溜りがあるんだ?
……いやまて。この通路、さっきは床が濡れてるって程度だったよな。ソレが何でこんなに水が溜まってるんだ? エルフの町は大樹の側面を彫って穴を部屋に見立てて暮らしている。
つまり水が溜まる前に大樹の側面から流れ落ちるはずだ。
嫌な予感がして床の水を見る。
水は脛くらいの深さしかないのに緑色をしている。詰まり水深による色の変化ではなく、元々緑色の水と言う事だ。
「緑色の水……まさか」
先ほどの実験室の中にあった解放されたガラスのカプセル。
あそこに入っていたのは何かの特殊な動物ではなく、周りのカプセルと同じで緑色の液体だとしたら?
そしてその緑色の液体がただの液体でないとしたら?
例えば、液体型の生物だとしたら?
俺は脚を早めて外へと向かう。
イカヅチが重い。足を動かす度に水が糸を引き、まるで納豆のように糸を引く。
水深がどんどん深くなる。先程までは脛くらいだったのが、今では膝くらいまで深くなっている。
急がねば、イカヅチには防水機能がある為、数十分ならば水中での呼吸に支障は無い。だがコレが未知の実験生命体ならばイカヅチを見の内に取り込んで攻撃を加えてくる危険がある。
俺は走って外へと向かうが、イカヅチがドンドン重くなる。
まるで身体中に重りを載せたかの様な重さだ。
だがどういう事か。液体に浸かっている部分ならば水の抵抗で動き難いのも分かるが。今だ水に浸かっていない腕の動きまでも鈍っているのだ。
そこで俺は漸くイカヅチ内部の期待状況を知らせるモニターの点滅に気付いた。
【魔力不足】
「そんなバカな!?」
俺は驚愕した。
俺のイカヅチは転移する前に魔力結晶を搭載したばかりだ。それに予備の魔力結晶も搭載されている。この鎧は副団長専用機だから他のドワーフのイカヅチよりも高性能な仕官専用機なのだ。
その鎧が録に戦闘もせずに魔力不足!?
俺は慌ててメインの魔力結晶を交換する。
交換時はサブの魔力結晶に切り替わるので鎧から出る必要は無い。
「コレで……くそ、なんでだ!?」
魔力結晶を交換したにも関わらず、俺のイカヅチの動きがよくなる気配はなかった。
まさか鎧が不良品?
いやいや、さっきまで動いていたんだそれもない。
とにかく外へ出なくては。
俺は爆炎を放つマジックアイテムで進行方向の液体に火炎を放った。
チョロッ
だがマジックアイテムからはマッチのようなささやかな火しか出なかった。
「どうなってるんだ!?」
そうして、遂にイカヅチが動かなくなる。
完全に動力切れだ。
こうなっては仕方がない。
俺はイカヅチのハッチを開けて中から出る。
足元には緑色の液体。ドワーフの身体では首元ギリギリまで使ってしまうだろう。
だが動力が停止したイカヅチの中に居てもいつかは酸欠になる。
だったら危険を冒してでも行くしかない!
結果的に言えばそれは失敗だった。
正しくは、貴族区画にきて、時間をかけて探索したあと、ノコノコと実験室へと入ったのが最大のミスだった。
あるいは、貴族区画を走り抜ける様に生存者がいないかだけチェックして、誰もいない事を確認した後に一旦ドワーフ達の地下都市に転移すれば俺は死ななかっただろう。
俺は緑色の液体に、エルフの生み出したスライムに溶かされて……死んだ。
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