親近感

 喜与味が僕に読ませたその原稿は、このブックカフェで書いたものらしい。自分の心情を原稿用紙に書き表したものであり、僕に読ませるために書いたものではないらしい。自分の今の気持ちを、文章にして書くと少しは気持ちが楽になると、ある人から教わったそうだ。そのある人が誰なのか、僕は少し気になったが、そこは言及しなかった。しかし彼女の原稿を読んで、僕は彼女に対して親近感のようなものを覚えた。

 それからしばらく彼女と筆談をした。すると彼女は唐突な一言を書いて僕に見せた。

『これはあたしの勝手な見解なんだけど、あたしと快くん、似たような人種なんじゃないかって思う』

『どうしてそう思うの?』

『なんか快くん、まわりのことにあまり関心を示さないでしょ。人と仲良く会話をしてる様子もないようだし』

『たしかに、あまり関心はないかもしれない』

『やっぱり』

 まわりに関心が無い、深く関わろうとしない。そういう点では確かにそうかもしれない。喜与味と僕は、どこか似ているのだろう。先ほど感じた親近感の正体はそのせいなのかもしれない。

『でもあたし、前から快くんには興味があったよ』

 思いもよらぬ一文を見せられ、僕はうろたえた。そんな僕に彼女はさらに続けた。

『いま、ちょっとドキっとしたでしょ』

『してないよ』

『してたでしょ』

『してない』

『してた!!』

 彼女と僕が筆談でそんなやりとりをしていると、店の入り口のドアが開いた。黒沢アカネが入ってきた。

 なによ、来ないって言ったくせに結局来てるじゃない、とでも言わんばかりなムスッとした表情をこちらに見せると、彼女は僕と喜与味がいる席から少し離れた席に座った。

『ねえ、聞きたい?あたしがなんで、頭を丸く刈り上げたのか』

 黒沢アカネをよそに、喜与味は再び原稿用紙での筆談をはじめた。

『うん』と僕が答えると、彼女はしばらくの間ペンを放さなかった。真剣な表情でペンを走らせる彼女の表情を、僕はじっくりと眺めていた。彼女は今、僕に読ませる文章を書いている。僕の為にペンを走らせている。そう思うと、胸のあたりが少し熱く感じた。

 それから二十分くらい経っただろうか。彼女は持っていたペンを置いた。そして書き終えた原稿を僕に見せた。書き終えた原稿用紙の隅に、『おまたせ』という一言が添えられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る