第62話 ファーストコンタクト

 さて、ここで一度現状を整理しよう。


 俺は元々人間で、この世界に召喚されたけど出来損ないとして殺された。

 けれど【憑依】スキルのお陰で他人の身体を乗っ取り、俺を殺した連中に復讐した。

 そしてその原因のひとつである勇者召喚の術式の破壊にも成功したわけだ。

 この時点で俺は目的を無くしている。

 復讐の相手もおらず、元の肉体も無い。

 地球へ戻る方法も無いし、戻ってもそれは俺と認識されない。

 つまり地球へ戻らなければならない理由がなくなってしまったのだ。


 それゆえ、俺の目的はなし崩し的にメリケ国の追っ手に捕まらず自由に生きる事と、この世界を見て廻る事(つまり観光だ)になった。

 途中ドラゴン娘と結婚するなんてハプニングもあったが、基本的には変わらない。

 旅の道連れが出来ただけだ。……まぁ、誰に乗り移っても俺だと理解してくれる事には、なんとも言えない安心感が在るのは事実だが。

 そして紆余曲折があって色々な体に乗り移った俺は人、ドラゴン、魔族の知識と在り方を理解した。

 恐らく世界で唯一両方の勢力の事情を知る人間だろう。

 まだエルフやドワーフといった異種族の知識は無いが、彼等の状況もそうそう人間と変わりはしないだろう。

 で、今の俺は魔族の肉体に憑依している。

 そして魔族は自分達の住む世界リ・ガイアが滅亡の危機に瀕していて、この世界ガイアに対して侵略行為を行っていた。

 ここからが問題だ。

 この世界の人間からしたら今の俺は敵なので、嫌でも戦わざるを得ない。

 恨みの無い相手と戦いたくないといってもリ・ガイアは滅亡直前、逃げ場も無い。

 諸悪の根源である強硬派のルシャブナ王子の周囲には四天王が居る為に暗殺は困難。

 失敗したら死ぬからではなく、捕まったら恐ろしい拷問にあうからだ。

 確実に王子を殺すか王子の周囲の者に殺される確信が無いのなら、王子を狙う訳にはいかない。

 その為辞令に従って懐かしきメリケ国にまで来た訳だが、仲間がいる筈の基地は勇者によって破壊された。

 そして部下達は勇者達が野宿している場所を発見して攻撃する気満々だ。

 はっきり言って返り討ちフラグである。


 俺としては勇者とは戦いたくない。

 コレは彼等が高い確率で同じ故郷の人間だからだ。

 彼等も強制的に召喚された被害者、できるなら平和的に進めたい。

 プルスア山脈越えでケンジ達を巻き込んで殺したくせにと言われそうだが、それは俺の大前提が自分の安全が最優先だからだ。

 例え同じ故郷の人間だとしても、まずは自分の身を案じるのが人として正しい姿だと俺は思う。

 自分を犠牲にして他人の事を考えるなんてのは、口で言うのは簡単だが、生死がかかっている状況で本当に実行できる人間なんてどれだけ居る事やら。

 だから俺はまず自分の事を第一に考えて、それで安全が確保できるのなら他人の事も考える。

 それを踏まえて勇者達をどうするかだが。

 俺の考えとしては、『勇者達を攻撃しない』だ。

 それは何故か。

 簡単だ。勇者を、いや日本人を味方にしたいからだ。

 彼等を味方にして、諸悪の根源であるルシャブナ王子を抹殺する。

 そして穏健派にトップを取ってもらって、人間達と休戦協定を結んでもらうのが最良の展開といえる。

 けれど、コレだけでは勇者達の説得は不可能だろう。

 なにしろ彼等にはメリットがないのだから。

 だから勇者達には魔族との融和のメリットを提示する。

 そのメリットの名前は転移魔法。

 魔族の召喚術は次元転移という技術に進化した。魔族達のその技術を使えば勇者達も元の世界に帰れるかもしれないからだ。

 中には異世界でチート能力を手に入れて勇者生活を満喫している者も居るかもしれない。

 まぁ、そんなヤツ等には明確なボスの存在と金か財宝をちらつかせれば交渉できるだろう。

 唯一の問題は、勇者の仲間が日本人か否かだ。

 もう日も落ちてしまったので、遠くから姿を見て彼等が全員日本人なのか確認する事もできない。

 部下達の報告では勇者と思しき者達を発見しただけなので、件の人間達が勇者である確証がないのだ。

 まぁ、それについては彼等と接触して確認するしかないか。


「じゃあ、行くかな」


 ◆


「それでどのようにして戦うのでござるか!?」


 食事を終えたゴブリン達は戦う気満々だ。

 まずはコイツ等を落ち着かせて、勇者達との会話の糸口を掴まないと。


「その前に、そいつ等が本当に勇者なのか確認する。もし勇者じゃなかったら無駄足だからな」


「ですがこの様な場所に居るのですから勇者に違いないでござる!!」


「確認もしていないのに断定するな。今回は俺が見てくる。お前達はここで休む事が出来る様に準備をしておけ」


 基地の残骸を指差しながら指示をする。

 仮にも部下が50人居るのだ、基地が使えない以上野営の準備をさせねばならん。


「指揮官を一人で生かせる訳には行かないでござる!」


 うーん、まぁ当然っちゃ当然の反応だわな。仕方ない、数人だけ連れて行くか。


「いいだろう。ゴブ之進とあと3名、ヒーラー、メイジ、兵士を連れて行く。ただし俺が許可するまで攻撃はするな。もし命令に背いたらお前達全員本国に送り返すからな」


「承知したでござる! バグロム百人長の命令に従うでござるよ!!」


 ……何故ここまで不安にかられるのだろうか?


 ◆


 空は暗く、森の中は完全な闇となっていた。

 その中で一点、煌々とした光が輝く。


「あそこに勇者が居るでござる」


 ゴブ之進が小声で話しかけてくる。


「では俺が接近して確認してくる。絶対に命令あるまで攻撃はするな。俺に何かあったら即座に逃げろ」 


「承知したでござる!」


 ◆


 そっと忍び足で勇者達に近づいていく。

 ゴブ之進達には勇者か断定できないといったが、こんな所に居る以上まず間違いなく勇者だろう。

 あくまでも俺が勇者達と会話をする為の建前でしかないからだ。

 焚き火の火が近づいてくる。

 勇者達はまだ動く気配は無い。どうやら気付かれてはいない様……


「いつまでコソコソ隠れているつもりだ?」


 ……バレていた見たいです。


「こちらに戦う意思は無い。君達と話がしたくてここに来た」


 まずは友好的に接しないと。


「バカをいうな。お前達魔族が人間に攻撃を仕掛けてきたんじゃないか!」


 その声は俺の後ろから聞こえてきた。


「動くな、動いたら貴様を殺す」


 男の声だ。そしてあまり良い感情を感じない声だな。俺達に対する嫌悪感がにじみ出ている。

 落ち着いて交渉を行わないと。 


「君達は『日本人』か?」


「「「「っ!?」」」」


 勇者達の動揺が伝わる。

 まずは第一段階成功か。

何はともあれ、こちらに興味をもってもらわないとな。


「貴様、何を知っている?」


 よしよし、会話をしてくれる気になたみたいだ。


「それを話に来た。そして同時に我々魔族の実情も君達に知って貰いたい」


 さぁ、交渉の始まりだ。

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