第23話 ドラゴンボーン

 俺の周囲には商人達が大挙していた。


「是非私の店でドラゴンの骨を売っていただきたい!!」


「いやいや、私の店で鱗を取り扱わせて欲しい!」


「爪を! 一本でよいので爪を売って頂けないか!!」


 いやー、人の欲望って果てしないですなぁ。

 金の輝きに濁った商人達が我先にと俺に商談を持ち込んでくる。

 笑いが止まりません。

 鱗一枚でどれだけの金になるやら。


「商談も良いですが、その前に言っておく事があります」


 俺が声を発すると商人達が動きを止める。

 俺の機嫌を損ねない為、俺の提示する条件を理解する為だ。


「このドラゴンはエルダードラゴンのモノです。通常のドラゴンとは価値が違います。この巨大な鱗を見てください。ただ取っ手をつけるだけで大盾として扱える大きさです」


 俺が巨大な鱗を見せると商人達がため息を漏らす。


「なんという大きさだ。アレなら小盾を5個は作れる」


「いや、アレは大盾として売った方が価値が付く。アレだけの塊など滅多に市場に出んぞ」


 実際この鱗はデカかった。

 大体100x150Cmの大きさといったところか。

 コレを加工すれば日本の機動隊が使っていたライオットシールドくらいの大きさの盾ができるだろう。

 ほら、よくTVに出てくる透明な盾の事な。


「ちょっと待っていただきたい」


 と、そこで一人の商人が前に出てくる。


「これがエルダードラゴンとの事ですが、それは幾らなんでも欲張りすぎでしょう。エルダードラゴンは鱗だけでも10年に1度出るかどうかの代物ですよ。それを一頭丸々手に入れるなどありえません。どうせ身体が多少大きいだけのドラゴンを騙って値を吊り上げようとしているのでしょう? そんな事をしても商人達から総スカンを食らって足元を見られるだけです。どうです? 我々の提示する相場で取引を致しませんか? それだけ大量の荷物を他の町に持っていく事は難しいでしょう?」


 絵に描いたような脅迫行為だ。

 しかも値切りではなく、商品の価値を貶めて値を下げようとしている。

 けどコイツ馬鹿だなぁ。

 選択権はこっちにあるんだっつうの。


「たとえエルダードラゴンでも一頭丸々ならかなりの価値になります。ここは賢く商売をしましょう」


 まだ言ってら。

 俺は龍魔法を発動させて纏めておいた骨を軽々と持ち上げる。


「なっ!?」


 目の前の光景に言葉を失う商人達。

 だが俺と一緒に町の門に入ろうとした商人達は既に同じ光景を見ていたのでそれ程騒がない。


「別に。この程度の荷物なら余裕で持ち運べる。それに買いたくないのなら買わなくても良い。別の町の別の商人の買い取ってもらうだけだからな。この町で出会った商人に売るか売らないかは俺の自由だ」


 俺の言葉に商人達の顔色が蒼白になる。

 そしてこの場にいる全ての商人達が勘違い男をタコ殴りにし始めた。


「この、何て事を言いやがる!」


「お前の所為で俺達まで巻き込まれちまったじゃねぇか!!」


「げぶぅ!?」


「いいから手前ぇみたいなガキはウチに帰ってろ!!」


「ぎゃう!」


「コイツ、バードナの所のバカ息子だぞ!」


「だからか! 手前ぇ見たいなのがいると俺達真面目に商売してる商人が迷惑するんだよ!!!」


「ぽぱぁっ」


 そうして、瞬く間に勘違い男はボロ雑巾となって地面に倒れ伏した。


「そのですね、我々はこの男とは全くの無関係です」


「そうそう、全然無関係です。ですので是非とも我々と取引をお願いいたします」


 商人達の腰が低くなりすぎて面白いポーズになっている。

 まぁ彼等の気持ちも分からんでは無い。

 ドラゴンの素材は貴重だ。

 仮にこのドラゴンがエルダードラゴンでなかったとしても、これだけの大きさの素材なら間違いなく普通のドラゴン素材よりも価値がでるからだ。

 大きい塊があれば、大きい物が作れる。

 だが小さい塊では大きい物を作れない。

 ツギハギして大きい物を作っても、それは壊れ易いだろう。

 加工の自由度が違うのだ。

 そしてそんな明らかに価値のある物を、相手の機嫌を損なって手に入れる事が出来なかったとバレたら、商人としての信用は地の底まで落ちるだろう。

 商売って難しいね。


「いいでしょう。では一部を皆さんの内の誰かとお取引させて頂きます」


 全部を売る必要は無いからな。

 人数を絞って競合してもらおう。


「今回は鱗を5枚と尻尾の骨を一個提供しましょう。現金が足りなければ同等の価値を持つマジックアイテムで支払って頂いてもかまいません」


 商人達が頷き自分の所持金を計算しだす。


「ただし後払いはお断りします。店に戻れば残金を支払うと言った取引はお受けできません」


 商人達からざわめきの声が上がる。

 だって小切手とか為替とかこのファンタジー世界じゃ不安要素にしかならんからな。

 現物が一番だ。


「ま、待ってください。支払い契約が無理ならせめて銀行でお金を下ろさないと。どうかそれまでの時間を頂きたい」


「確かに、そうなるとこの町の銀行だけでは対応が遅れに遅れます。明日の昼からの取引はいかがでしょうか」


 ふむ、確かにお金が無ければ取引が出来なくしたのは俺の都合だ。

 だったら彼等の言い分を受け止めるのも出品者としての勤めだろう。


「分かりました。明日の昼、改めて取引を行いましょう」


「おお、助かります」


 こうして交渉は一旦中断し、明日の取引を待つ事となった。

 なったのだが……


 ◆


「いやー、コレだけの荷物を置いておく場所は無いねぇ」


「申し訳ありませんがこれ等の品が盗難された場合、私共では責任を負いかねます」


 ドラゴンの素材一式が余りにも大きすぎて町中の宿屋から部屋を借りる事を拒否されてしまった。

 いやまぁ、分かるけどね。

 これだけの金の種だ。宿としても他の客を守る事を考えて拒絶したのだろう。

 仕方が無いので露天で食事だけ購入して町の外で野宿する事にした。

 見晴らしの良い場所を選んで其処で座り込んで休む。

 まだ日は明るいが今の内に寝ておこう。

 夜は忙しいからな。


 ●


 深夜、俺が野宿している場所に何者かの気配が近づく。


「へへ、ぐっすり眠ってやがる」


「おい、今の内にドラゴンの骨を運べ。根こそぎ貰っていくんだよ!」


「隠密行動ならもっと静かにやれよ」


「っ!? 手前ぇ、おきてやがッたのか!?」


 余りにも堂々と盗もうとしているのでつい突っ込んでしまった。


「そんだけ煩けりゃおきるっつーの」


 というのは嘘だ。

 俺は絶対こうなると思って昼のうちに寝溜めにしておいたのだ。

 正直、盗人が来てもこっそり盗むかと思っていたら、想像以上に堂々と盗みに来た。


「かまわねぇ、ぶっ殺して丸儲けだぁぁぁぁぁ!!!」


 盗人共が俺に襲い掛かってくる。


「ファイアボール!」


「エアカッター!」


「ロックニードル!」


「アイススピア!」


 幾多もの魔法が俺に直撃する。

 更に次は弓矢の一斉発射。

 怒涛の攻撃で土煙が巻き上がる。


「ヒャア! こりゃあ俺達が出るまでも無く死んじまったかな?」


 剣を持った男達がそう言いながらも土煙の中にいる俺に襲い掛かってくる。

 死体蹴りを嬉々として行おうとするとは見下げ果てた連中だ。


 龍魔法で魔法も矢も完全に防御した俺は、土煙の中から飛び出して男達の剣を手刀で切断した。


「なぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 無傷だった事に驚いているのか、剣を手で切断したから驚いているのか、一体どちらだろう。

 まぁどっちでもかまわないが。


 男達のみぞおちに軽いパンチを食らわせ気絶させていく。

 死んでいる可能性も高いが最悪一人生き残っていれば良いだろう。


「バ、バケモノ!?」


 前衛の仲間が一瞬で倒された事で魔法使い達が叫び声をあげる。

 赤の他人を殺して荷物を奪おうとするヤツの心の方が化け物だと思うけどねぇ。

 魔法使い達が慄きながらも魔法で攻撃してくる。

 だが龍魔法で強化された俺には傷1つつける事は出来なかった。


「ふっ」


 一瞬で距離をつめた俺は手刀を軽く振り回して魔法使い達を横薙ぎで一閃した。

 手加減してあるから……


「しまった」


 手加減はしたのだが、魔法使い達は真っ二つになってしまった。

 どうやら予想以上にコイツ等が鍛えていなかったのと、防具がただのローブだったからみたいだ。

 ホント手加減を覚えんと危ないなコリャ。

 俺は手加減の練習台として残った弓使い達を追撃した。

 そして全滅させてしまった。

 うーん、手加減難しい。


「けどまぁ、今の戦いで様子見してた連中も二の足を踏んで動けなくなっただろ」


 盗人達を全滅させた今も俺を見張る視線は減らない。

 恐らくコイツ等とは別のグループも俺を狙っているのだろう。


「来たけりゃ来いよ。全員叩き潰してやる」


 結局、誰一人襲ってくる者は無いままに朝を迎える事になるのだった。

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