第40話 海の覇者

(最近嫁の視線がヤバイです)


 カジキングの味がお気に召したネリメアはカジキングを集中的に狙って食べていた。

 しかしいくら海の幸が豊富とはいえ、ドラゴンの食欲にかかったらあっという間になくなってしまう。

 故に、嫁の視線が頻繁に俺に向いていた。

 やべー。

 このままでは嫁に食われて嫁の肉体を支配してしまう。

 もしそんな事になったらネリメアの父親である竜皇がどうなるか分からない。

 娘の身体を奪われたパパが激おこ大爆走して世界を火の海にしかねない。

 エルダードラゴンの力でさえあれなのだ。その元締めの竜皇の力は押して知るべし。

 そうならない為にも、俺は別の誰かに殺されなければならない。

 誰かに憑依した後ならばネリメアに身体を食われても安全だからだ。

 となれば狙うは漁に出た人間達か。

 ……まさか嫁に食われない為に人間に襲われる事を考えないといけないとは、予想だにしていなかったぜ。


 ◆


 海を泳いで人間達の船を捜す。

 なるべく人間の町に近い場所を泳いでいるから人間達からも見つけ易いだろう。

 ……と、思ったのだが、何故か人間達の船の姿が見当たらない。

 いつもならこの辺りで仕事をしている姿を港から見るのに。

 不審に思った俺は更に人間達の町へと近づく事にした。


 ◆


(どういう事だ?)


 人間の町に近づいた俺は、彼等の船が港に停泊しているのを見た。

 しかもその数は数十。恐らくあの町のほぼすべての船だと思う。

 だが解せない。まだ日も明るい、太陽の一からしてまだ1時か2時だろう。

 漁師達が戻るには速すぎる。

 何かあったんだろうか?

 漁師が海に出ない理由……大時化が来るとか?

 だが俺のカジキングボディは時化の予兆を感知していない。

 恐らく天候由来の理由では無いだろう。

 だとすれば祭りか何かかな?

 現地の宗教や風習の問題で今日は漁に出てはいけないのかもしれない。

 だったら焦ってもしょうがないか。

 今日はのんびり海を泳ぐとしよう。


 ◆


 特に目的も無く外洋を駆け抜ける、いや泳ぎ抜けるか?

 海のF1である俺の後を付いてこれるヤツなど誰もいないのだ。

 ふふふ、黒い海が俺の専用サーキットになってるぜ!


(……黒い海?)


 ふと気付くと、下が黒い。

 いや、海は深くなればなるほど光が届かなくなって暗くなるけどさぁ、でもここは海の海面近く。

 間違ってもすぐ下が黒くなることは無い。

 となると、考えられる理由は……


(下に誰かいる?)


 俺は即座にひれを動かし、斜めに進路を変える。

 そして海が青さを取り戻した所で方向転換をして、黒いナニカの正体を見る。


(なっ!?)


 それは巨大な魚だった。

 全長70mはあろうかと言う巨大な魚だ。

 ソイツが悠然と海を泳いでい。

 間違いない、コイツが原因だ。

 コイツを恐れて漁師達は海に出なかったんだ。

 コイツが肉食かは分からないが、運悪く口だけでも10mはあるこの魚に前に出たら漁師達の小船などあっさり飲み込まれてしまうだろう。

 まさかシロナガスクジラよりもでかい魚が存在するなんて。流石は異世界だ。

 仕方ない、コイツが居なくなるまで待つか。

 こんなバケモノ魚の話は漁師達もしていなかった。そう考えるとこの辺にすむ生き物ではなく、たまたま近くを通りがかっただけだろう。

 ただの通りすがりなら、そう長くは居つかないで早々に居なくなるだろうし、それまでは我慢するか。


 ◆


 だが、予想に反して巨大魚は何時まで経っても居なくならなかった。

 そして事件が起きた。

 漁師達が船を出したのだ。

 恐らく魚が無くては町の経済が成り立たないからだろう。

 彼等は決死の覚悟でバケモノ魚に挑んだ。


「喰らいやがれ魚やろう!!」


「モリをもっと投げろ!!」


「目だ! 目を狙え!!」


 雇われ魔法使いが火属性の攻撃魔法を放ち、猟師や弓使いが矢を放つ。

 彼等の魔力と矢が尽きると、漁師達がモリ手にバケモノ魚に向かって船を進ませた。

 その隙に魔法使い達を詰んだ船が港に引き返してゆく。

 まぁ、魔力も矢も無けりゃ足手まといだからな。


「喰らえ大竜魚!! 今度こそお前を倒してやる!!」


 大竜魚とは、どうもあのバケモノ魚の名前らしい。

 漁師達が大竜魚にモリを投げつけるが、あまり効き目が無い。

 と言うのも大竜魚がデカすぎるからだ。

 このままでは敗北は必死か。

 痛みに堪えかねた大竜魚が動き出す。

 ただヒレを跳ねただけで並が起こり周囲の船を転覆させる。


「うぉぉぉぉぉ!?」


 大竜魚の上に乗り込んでいた漁師の一人が手にしたモリで何度も突き刺す。

 だが所詮は爪楊枝の一撃。

 あっさりと漁師は振り落とさせてしまった。

 仕方ない、手伝ってやるか。


「うっぅ、うぷっ!」


 海に振り落とされた漁師は泳ぎが優れていたが、大竜魚のヒレのバタつきのの所為で大波が立ち、せっかくの泳ぎのテクを活かせて居なった。

 そんな漁師の身体が水面にうきあがる。

彼の身体は安定し、大竜魚の波でもさざなみ程度にしか揺れていなかった。 


「……え? な、なんだ?」


「大丈夫かー!?」


 海に落ちた漁師に仲間達が声を掛ける。


「あ。ああ。助けられた!」


 そう、漁師は俺に助けられたのだ。

 彼の下から浮上した俺は、彼を背中に乗せていた。


「こ、このカジキ……一体どういうつもりだ?」



 俺の意図を読めない漁師に説明するため。俺はゆっくりと動き出した。


「い、おお!?」


 そして少しずつ速度を上げて、大竜魚の正面にでる。


「まさか、お前も戦うつもりなのか?」


 前方の大竜魚に向けてスピードを上げてゆく。


「は、はは、そうか、そうなんだな。お前もアイツに勝ちたいのか!!」


 いえ、全然そう言うつもりはありません。


「よーし行くぞ!! 俺達で大竜魚を倒すんだ!!」


 そうして、世にも珍しいカジキライダーが誕生した。

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