◇外界を視る半妖精



 右手には硝子細工のような刀剣。

 左手には量産された軍刀。


 対する者は、


 右手には白く滑らかな輝きを持つ刀剣。

 腰には鈍い赤黒のザラついた刀剣。

 


「私は二本使うわよ?」


「どうぞどうぞ」



 先端に尖りを持つ耳─── 半妖精ハーフエルフのひぃたろは二本の剣を。

 整えられていない長髪を鬱陶しく思いながらも余裕を醸すのは───女帝種であり覚醒種アンペラトリスの【荊罪けいざい】ヨゾラ。


「街の近くだ、覚醒はナシで頼むよ? 妖精の」


「......約束は、できない」


「おいおい」


 本気色を宿す隻眼の半妖精とは対照的に軽く遊ぶ程度でいたヨゾラは呆れながらも構える。

 2人から少し離れた岩上にはヨゾラと共に行動するメティとリヒトが見守る中で、ひぃたろは砂を巻き上げるように地面を掻いた。一直線に距離を詰め左手の軍刀で速度を乗せた刺突を放つ。

 が、


「だから遅いって」


 適当にいなすようにヨゾラはひぃたろの刺突を弾いた。遅い、と言われたもののひぃたろは刺突の速度も狙いも決して手を抜いていない。並の冒険者やモンスターなら対応に全神経を注ぎ、追撃で一撃入れる事が可能───なのだがヨゾラにはまるで通用しない。

 刺突を弾いたままの流れでヨゾラはひぃたろの腹部へと遠慮のない蹴りを見舞う。


「はいまた私の勝ち、これで三杯か......今夜が楽しみだ」


「〜〜〜ッ!」


 明確な一撃を入れたら勝ち、という簡単なルールで模擬戦を申し込んだひぃたろへヨゾラは追加ルールとして、負ける度に一杯奢る、を提示しひぃたろは承諾。

 その3戦目が今終わり、ここまでひぃたろはストレートに負けている。本当の戦闘......殺し合いとなれば様々な手段を用いる事が出来るものの、それでもおそらくひぃたろは勝てないだろう。


 ───完全に遊ばれている。


 受け入れ難い実力差を奥歯で噛み潰しながらも咀嚼し、ひぃたろはどうすればヨゾラへ一撃返せるかを必死に考える。


 ひぃたろもこの1年半、遊んでいたワケではない。むしろエミリオと出会ってからの1年半は他の冒険者よりも濃密な時間だった。その結果として今のひぃたろの冒険者ランクはSS-S2ダブルという強者の領域まで登り詰めている。

 それでもヨゾラに一撃を入れられない。


 炎塵の女帝を一瞬で討伐してみせたヨゾラの実力は未知数......あの戦闘が本気だったとはとても思えない。そして今もまるで本気ではない。


「そろそろ使ってみたら? 覚醒種アンペラトリスを。実際それでしょ? 私に声かけた目的」


「......」


 バウンティハントという犯罪者や危険指定されているモンスターを進んで討伐するギルドとなった【フェアリーパンプキン】が犯罪者であるヨゾラ、メティ、リヒトとこういった関係を持つ時点で討伐が目的ではない。

 ギルドで関係を築くワケでもない事から、目的は簡単に絞られる。半覚醒種の女帝ひぃたろの【覚醒種アンペラトリス】の力の使い方。

 種族を喰らう共喰いに手を染めた時点でもう決して戻れない。そして一度でも共喰いを行った者は、その奇病、、を喰うか喰われるか、と言われている。

 得た力を支配するか、得た力に支配されるか、だ。


 女帝の力を支配している者は【炎塵えんじん】を除外すれば【氷結ひょうけつ】【臨月りんげつ】【拒絶きょぜつ】【食異しょくい】【荊罪けいざい】の5名。


 その中にひぃたろは含まれていないが、おそらくひぃたろも絶命時に【ペドトリスファラー】を咲かせるだろう。この花が女帝種......覚醒種にとってはどんなモノよりも欲しい花であり、ヨゾラにとってひぃたろの存在はその一輪となる。


 覚醒種は知らず知らず、惹かれ合う。

 互いを喰らうために。

 少女の花【ペドトリスファラー】は覚醒種が絶命する際に咲かせる花であり、覚醒種にとっては感覚を研ぎ澄ませる花であり、侵食の速度を遅くする事も出来る花。

 しかし覚醒種の絶命時にしか咲かない。

 つまり、ヨゾラにとってひぃたろは希少な花の種だ。


「私は......私達はこれから外界へ行く。そんな話が出ているワケではないけれど、きっとそうなる」


 直感よりもさらに深い、本能的な部分でひぃたろも外界入りを覚悟していた。ひぃたろだけではなく、他にも何名かの冒険者がそう感じている。


「外界入りしたって別に今と変わらないと思うよ? 地界だからショボい、外界だから凄いって事にはならないし」


「わかっているわ。でも、地界を拡張したのが外界なのよね? 危険な場所や存在も拡張されただけ増えている」


「正解。危険も拡張されているヤツがいたりするけど......でも地界も全然負けてないよ。ただやっぱり規模が違うからなぁ」


 地界よりも安全な場所が多く存在する外界。

 地界よりも危険な場所が多く存在する外界。

 様々な部分が地界の拡張と言えるのが外界だ。


 危険な存在で言えば魔女や悪魔は外界に存在する種族で。ドラゴンなどもやはり地界より多く存在しているが、地界より外界は広いので当たり前といえる。


 全てが地界の上位互換というワケでは決して無い。

 地界には地界の、外界には外界の平和や危険が確かに存在する。


「私は外界でも屈指の危険にさえ対抗出来る力が欲しい。ただそれだけよ」


「......なるほどね。気にしてんのか───ファクティスを」


「別に」


「はは。でもまぁ......今のままじゃファクティスには全く届かないな」


「たがらこうして貴女に女帝この力について聞いているのよ。さっさと続きをするわよ」


「いいけど───ちゃんと奢る金あるんだろうな?」


 今度はヨゾラから距離を詰め、ひぃたろを襲撃した。





 ひぃたろも、プンプンも、ワタポも、外界を強く視野に入れ、今の自分達に必要なモノを求め行動を始めた。


 他の冒険者─── 問題児世代バッドアップルも同じように、未知の外界へ向けて行動を始めている。



 外界だから凄いワケではないが、やはり魔女や悪魔などの存在が地界冒険者達に焦りや不安を与えているのだろう。


 それでも、一歩ずつ確実に進むしかない。

 いくら焦り急いでも、確実な一歩を。





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