第65話 ゴブリン対勇者

 ゴブリンとは、ガイア、リ・ガイアの両世界に生息する生命体の名称である。

 ガイアのゴブリンは知恵も低く魔物に分類され、リ・ガイアのゴブリンは意思疎通が可能なレベルの知恵を持つ魔族である。

 双方とも種族としての力はそれほど脅威では無い。

 ガイアのゴブリンは臆病で人の多い場所にはやってこないが、群れを成す習性がある為街道や森で少人数の人間を襲う事が多々有る。

 リ・ガイアのゴブリンも群れを作って敵と戦うが、ガイアのゴブリンと比べ多少は戦術を理解できる。

 またリ・ガイアのゴブリンのほうが好戦的である。

 リ・ガイアのゴブリンは独特の価値観を持っており、自分より強く優秀で従うに足ると認めた相手を殿と呼び忠誠を誓う掟がある。この掟は相手がゴブリン以外の他種族でも適用される。

 そして一度殿を決めた後は殿が変わる事は無い。

 たった一人の殿にのみ絶対服従を誓うのだ。

 ゴブ之進達はリ・ガイアが魔力不足で滅亡しかけていた際、自分達自分達では何も出来ぬと故郷の森と共に滅ぶ事を受け入れ、滅びの時を待っていた。

 だが、死を待つだけだった彼等の前に、偶然通りがかったルシャヴナ王子が現われ、ガイアへの移住を対価に彼に忠誠を誓った。

 と、言うのがゴブ之進達の背景で、俺はリ・ガイアのゴブリン達の掟を知らなかった為に彼等の説得に失敗して殺された。


「ルシャブナ王子に敵対したバグロム百人長は死んだでござる! 正直百人長のご飯は美味しかったでござるが、部族の掟に逆らう訳にはいかないでござる! 拙者達はルシャブナ王子の為に戦うでござる!!」


 ゴブ之進が俺の血で濡れた剣を天にかざして声を張り上げる。


「これからは十人長の拙者が指揮をとるでござる!!」


「「「「おおー!!」」」」


 ゴブリン達が興奮した様子で拳を突き上げ声を張り上げる。

 モブゴブリンに憑依した俺は、仕方ないので怪しまれない様にそれを真似る。

 あの後、最後の最後に俺を攻撃したゴブリンの身体に俺は憑依していた。

 どうやら、致命傷を負った場合は最後に攻撃した相手が殺した相手として認識されるらしい。


「最初に行うのは、これからノコノコやって来る勇者達の抹殺でござる!! 皆は物陰や森に隠れて待ち伏せ、ブリ之助、それにおゴブとおリンは拙者と共に勇者を出迎えるでござる。数が少ないと怪しまれるでござるからな。そして合図と共に全員で勇者達に攻撃でござる!」


 ゴブ之進の指示に従ってゴブリン達が動き出す。

 俺もそれに従いつつもある仕込みを仕掛けておいた。

 後は勇者達が仕掛けに気付くか否かだ。


 ◆


 はーい、今日の私の死に様は、繰上げで指揮官になったゴブ之進が仲間を引き連れてやってきた勇者に奇襲を仕掛けようとして失敗。巻添えで返り討ちに会って死にました!!

 ……正直やってらんないね!

 いやね、一応乱戦が始まった瞬間に逃げようとしたんだが、後ろから迫り来る勇者の魔法攻撃が当たったらしく死んでしまったのだ。

 流れ弾怖い。

 というわけで、モブ勇者に憑依した俺は他の勇者達と共に残党狩りをしていた。

 普通に考えると50体という数は結構多いが、それを言ったらこちらも20人くらい居るし、何より勇者とゴブリンじゃ実力差が有りすぎる。

 あっという間にゴブリン達は全滅してしまった。

 今は居るかもしれない敵の伏兵を探している訳だが、そんなモノは存在していないと知っている俺は廃墟となった基地に倒れていた青い肌の魔族の死体を『発見する』。


「皆来てくれ!!」


 俺の呼び声に周囲に居た勇者達がやって来る。


「どうした?」


「こいつ、手に何か持っているぞ」


「紙?」


 そう、それは紙だった。俺の体だった青い肌の魔族の手には紙が握られていたのだ。


「コイツ、俺達に同盟を結ぼうとしてきた魔族だぜ。けど、やっぱり俺達を騙そうとしてやがったな!」


 勇者がバグロムの死体を乱雑に蹴る。どうやら信用されていなかったらしい。


「とにかくこの紙を調べてみよう。何か役に立つ情報が書いてあるかもしれない」


「魔族の字なんて読めるのか?」


「翻訳魔法を使える奴なら読めるだろう」


 バグロムの手から紙を取り出した俺は、それを広げてみせる。


「……これ、日本語だぞ!?」


「何だって!?」


 わざとらしく叫んだ事で勇者達が手紙を覗き込んでくる。


「何々……『君達がこの手紙を読んでいるという事は、私は殺された後だろう。先ほどからゴブリン達が私を警戒している、どうやら彼等は強硬派である王子のスパイだったらしい。自分の身は自分で守るつもりだが、もしもの時の時には、この手紙に書かれている魔族の侵略基地内に有る転移ゲートを目指してほしい。このゲートを使えば魔族の王都へとたどり着く。そしてどうか魔族と人族の間に平和を築いて欲しい。百人長バグロム』……」


「……」


 手紙を読んだ勇者達が神妙な顔になって黙り込む。

 バグロムの死体を蹴っていた勇者もその足を止め、バグロムの顔を見下ろしていた。


「……じゃあコイツは本当に人間と魔族の平和を願っていたってのか……」


「みたい……だな」


「こんな魔族も居たんだな」


「ああ、なんか魔族のイメージが変わったぜ」


 よしよし、良い感じだ。


「この手紙、高柳さんにも見せようぜ」


 高柳さん、それは勇者達を統率するリーダー勇者というべき存在だ。

 前線に送られ生き残った勇者の中でも最古参である高柳さんの存在は若い勇者達にとって精神的支柱となっていた。


「そうだな、高柳さんにも見せて皆と話し合おう」


 俺の提案を聞いた他の勇者達も賛同してくれる。

 俺達は周囲に散らばる仲間達に声をかけて集まるように促した。

 全員が高柳さんの所へと向かう中、死体蹴りをしていた勇者だけがバグロムの死体の前に佇んでいた。


「アンタの願いは俺達が叶えてやるよ。……だからゆっくりと休みな」


 元自分の死体に語りかける勇者の姿。それはなんとも微妙な光景であった。

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