第80話 ドワーフ強襲
「にゃー」
今日も今日とて大樹の町でゴロゴロする。
決してサボっている訳ではない。
当たり前の様にそこに鎮座して背景として溶け込んでいるのだ。
そうする事によって油断したエルフ達が、俺に監視されているとも気付かずに防衛上重要な情報を口にするのを俺は待っていた。
「お前、最近筋肉の付きがよくなってきてないか?」
「分かるか? 実は新しい訓練を取り入れる事によって上腕二等筋の増強に成功したんだ」
「教えろよ」
「お前の腹筋の鍛え方を教えてくれたらな」
「……他のヤツにはナイショだぞ」
そう言う機密はいらん。
とはいえ、ここはエルフ達の居住区、リラックスできるとは言え人目の有る場所でそうそう重要な情報を口走る筈もなかった。
となればやはり老エルフ達の居る貴族枝に行くしかないか。
けどあそこの作戦会議に混ざろうとすると追い出されるんだよなぁ。そしてご飯が貰える。
追い出されない時はそれ程重要度の高くない会議の時くらいだし、その後は喉をコリコリされたり背中を撫でられる。
だが間違ってもマタタビ科の植物を持って来ないで欲しい。あれはいけない。アレの匂いを嗅ぐと高い酒を浴びるほど呑んだような気分になってグデングデンになってしまうのだ。
しかもその状態でマッサージなどされた日には腰砕けである。
心地よすぎるのも考え物なのだ。
2週間ほどエルフの里を調査しては見た物の、それほど重要な情報は手に入らなかった。
有るとすればこの森が一部の魔法を無効化する結界が張ってあるという事位か。
まぁ、それを知る事が出来たのは自分のお陰なんだけどな。
数日前、巡回のエルフ達が魔物に食い殺された魔族の死体を発見した。
そう、俺の……いや魔王四天王マーデルシャーンの死体だ。
マーデルシャーンの死体を見つけたエルフ達は、彼がどうやってあそこまでやって来たのかを話していた。エルフの警戒魔法の性能は非常に高く、あの魔法陣を見た後ではとてもあれを騙して侵入する事など不可能。
ではどうやって入ったか?
エルフ達はその方法を転移魔法だと断定した。
まぁ、事実だから否定する意味もないしな。
そして判明した新たな真実。
エルフの森には転移魔法の発動を阻害する妨害魔法が掛かっていたのだ。
ただし森の内部にのみ、そして発動した魔法は妨害できないので入る事はできても出る事はできないアリ地獄式だったらしい。
エルフの技術力なら入る事もできなく出来そうではあるが、一種類の魔法だけを無効化してるからとかかねぇ。
全部の魔法を封じたらエルフも魔法を使えなくなるし。
そんな面倒な事をしなければならない理由があるという事だろうか?
そう思った時、俺は大事な事を思い出した。
そう、大樹の中の魔法陣である。
あの魔法陣は異世界から魔力をくみ上げている。
あの魔法陣が転移魔法の一種と考えれば、本来転移魔法が使えない森の中で無理やり魔法を発動さてている事になる。
いや、そもそのあの魔法陣は出口でしかなく、魔力を注ぎ込む転移魔法はリ・ガイア側から発動していると考えればつじつまが合う。
だからこそ転移魔法が発動して森に入ってくる事が出来るようにしなければいけないのではないだろうか?
そして転移魔法で入って来る敵対策として森の中には大量の魔物が跋扈し、エルフ達は大樹の上層部で暮らす事を選んだ。
転移魔法で侵入される危険はあるが、転移魔法は一度行った事のある場所か、視界に映る場所、もしくはマーカーなどの目印が置いてある場所にしか転移できない。無作為に転移すれば壁の中なんて事もありうるからな。
だからエルフの町のど真ん中に出る事はまず不可能。
確証は無いがそう言う事なのではないかと思う。
それに、エルフ達は言っていた。生っちろいドワーフと。
近年エルフとドワーフが大々的に戦争を行ったという話は聞いた事が無い。
そしてエルフがドラゴンに襲われてから身体を鍛えだしたという事は、ドワーフも同じような理由で俺のイメージするドワーフとは体型が違っている可能性が高かった。
そんなドワーフの姿を見る機会、それこそがドワーフがエルフの森に何らかの手段を用いて侵入、襲撃してくるという事に繋がっているのでは無いだろうか。
というのが俺の推測だ。
ドワーフは高度なマジックアイテムを発明する。
だとすれば転移装置を開発する事など容易だろう。
ただ疑問なのは、ドワーフが生っちろいと言われた事か。
ドワーフといえばがっしりとした体格で背の低い亜人というのが相場だ。
鉱山の近くに住み、鉱石を発掘して生活する。だから彼等は逞しい肉体をしている筈なのだ。
そういえば、メリネアがドワーフ達からルビーを貢物として受け取っているといっていたなぁ。
一度現代のドワーフを見てみたいもんだ。
◆
なんて事を考えていたのがいけなかったのか、その機会は直ぐに訪れた。
大樹を揺さぶる程の爆音が轟く。
い、一体何だ!?
俺は激しく動揺したが、それ以上にエルフ達の反応も激しかった。
「何だ!? ドワーフ共の襲撃か!?」
近くに居たエルフ達が自分の部屋へと戻り武器と鎧を身に付けて飛び出してくる。
かなりの早着替えだ。
エルフの鎧は薄めの金属を貼り付けた皮鎧で、貼り付けてある金属は紫色をしており不思議な光沢を見せている。もしかしたら魔法の金属だろうか?
どうやら樹上で戦う事を考え動き易い装備でそろえているのかもしれない。
「ドワーフだ! ドワーフが町に侵入してきたぞ!!」
「マーカーを破壊しろ! 町の位置を特定されるぞ!!」
「すぐに町から落とせ! 鎧にマーカーを仕込んでいる可能性が高い!!」
エルフ達の怒声が響く。
どうやら本当にエルフが攻めてきたみたいだ。
ふむ……ここに居ても状況は見えないし、ここは1つ現場を偵察しに行こう。
人間の体なら敵に襲われるかもしれないが、この身体はネコ。
ドワーフ達も無視する事だろうて。
と、いう訳でいざ戦場。
◆
大樹の町は戦場となっていた。
町には火が燃え移り、その中心で何体もの巨大な鎧が町を破壊していた。
鎧は4mはあろうかという巨体でその手には巨大な剣や槍を携えていた。
アレがドワーフだって? あんな巨大な鎧を身に付ける事が出来る相手ガ生っちろい?
とてもそうは見えない鎧が町の中を大きく跳躍して大樹を破壊していく。
巨大な剣や槍に切り裂かれた大樹が突然燃え始める。
「火炎魔法のマジックアイテムだと! 源泉から魔力を供給している耐火魔法を無効化しているのか!?」
大樹が燃える様を見てエルフの一人が悲鳴をあげる。
「いや、恐らくは耐火魔法を上回るほどの火炎魔法で無理やり燃やしているんだ!」
「馬鹿な、そんな効率の悪い真似をすれば直ぐに鎧の魔力が尽きるぞ!!」
鎧の魔力? じゃああの鎧は魔力の補助を受けて動いているって事か?
つまりはパワードスーツ?
防御魔法が掛かった鎧じゃなくて、魔法で使用者の様々な能力を底上げしてくれるって訳か。
ふむ、中々興味深い。一度中を見せてもらいたいもんだ。っつーか乗ってみたい。
だがエルフ達はそれどころでは無いらしい。
燃え盛る大樹を水魔法で消火し、別の部隊がドワーフの鎧を攻撃して牽制していた。
見た感じエルフの方が不利かな? ドワーフ側は新兵器を投入してきたっぽいし。
だがエルフの方も負けてはいない。
「全員構え! エレメンタルランス複合射出!!」
「「「「「エレメンタルランス!!!!!」」」」」
エルフ達の一糸乱れぬ声にと共に、巨大な一本の光の槍が現われる。
その槍は凄まじい魔力が込められており、バーザックやマーデルシャーンが全力で魔法を発動させてもコレだけの威力にはならないだろう事は明白であった。
光の矢はまっすぐに鎧に向かって突き進んでいく。
攻撃に気付いた鎧は腕に固定されたシールドを構えて防御の姿勢をとる。
するとシールドの表面に複雑な魔法陣が浮き上がり、鎧の前に拡大して浮き上がった。
光の槍は魔法陣にぶつかり、互いに押し合う。
槍は貫こうと押し込み、魔法陣は貫かれまいと押し返す。
そして両者は共に粉砕した。
矛も盾も共に砕け散った。
だがそこで終わりはしない。
エルフ達が魔法をしのいで安堵した鎧に向かって槍を突き刺す。
鎧が堪えるが、エルフの槍の表面に赤いオーラが浮かび上がると槍の先端が鎧に食い込んでいく。
恐らくは攻撃補助魔法。
しかし鎧もやられたままではいない。身体を半身ずらしてエルフの攻撃を流すとその勢いを利用して手にした大剣でエルフ達を薙ぎ払う。
さしものエルフ達も体が真っ二つになるかと思われたが、身に付けた鎧の金属板が薄く発光し大剣から主を守る。
しかしそれも完全ではなかったのか、金属板は大きく削れてしまった。
『魔力に反応して硬くなるミズリズ鋼の鎧か。だが見苦しいな。ミズリズ鋼をその程度の未熟な加工技術でしか扱えんとは』
鎧から聞こえてきたのは意外にもさわやかな声だ。むしろこっちの声こそエルフのような気がする。
「ふん、そんな面倒なモノに頼らなければ闘う事も出来ない貧弱なドワーフ相手なら、この程度の装備で十分だ」
エルフもまたドワーフの挑発に対して挑発で返す。
『その思考まで筋肉に汚染された発言は聞くに堪えん、死ね』
ドワーフの宣言と共に鎧達が斧を構える。
『放て!!!』
鎧が手にした斧から巨大な雷が放たれる。
「マナウォール!!」
攻撃を察していたエルフが防御魔法を発動して直撃を避ける。
だが完全に防ぐ事は不可能だったらしく、雷は四方八方に飛び散ってしまい大樹の町は炎に包まれてしまった。
「しまった!」
町に被害が出てしまった事を悔やむエルフ。
だがその感情と言葉は戦場においては隙以外の何者でもない。
『俺』のブン投げた剣の直撃を受けてエルフは死んだ。
◆
エルフ達が撤退していく。
仲間と合流して態勢を立て直すつもりなのだろう。
俺はその僅かな時間の間に、ある場所を見た。
そこには拡散した攻撃の余波を受けて焼き肉となったネコが横たわっている。
今度はドワーフかー。
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