第26話 奥様はドラゴン

 龍姫メリネアルテニシモアムエドレア。

 ドラゴンの王である竜皇の一人娘。

 そして俺の妻でもある。


「お久しぶりね貴方様」


 その妻が何故か人間の姿をして俺の横に座っている。

 オークションが終わった後もニコニコと笑顔で俺の尻尾を持ったまま付いてきた。

 なお、オークションは圧倒的な価値を持つ宝石龍の鱗の登場によってなし崩し的に終わってしまった。

 自分の持ってるレアカードが最高位レアだと思っていたら、更に上位のスーパーレアカードが出てきて価値観が崩壊した気分だよ。


「……その姿は?」


「少々存在を人間寄りに変えただけよ」


 マジか。ドラゴン凄いな。

 っていうかそんな事が出来るなら教えて欲しかったぜ。


「……」


「……」


 気まずい。

 なぜかメリネアはニコニコと笑うだけで何も言ってこなかった。

 何故急に姿を消したのかとか、その姿は何だとか、何も聞いてこないのだ。


「何も聞かないんですか?」


「貴方様が言いたくない事なら聞かないわ。大事なのは貴方様の傍に居るという事だけよ」


 ……マジで考えが読めん!!!


「そうね、じゃあこれからどうするの?」


 明らかに気を使われた。


「ああ、そう……ですね。とりあえず暫くは人間として暮らすつもりです」


 今の俺は人間なのでドラゴンとして暮らすのは無理だ。

 だがメリネアはどうするつもりなのだろう?

 俺はそれを聞いてみる事にした。


「勿論貴方様に付いていくわ。だって私は貴方様の妻なのだもの」


 そうだった。メリネアは何というか俺に対して従順というか、良き妻であろうとする。

 正直何故其処まで俺を気に入ってくれているのかがまったく理解できないが。


「人間の世界も楽しみだわ」


 どちらにしろ姫でドラゴンな彼女を止める事など不可能なので、付いてくるというのなら受け入れるしかない。

 逃げでも追ってきそうだし。

 そういえば昔読んだ本に、結婚の約束を破った男を追いかけで大蛇になって男を焼き殺した姫の話があったなぁ。

 ああはなりたくないもんだ。


「そういえば、何で俺の居場所が分かったんですか?」


 今の俺は人間。幾ら彼女でも俺を追う事は不可能だろう。

 だってこの体を追いかける理由が無いのだ。


「ドラゴンは宝のありかが分かる事を忘れたのかしら?」


 そこで俺はピンと来た。ドラゴンは宝になる物を本能的に嗅ぎ分ける事が出来る。

 その本能に従って俺の骨を捜しにきたのだ。

 エルダードラゴンの骨はとんでもない価値を持つ。

 尻尾の先端の骨1つで金貨2000枚以上の価値を持つのだ。

 ドラゴンのお宝センサーに引っ掛からないはずが無い。

 と思っていたのだが。


「私にとって貴方様はもっとも大切なお宝です。ですので、貴方様の魂がある場所ならば世界の果てからでも見つけ出す事が出来ます」


 にっこりと笑って俺の心臓の位置を指でつんと突いた。


「た、魂? 骨とか爪じゃなくて?」


 もしかしたら俺は今、大変な危険な状況なのかも知れない。


「骨や爪?それに何の価値が有るのですか?」


 コレはしまった。

 人間にとっては価値があろうとも、ドラゴンにとってはただの同胞の死体でしかなかったみたいだ。


「いや、でも個人の魂なんて追えるものなんですか!?」


 これ、ヘタすると永遠に嫁に追われ続けるのか俺?

 未来永劫俺に侍る。そう言っていた彼女の言葉は真実だというのか!?


「追えるわ。だって貴方様の中には竜皇の血が流れているんですもの」


 はい?


「え? いや、今の俺は人間の体なんですか」


 彼女の言っている事はおかしい。

 竜皇の血が効力を発揮したのは俺の体がドラゴンだったからだ。

 少なくとも今の俺の体には竜皇の血など一滴も流れていない。


「貴方様、竜皇の血はね、肉体ではなく魂に宿るものなのよ」


 魂に宿る、だって?


「貴方様の魂はお父様の血を受けて、財宝と呼ぶに相応しい輝きを放つ様になったの。そんな貴方様の魂の輝きを追う事なんて人間が溜め込んだ財宝を奪うよりも簡単な事だわ」


 つまり世界中何処からでも俺をロックオンできる訳か。

 そしてドラゴンの翼なら遠くても数日で俺の元までやって来る事が出来る。

 人間の脆弱で矮小な肉体では、逃げようとする事すらおこがましいだろう。

 つまり未来永劫ストーキングされる事が決定致しました。

 いや、堂々と横で侍るのならストーキングでは無いのだろうか?


 メリネアから逃げる事が出来ないのはもう諦めるしかない。

 だがどうしても聞きたい事のある俺はその事を妻に問うた。


「メリネア様はこの世界に召喚された異世界人についてどう思いますか?」


 我ながら駆け引きも何も無い言葉だった。

 だが交渉を専門にしている訳でもない俺にそんな器用な事を求めるのが間違いなのだ。

 だから俺はシンプルに聞きたい事を聞いた。


「異世界人? 出会った事が無いから分からないわ」


「彼等は魔族と闘うために異世界から召喚され、詐欺同然の手法で使い捨ての駒として使われています。メリネア様はそれに付いてはどうお考えになりますか?」


 人間でないメリネアに聞いても詮無き事だ。

 けどどうしても聞いてみたかったのだ。

 人間以外の存在がどう考えるのかを。


「好きにすれば良いんじゃないかしら? だって人間はそう言う生き物なのだから」


 全肯定かよ。人間如きのやる事なんて知った事かよってスタンスだな。


「でも、その異世界人が貴方様なら、私は貴方様を護るわ」


「異世界人なのにですか?」


「ええ、夫婦ですもの」


 嘘を言っている様には思えなかった。

 つまりメリネアにとって異世界人で有る事はどうでもよく。俺だから意味が在るのだそうだ。

 結局、メリネアの真意は俺には理解できなかった。

 もしかしたら、本当に俺を気にいったから傍に居てくれているだけなのかもしれない。

 考えるだけ無駄なのかもしれないな。

 ただ、メリネアが俺だから共に居るといってくれた事は単純に嬉しかった。

 だったら暫くは彼女と行動を共にしても良いのかもしれない。

 離れたくなったらその時考えよう。


「それじゃあ、人間の食事でもしましょうか」


「楽しみね」


 この後、人間の姿のままでドラゴンの食事量を発揮したメリネアに対し頭を抱える事になるのを、幸せな俺は知る由も無かった。

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