◇かもしれない



 傷に滲みる微妙に粘度のある液体。

 その上にガーゼをあて、包帯を巻く。

 腫れている箇所には別の液体を染み込ませたガーゼを......こんなもの治癒術でサクッと治してしまえば、と何よりもそう思ってしまった時点でダメなんだろうなわたしは。


「なるほどなるほど、それで......一方的にやられたんだね魔女ちゃんは!」


「言葉選ぶ風な間をおいて選んだ言葉が一方的にやられた、かよ......つーかアイツ絶対、種族海ゴリラだろ」


 海賊ギルドの船長マスターへ八つ当たりしたわたしは見事に返り討ちにあった。最初の一撃、それも魔術での一撃をヒットさせてからは他所様に見せられない程、そりゃもう無様に殴られまくって......死ぬかと思った。

 好き勝手に殴ったあとはゼリーがケセラセを呼び、今こうして治療を受けている。


「キミ達の代は凄いよ。僕等から見ても実力や実績は大したものさ。でも、偉大な実績や実感に対しての達成感が薄い。実力に心がついてきていない。目まぐるしく進む現実に取り残された心......言葉にするのも難しいというのに、行動しなければならない現実が......猶予などない選択を迫られ、落ち着き整理する暇さえ与えられず次々に降りかかってはまた次が押し寄せる。僕はキミ達の話を外界あちらで聞く度にそう思っていたよ」


「あちらって外界がいかいか......そっちにもわたし達の話が行くんだな」


 会話しながらもキッチリ手を動かすケセラセ。上の世代で治癒術も医術もコイツ以上はいない、と言われているらしいが、納得出来る。

 わたし達の世代で言えばリピナみたいなものか......わたし達の世代、ねぇ。

 いつから、誰が、そんな風に呼び始めたか知らない【問題児世代バッドアップル】というのがわたし達の世代につけられた総称。

 上は【生意気世代ディスオーダー】というちょっとカッコイイ呼び名なのに。


「......お前らって、どうだったの?」


「うん? 何がだい?」


「さっきお前が言った通り、最低でも今わたしは結果が出てから頭の中を整理する感じばっかりで、言われてみれば確かに選択する猶予なんて毎回無かった。達成感なんてもんも無くて、そうしなきゃ大変な事になる、っつーのだけがあったから動くしかなくて」


 この街【ウンディー大陸 首都 バリアリバル】に初めて来た時からそうだったのかもしれない。

 まだ【国】になっていなかったウンディー大陸、冒険者達の自由な領土......みたいな雰囲気だったこの街で【レッドキャップ】の【ロキ】が冒険者達の組織【ユニオン】のトップとして君臨していた頃から、わたしの前に立つ現実に対して考える時間はほぼ無かった。

 その時浮かんだ考えで行動するしかない、が積み重なって「好き勝手をするヤツ」や「一通り勝手をしたら丸投げ」みたいな印象がわたしについた───と言えばまぁそうなる。別に気にしてないし、実際わたしはそういう性格だ。考える時間がたっぷりあっても似たような事をしている自信はある。けど......時間がたっぷりあれば心境というか、頭の中の整理は今とだいぶ違うんじゃないか、とも思う。


 きっとわたしだけじゃない。

 色々な人が色々な現実ことを無理矢理にでも飲み込まなければならない。この、無理矢理にでも、の時間が極端に短くて、必死に飲み込んでる間にも次から次へと起こる。

 時間がゆっくりと解決してくれる、という時間パワーに頼る暇さえない。


「キミ達に色々あるように、あったように、僕達もそれなりに色々あって色々あった。キミ達の下の世代にもそれは同じだと思うよ? 総合的な度合いや個人差はあっても、なにもない人、は危険と隣り合わせの冒険者にはならないと思うよ」


 そうなんだよな......危険を承知で冒険者になってる。みんなそうだ。

 普通に暮らして普通に生活して行けるなら冒険者なんかにならない。きっと、わたしも魔女として【魔女界】に今もいたら冒険者にはなっていない。

 でも、こんな普通に考えたり悩んだりする事もなく......多分、人間を平気で殺して、他種族を平気で殺して、同種も邪魔なら殺してるだろう。

 他人の命よりも自分の結果......今の自分はどこまでやれるのか、今の自分はここまでやれるんだ、という実験や実証の感覚でわたしは魔女に攻撃した事もある。


 ............どっちもどっちか。

 【地界】でも【魔女界】でも、大小様々な悩みや問題は絶対あるだろうし、今わたしは【地界】にいる【冒険者】なんだ。

 もしかして、なんて考えに意味は......、


「ふふふ、いいんだよそう考えても」


「あ?」


「もしこうしてたら、もしかしたら、みたいな考え方はダメではないよ。勿論それて現実は変わらないけど、この先......未来は変えられるかもしれない。ね? 今の僕も “かもしれない” と言っただろう? この言葉は使う人や思う人の姿勢によっては前向きにも後ろ向きにもなるんだ。全部を簡単に片付けるのも、全部を背負っていくのも、どっちも不可能なんだ」


 ケセラセはここで手を止め、治療の終了を確認し、続きを言う。


「キミは生きてる。どんな道であれ進まなければ、死んでいった者達はそれこそ無駄死にになる───っとこの言葉はゼリーの受け売りなんだけどね」


 後片付けをしつつケセラセは答えの出ない話題を打ち切り、わたしもこれ以上は何も話さず治療の礼だけ言い、目的はないが集会場へ向かう事にした。

 道中で冒険者達がフォンのクエストリストを見て何度も内容確認をしている様子や、互いに挨拶しクエストへ出発する様子などを見て、本当に下の代がいる事をわたしはここで初めて認識した。



 本当に、気がつけば進んでる。

 時間も人も何もかもが、進んでる。


「......進めないと、だな」




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