第83話 もぐもぐご飯

 ドワーフ達の地下都市に現れた宝石龍メリネアは、貢物のルビーが入ったコンテナごと俺を掴み、空へと飛び立った。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 生身の肉体のまま空を飛ぶ。

 それも魔法を使って飛ぶのではなく、他の誰かにわしづかみにされての移動。

 正直肝が冷える。いや、冷えるどころではなかった。

 高空の強風に触れ、リアルに体が冷える。

 

「くしゅん!」


 俺がくしゃみをした事に気付いたメリネアが高度を下げてくれる。

 もっと言えば早く降りて欲しいんですけどねぇ。

 

 ◆


 小さな山を三つほど越えた先にある山の山頂にメリネアは下りた。

 そして前足で掴んでいたコンテナを放すと、必然的に俺も落ちる。


「ぶぎゅっ」


 わりと雑である。


「もぐもぐ」


 見れば既にメリネアは食事を始めていた。

 ルビーの鱗に覆われた真紅のドラゴンが己の鱗と同じ赤い宝石を食べている。

 その食事風景は、まるでグミかゼリーを食べているかのようだったが、アレは間違いなく人間には噛み砕く事などできない硬い鉱石だと俺は知っていた。

 メリネアはもぐもぐと食事に集中しており、恐らく食事を終えるまでは俺に話しかけてくる事は無いだろう。

 彼女は食に関しては貪欲だった。まぁ俺が原因なんだが。

 食以外はって? ……さぁ、どうだろ。せめて俺に対しても貪欲であって……欲しいかなぁ?

 ふと、先ほどわしづかみにされて、空を不自由に飛んだ事を思い出す。

 うん、普通くらいがいいかな。


 ◆


「久しぶりね貴方様」


 食事を終えたメリネアは、人型に変身して俺に抱きついてくる。


「今回は抱き心地の良いサイズね。でもちょっと柔らかさが足りないかしら」


 そりゃ今回は貧弱なドワーフですからねぇ。


「メリネア様が言っていたルビーをくれるドワーフって彼等の事だったんですね」


「ええ、そうよ。何時も質の良いルビーを用意してくれているわ」


 そらせっかく作った地下都市を破壊しながらルビーをパクつかれるよりは、外で渡して穏便に帰ってもらいたいわな。

 ドワーフの記憶が都市を破壊してルビーをもぐもぐするメリネアの姿を思い出させる。


「あんまり奪ってばかりだと、よくありませんよ。現に彼等はいつか貴方達に復讐をしたいって考えてますから」


 だが俺の警告をメリネアは笑って許容する。


「知っているわ。図々しい生き物だったものね」


 過去のドワーフの国崩壊事件の事を言っているのだろうか?

 かつてドワーフとエルフが自らこそが世界の王だと慢心し、上から目線でドラゴン達へと協力を迫った。

 結果は既に知ってのとおり。ドワーフとエルフはドラゴンに戦いを挑み……


 敗北した。

 

 もう敗北なんて言葉が生ぬるいくらいに。

 そんな苦い記憶があるからこそ、エルフもドワーフもドラゴンの目を盗んで生活する様になった訳でして……


「見つけたら駆除しなければいけない相手を見逃してあげているのだから、私は優しい方だと思うわ。他のドラゴン達はエルフもドワーフも即排除しているもの」


 それなんてミカジメ料ですかね?

 どうやらメリネアはドラゴンでも優しい部類に入るらしい。

 相手を食料と認識しない限りは。


「ところで……」


 メリネアが俺に顔を近づけてくる。

 その目は期待に濡れそぼっており、頬はうっすらと桜色をしていた。

 当然、絶世の美女にそんな目で見られたら俺としても色々とドキドキする訳で。


「な、何ですか?」


 メリネアが俺を抱きしめる。

 唇が触れそうなほど近づく。


「今日は貴方様の作ってくれたご飯が食べたいわ」


 俺は食材のある人間の町へと再誘拐された。


 うん、知ってた。


 ◆


 あの後、久しぶりに人間の町まで連れていかれた俺は、様々な食材を使ってメリネアに料理を披露した。

 幸いにもコレまで憑依した魔族や勇者が新しいレシピを持っていたお陰で、メリネアを満足させる料理を作る事が出来たのだ。

 独身男性って妙に凝りたくなる時があるよね。


 で、メリネアが満足した後は、再び山へと運ばれルビーの入れてあったコンテナ付近に下ろされた。

 俺がそう頼んだのだ。ドワーフの地下都市にはリ・ガイアから魔力を汲み取る『井戸』がある。

 アレを何とかしないといけないからだ。

 いっそメリネアに井戸を破壊してもらう事も考えたが、これ以上メリネアを恐怖と憎悪の対象にするのも気が引ける。

 間違いなく本人は気にしないだろうが。

 ともあれ、メリネアの言葉からドラゴンのエルフとドワーフに対する認識はよく分かった。

 ドラゴンバレーに武器を持ち、土足で踏み入った彼等はドラゴン達にとって殲滅対象である事。

 だが大人しくしている分にはお目こぼしがある。

 でなければ今頃エルフの国は森ごと燃やされているだろうし、ドワーフの地下国家も山ごと破壊されている事だろう。

 ドワーフに憑依した事で、俺はドワーフの技術力がおおよそ分かる様になった。

 だが、同時に俺は貴龍になった事もある身。それゆえドワーフ達では今だドラゴンに勝てない事も理解していた。

 そうでなければドワーフ達がメリネアにルビーを差し出す筈が無いからだ。

 と、いう訳でメリネアの力を借りて井戸を破壊するという事は、大量のドワーフがドラゴンへの反抗の準備をしてる場所を目撃する事に繋がる。

 そこまではっきりとドラゴンへの敵対の意思を見てしまったら、大量のドワーフを見つけてしまったら、メリネアとて立場がある。

 ドワーフ達の抹殺をお目こぼしで見逃す訳にはいかなくなるだろう。

 そう考えると代償を要求こそしているものの、ドワーフ達に目こぼしをしているメリネアは優しいほうなのかもしれない。だって代償のルビーを手に入れた後は目に付いたドワーフを殺しても彼等は抵抗出来ないのだから。

 まぁ、それをやるとドワーフ達のヘイトが間違いなく跳ね上がるけどな。


 という訳で俺はメリネアと別れた。

 そしてこのコンテナがあればその反応を辿って仲間のドワーフ達が迎えに来てくれるだろう。

 問題は、彼等がメリネアはもうコンテナの傍にいないと確信して捜索を開始するまで、どれだけかかるかという事だ。

 それまでは自分の力で獣や魔物から身を守らねばならない。


「ぐるるるるるっ」


 とか行ってたら本当に魔物が来た。

 大きな足が2本に大きな爪のついた短い前足というちょっとカンガルーっぽい狼だが。

 だがその爪は明らかに相手を殺す意思に満ちている。

 鎧が無い以上、この貧弱な肉体で直接戦闘は困難。

 となれば魔法か。

 俺は魔力を集中して龍魔法が発動させる。

 龍魔法さえ発動すればこの貧弱な肉体でもある程度は戦える筈だ!


「はぁぁぁぁぁ!!」


 だが俺の体はどれだけ魔力を込めようとしても、龍魔法が発動する様子は見られなかった。


「グゥオゥ!」


 魔法の発動に失敗した俺の行動を警戒行動の一種とでも思ったのか、狼の魔物が唸り声を上げる。

 これはいけない。

 ならば他の魔法を試してみる。


「ファイアアロー!」


 バーザックの操る人間の魔法。


「サンダーランス!!」


 マーデルシャーンの操る魔族の魔法。

 だが、どちらの魔法も発動する気配さえない。

 簡単な攻撃魔法ですら発動するそぶりを見せなかったのだ。


「グワァオ!!」


 狼の魔物が飛び掛ってくる。

 俺は慌てて横に転がったが、反応の鈍いこの身体は、敵の大きな爪を避けきれずに傷を負ってしまった。

 血がだらだらと溢れる。これは結構傷が深いな。


「これは不味いね」


 どうやらこの肉体は極端に魔法の適正が無い様だ。

 もしかしたらドワーフの種族特性だったりするのだろうか? マジックアイテムを作るのは得意だが、自身は魔法が使えないとか。

 だがもっと不味いのは、魔物は一体では無かったという事だ。


「グルルルルッ」


 周囲から2体目、3体目の魔物がやって来る。

 恐らく目の前の魔物は偵察役と見える。後続の魔物の身体は明らかに最初の魔物よりも大きかった。


「超ピンチ」


 これはこの後魔物に憑依して、手遅れになった俺を助けに来た仲間が倒して再憑依とかかなぁ。

 だがその予想は良い意味で外れた。

 俺を再び俺を襲おうとした魔物が横から放たれた雷撃によって吹き飛んだのだ。

 吹き飛んだ魔物は断末魔の声すら上げる事無く事切れる。


『大丈夫か!!』


 どうやら騎兵隊のご到着のようだ。

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