第91話 叔父上の野望

「ボワング副団長!? また来られたんですか!? 本当に大丈夫なんですか!?」


 また? 俺はさっき帰ったから、またと言うのはおかしいだろう。


「少々忘れ物をしてしまいましてね、ついでに指示の確認をしておこうと思いまして」


 ボワングの記憶を検索して、ソレっぽいセリフを言いながら自分の席に座る。

 書類に没頭しているフリをすれば、向こうも早々口出しなどしてこないだろう。

 俺は自分が書いた書類を確認するフリをしながらお目当ての資料を探そうとした。

 だが、その時手に取った書類の内容は、見過ごす事のできないモノだった。


『処分したエルフを生きているものとして扱い、エルフ達からの譲歩を引き出す。魔力井戸の建造は慎重に慎重を重ねて行うべきである』


 なんだこの書類? 俺が指示した内容と違うぞ!?

 まさか他のエライさんが考えたモノか? いや違う、ここに書かれているサインはボワングの、俺のモノだ。

 どういう事だ? 誰かが俺に偽装して新たな命令をでっち挙げたのか?

 いやいや、幾らなんでもそれは無い。副団長の命令書を偽造するとかリスクが高すぎる。

 しかもドワーフの地下都市内には幾つモノ監視カメラが存在している。もしも誰かが侵入してそんな工作を行えばすぐにバレるし、侵入者が居なかったらそれは現在司令室に居る者の仕業と言う事になる。そもそも副団長のサインを偽造する時点で本物を見た事があり、練習する時間のあった者と言う事になる。

 ではコレはいったい誰が考えた事なのか?


 そういえば、先ほど司令室に入った時に部下達が『また』と言っていたな。

 もしかしたら誰かが変身魔法か何かで俺に化けていたのでは無いだろうか?

 ボワングや過去に憑依したドワーフも全てのマジックアイテムを知っている訳では無いので、断定は出来ないがその可能性は十分にある。

 そこで俺は副団長権限で司令室前の監視カメラの映像を確認する事にした。

 司令室の魔導頭脳にアクセスして映像の再生を指示する。

 再生時間は……俺が退出した時間からにするか。


 ●


 俺は監視カメラの映像をじっと見つめる。

 とはいえ、じっと待ち続けるのは面倒なので早送りで再生だ。

 すると、10分くらいした所で俺ことボワングがカメラに映され、司令室へと入っていった。

 コレは偽者確定だな。

 そうして、30分くらい経過したあたりで再び偽者が出てくる。

 俺は魔導頭脳に指示を出して他の通路の映像も呼び出す事でこの偽者がどこへ行こうとしているのかを確認する。


「なに!?」


 驚いた事に、偽者はボワング本人の部屋へと入っていったではないか!

 流石にコレには驚いた。だが驚きはそれだけではなかった。そのボワングは5分としない間に再び部屋から出てきて、何故かまた司令室に向かったのだ。

 司令室に入ったのは5分前、俺が司令室に来た時間だ。


コレはどういう事か? 偽者はボワングの部屋に隠れているという事か? いやいや何の為に?

 では俺が夢遊病患者にでもなってしまったのか? 否、それなら今までの憑依でそういった兆候が出ていてもおかしくは無い。

 ああ、肉体が違うのだからこの身体が夢遊病という可能性もあるが、周囲の反応ではそういった病気を持っている様子もなさそうだ。

 となれば、考えられる可能性はひとつか。

 その可能性は……


『【憑依】が正しく機能していない』


 恐らくコレが正解だろう。

 全開の俺は魔力結晶に込められた威力を見くびっていた。

 物陰に隠れればダメージを防げる手榴弾ぐらいかと思っていたら、実は戦闘機のミサイル並みの威力だったでゴザルといった具合だった。

 結果、俺はリドラを魔力井戸に配置した叔父であるボワングの肉体に憑依した。

 ソレが不完全な憑依の原因となったのだろう。

 俺の【憑依】スキルは自分を殺した相手の身体を乗っ取るというもの。

 だが俺を直接殺した原因である、魔力結晶を撃ち抜いて爆発させた部下は既に死んでいる。

 だから【憑依】スキルはその原因であるボワングを選んだのだろう。

 さらに言えばもう1つ理由はあるがそれはあくまで表意先の補強くらいの意味合いだろうな。

 で、本来のスキル仕様に無い憑依の仕方をしてしまったが為にボワングの支配は不完全となり、恐らくはお互いが意識を失った時点で肉体の支配権が変わる様になってしまったというところだろう。

 それ故、俺が眠った後に目覚めたドワングは驚いた。何故か自分がベッドで寝ていたのだからだ。

 それで慌てて司令室に戻ったら書いた覚えの無い指示書が発行されており、慌てて命令を撤回し無難な内容に書き換えた。

 コレは参ったね。

 まさか中途半端な憑依をするとこんな事になるなんて思ってもいなかったよ。

 恐らく憑依で情報が中途半端にしか得られない理由もソレが原因だったのだろう。


 さて、原因が判明した訳だがこれからどうしよう。

 迂闊な指示を出せば司令室に戻ってきたボワングにまた指示を撤回されてしまう。

 それはよろしくない。

 だが対策は非常に簡単だ。

 ずっと起きていれば良い。

 眠る事で支配権が変わるのなら、ギリギリまでおきていれば良い。

 新たに指示書を発行して、ボワングがもう撤回できない状態にすれば良いのだ。


 新たな指示書を書き直し、部下に即座に行動を開始する様に命令する。


「……その、この内容で本当に宜しいのでしょうか?」


 二転三転する指示に部下達が不安の表情で俺を見てくる。


「確かに……始めは肉親を失った怒りと井戸を破壊された焦りであのような短絡的な指示をだしました。ですが冷静に考えた私は副団長としての判断で正しいと思う内容に書き直し指示を出し直した。それは副団長として間違っていたとは思いません」


 そこまで言ってから部下達の顔を見る。


「ですが、それは敵も冷静な時ならば通じる行為です。エルフ共も井戸を破壊されている以上、冷静な考えで攻撃してくるとは思えない。寧ろあの蛮族たちならば我々の井戸が破壊された可能性を考慮して既に行動を開始しているかも知れません。井戸を破壊した瞬間に仲間に通信魔法で連絡をしていたら指示自体が無為な行為となってしまう。……何より、私もまた一人のドワーフ、悔しい気持ちは同じです。ならば我々が行う事は、エルフ共が再び進軍する前に彼等の反抗の芽を徹底的に破壊する事。即ち、エルフ共が井戸を再建できなくする事です。その為の古参エルフ抹殺計画です」


 俺は先ほどの指示を撤回し、新たな指示を出し直した。

 それはエルフ達が魔力井戸を再建出来なくする為に、その知識を持っている古代の生き残りエルフ達を全員抹殺するというものだった。

 確かにエルフの源泉は破壊したが、開発者達が生きていてはいつか再建されてしまう。

 それが何年後か、何十年後かは分からない。

 だがこの2種族が生きていればいつか再建されてしまう事は間違いのない事実だ。

 だから開発者を全員抹殺する。

 ソレが俺の下した結論だ。

 勿論ドワーフ側の井戸のデータも破壊する。

 ドワーフはエルフほど寿命が長くない為、既に開発者達は死亡していた。

 だがその設計データは司令室の魔導頭脳に記録されている。

 だからこの司令室も後で破壊する。

 その為の準備もしなければいけない。


「敵に大きな痛手を与えつつも、犠牲となった同胞達に報いる事の出来る作戦ですが、そのない様な非常に危険なものとします。それ故全軍に指令内容を伝え、志願者を募ります。作戦開始は明朝夜明け前。作戦内容はエルフ貴族達の居住区に魔力結晶を大量にばら撒き誘爆させてエルフ共を町ごと抹殺します!」


 部下達が席から立ち上がり。俺に敬礼をしてくる。ソレこそが自分達が望んでいた命令だったといわんばかりに。


「急ぎ全軍に指示を出しなさい。そして魔力結晶の在庫の確認も急ぐのです!!」


「「「「「はっ!!!」」」」」


 指令室の一気に熱を帯び、熱病に冒されたように一心不乱に行動を開始した。


 ◆


 部下達が全軍に通達を行っている間に俺は、ボワングの子飼いの部下に命令を下す。

 その内容は司令室の完全破壊。

 正しくは魔道頭脳を破壊して魔力井戸の設計データを消失させる事だ。

 普通のドワーフならそんな恐ろしい事はしない。 

 だがボワングには彼の命令にしか従わない独自の兵力が存在していた。

 それは彼が己の野望を叶える為に用意した欲望の部隊。

 即ちクーデター軍だ。

 ドワーフも感情を持つ生き物。立場が違えば考え方も違う。

 特にドワーフは高度な文明社会を持っているが故に、その派閥も複雑だ。

 ドワーフには王は居らず、民主主義にて行動を決める議会制だ。

 議会がドワーフ社会の行動を決定する。

 そして議会は2派に分かれる。エルフとの徹底抗戦をする交戦派と種族としての繁栄を取り戻す富国派だ。

 ボワングは騎士団に所属している為に交戦派だ。

 ボワングの兄であり上司である団長も交戦派だ。

 2人は兄弟としてエルフからドワーフを守る為に闘う事を誓い合った。

 その為にも騎士団の力が増すことを恐れ、事有る毎に邪魔をしてくる富国派とは裏で何十年も闘い続けてきた。

 だが兄である団長に、娘が生まれると急に何は富国派との過激な駆け引きを躊躇うようになった。

 兄は子供が生まれて弱腰になってしまった。

 それだけならばまだ許せた。兄も姪を守る為に騎士団の弱体化は許さないだろうと思ったからだ。

 しかしそれは最悪の形で裏切られる事になる。

 姪は成長する毎に美しく育ち、騎士として強く賢く育っていった。

 それも問題はなかった。優秀な騎士は一人でも多い方が良い。

 更に言えば姪には指揮官としての才覚もあった。叔父としては誇らしいばかりである。

 だがその才覚がボワングに道を誤らせることとなった。


 それは有る夜のことだった。

 珍しく早くに仕事を終わらせた2人は、久しぶりに兄弟水入らずで酒を飲む事にした。

 そして酔いも回ってきた所で兄が言った。


「娘を副団長にして親子で働きたいもんだ」


 ボワングは愕然とした。何故なら兄は酒を飲むと本音が出るタイプだからだ。

 だから外部で飲む事は少なく、もっぱら家呑みが主だった。

 その兄が自分の代わりに娘を副団長にしたいといったのだ。

 恐らくは自分が年をとったらソレを理由にして副団長の地位から引き摺り下ろすつもりだ。

 そして自分と共に働きたいといったからには団長の地位を譲るつもりは無いだろう。

 ドワーフの社会において一定以上の地位になるにはコネが必要である。

 さらにそのコネは自分の派閥に使われ、空いているポストは偉いさんの子供や親族に割り振られる。

 となれば、騎士団の長である兄のコネは自分より下の騎士のポストしか用意できない。

 どうあがいても降格だ。

 ボワングは憤った。

 同胞を守る誓いの為に共に闘ってきた自分をないがしろにして、姪を自分の後釜に据えようだなんて。

 兄への信頼と敬意は憎しみに反転した。姪への認識は家族から敵へと変化した。

 ボワングは兄を引きずりおろし、騎士団を掌握する事にした。

 まず富国派の力が強い現状に不満を持っているドワーフ達を篭絡し、彼等を味方につけた。

 そして資材部に所属するドワーフからクーデター用の資材を準備させて動力にも武器にもなる魔力結晶

の横流しを行わせる。 

 スサノオの開発を進める為に同胞達と共謀して議会を誘導、防衛の為の戦力としてのスサノオの開発を進めさせた。横流しした資材はスサノオの資材と偽って多めに格納庫へと送る。

 俺が魔力結晶を用意に手に入れる事が出来たのも、あの格納庫がクーデター用の資材を堂々と隠しておける場所だったからだ。

 そして姪は【井戸】の警備の名目で左遷させる。

 【井戸】はドワーフ達にとって最重要施設だし、父親として娘に危険な任務を与えたくなかったのでコレは兄も喜んで受け入れた。最重要施設の防衛はそれだけの場所を任されているという箔になるので姪を副団長に抜擢する理由として丁度良いと思ったのだろう。

 更に偶然エルフの森へ魔族が転移魔法で侵入するところを観測班が発見した事で、コレを理由に偵察と言う名目を兼ねて魔力井戸の破壊指令を行った。

 表向きは魔族が何の目的でエルフの森に入るかを確認する為のものだったが、本来の目的は井戸の破壊のほうだ。

 そして作戦は半分成功。魔族の姿は発見できなかったが、井戸の破壊には成功した。

 コレでボワングはエルフの井戸を破壊させた功績で、不用意に自分を副団長の座から下ろす事が出来なくなったと安心した。

 つまりコレまでの行為はボワングが裏で糸を引いていたという事だ。

 途中俺が原因で実行に踏み切った部分もあるが、それでも叛意は俺が関わる前からあったみたいだしね。

 更に格納庫で手に入れた魔力結晶もボワングのクーデター用、詰まりボワングがクーデターを画策していたから俺はこの地下都市で殺されたという訳だ。

 そうした、多くの行動にボワングの意思が関わっていた事から【憑依】スキルはボワングに憑依したのだろう。


 ◆


 全ての指示が終わって暫くすると、エルフの里襲撃作戦の志願者の募集が終わった。


「全軍の8割が作戦参加を求めています!!」


 興奮気味に部下が志願者リストを見せてくる。


「では全員を作戦に参加させてください」


「え? 全員ですか!?」


 予想外の言葉に部下が驚くの声を挙げる。


「ええ、今回の作戦は決して失敗は出来ません。それ故、エルフ共の予想を超える大人数での襲撃が必要なのです。転移装置でエルフの棲家に一斉転移、直後に魔力結晶をそこらじゅうに放ち起爆と同時に転移。ソレを繰り返して反撃の間すら与えずエルフ共を殲滅します。それで機先を制したら再度転移して貴族達の居住区と魔法の開発を行っている区画を襲撃し、再度同様の手順でエルフ共を抹殺していきます。その為にも対軍による飽和攻撃が最も効果的なのです」


「わかり……ました」


 俺の命令に納得した部下達が真剣な顔になる。

 ここまでの総力戦が必要になるくらい自分達が追い詰められているのだと理解したのだろう。

 理解していないのは富国派と、彼等に擦り寄り始めたボワングの兄くらいのものだ。

 ボワングの兄は今回のエルフからの襲撃について、富国派に説明に言っている為に未だ戻っていない。

 娘の死すらまだ知らないのでは無いだろうか?

 そう考えると滑稽ですらある。

 娘の為にかつての政敵達に擦り寄っているというのに、その娘は既に死んでいて、更には実の弟が兄の失脚をもくろんでいるのだから。

 更に言えば今回の復讐戦についてはボワングの兄へ連絡をしていない。

 何しろ兄は富国派との会議に忙しいからだ。


 ◆


 夜明け前、司令室は昼間と同じ様に人があくせくと働いていた。

 正直俺はずっと起きていたので眠い。


「副団長、作戦準備が完了しました」


「よし、作戦開始」 


「転移ゲート起動。第一部隊転移開始します」


 作戦が始まった。

 これからエルフの町は地獄になるだろう。

 だがそれはドワーフの地下都市もだ。

 作戦に志願しなかった残り二割の兵士が司令室を襲い、更には富国派を一層するからだ。


 ●


『動くな!! 全員手を挙げろ!!』


 志願兵達が全員転移した直後、俺からのゴーサインで部下が行動を開始した。

 司令室に侵入してきたクーデター軍の部下達が司令室の部下達を拘束していく。


「な、何のつもりだ!? 今は作戦中だぞ!」


『我々も作戦中だ』


「まさかクーデター!?」


 聡いドワーフが鎧に身を包んだクーデター軍の行動を見て正体を看破する。


『大人しくしていれば命は奪わない。すぐに指令室から出て行ってもらおうか』


 司令室の部下達が次々拘束された状態で司令室から追い出される。


『ホントに宜しいのですね?』


 クーデター軍の部下が俺に確認をとってくる。

 ドワーフ達にとって、ここがどれだけ重要な施設なのかは皆深く理解していた。


「構いません、既に情報は別の場所に移動させてあります。あとはここを破壊すればこの地下都市を運営できるのは我々だけになると言うわけです」


『『『『おおー!』』』』


 クーデター軍の部下達が俺の言葉に感嘆の声を上げる。

 まぁ嘘だが。


『これで漸くエルフ共を皆殺しに出来るのですね!』


『もう富国派共に邪魔されずに済む!』


 皆さん希望に満ち溢れていますな。

 まーこういう現状に不満をもってるのに、自分からは動かずに誰かに音頭を取ってもらわないとダメな人達は、操り易くて楽だけだけどさ。


「ではコレより富国派の一掃を開始……」


 と、その時だった。

 地下都市を凄まじい振動が襲った。


「一体何事だ!?」


 俺の命令に無かった突然のハプニングに部下達も動揺を始める。


『わ、分かりません! 我々は司令室を襲っただけです!!』


 俺は即座に監視カメラの映像を回して振動の原因を探る。

 そしてそれはすぐに見付かった。


「エルフ……」


 それは、エルフ達の再襲撃であった。

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