霊媒師
霊媒師。霊を呼び寄せたり、霊を成仏させたりするのを生業としている者。霊と人とをめぐり合わせることもできると聞く。人に霊を憑依させる番組を過去に何回か観たことがあるが、僕は信じなかった。番組制作側が仕組んだヤラセだとしか思わなかった。占いに関しても同様、僕は信じてはいない。月額制の占いサイトをネット上で見かけるが、そんなものにお金をかける気にはならなかった。
いま、隣にいる、自称霊媒師、志摩冷華は、幽霊はいると言った。そしてそれを信じるも信じないも個人の勝手とも言った。しかしこの<キヅキの森>に、霊がいると聞くと、なんだか真実味があった。現に僕の前に、不可解な現象が起こっている。森が僕を閉じ込めたり、巨大なメガホンが出現したり消えたり。僕の目の前で姿を消した末永弱音も、彼女が持っていた<キヅキの木槌>もそうだし、そして、まるで僕の過去をともに過ごしてきたかのように、僕の過去が書かれた本<懐>。それらは実際僕が目にしてきた事実。そう、自ら目にしたものは事実として受け入れることが出来ないことはない。しかし幽霊は未だ見た事が無い。いや、幽霊と思える人物が、最近僕が会った人物のなかにいた。
『こないだ、このブックカフェにいた末永弱音っておばあさんは、ひょっとして幽霊なのですか?』
僕は原稿用紙にそう書いて、志摩冷華にそれを見せた。すると彼女は、目をぎょろつかせた。
『どうしてそう思うの?末永さんはまだ死んでなんかいないわ。最近来てないけど』
『この間、森の中で、僕の目の前で突然姿を消したので』
志摩冷華の手が震えているのが見えた。動揺している。僕が書いた文章をみて、志摩冷華はさっきまでと明らかに様子が違う。
『その、末永さんが消えた場所ってどこ?教えて!』
『わかりません。真っ暗でしたし、僕はそのとき森で迷っていたんで』
志摩冷華は突然立ち上がり、さっきまで書いていた小説の原稿を鞄にしまい、玄関から出て行った。何がなんだかわからないまま、僕はすぐあとを追った。
「ありがとうございました」
僕らの様子などおかまいなしに感情のない声で、店の外にいた咲谷さんは言った。
僕の腕時計は五時三十七分を指し示していた。店の外はまだ明るかった。
「末永さぁん!何処にいるのぉ!?末永さぁん!」
志摩冷華は叫んだ。僕は初めて彼女の声を聞いた。大人の女性特有の、色気のある声だった。彼女はしばらく、森の中で末永の名を叫んだ。叫び続けた。
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