◇炎塵の女帝 6



 隠していた爪───というワケではないだろう。しかし、意識の端に意識的に押しやっていたそれをヨゾラは引っ張り出し、晒す。







 終わりが始まりへと繋がった、あの日。

 殺伐としながらも歩んだ、あの日。

 鬱陶しく思いながらも尊かった、あの日々。

 自分の居場所だと心から思えた、あの日々。


 それらが、ほんの一瞬で消え去った、あの夜。


 その瞬間に、終わりを飲み込めなかった、終わりを吐き捨てたあの瞬間から、女性の今が歪な形で絡まり繋がった。


 不愉快極まりない鉄の味が舌を汚し濁らせ、鼻腔に充満する血腥い選択。一秒ずつ変化する自分が進化か退化か、生か死か、そんな些細な事など、

 あの瞬間を破壊出来るなら、何でもよかった。

 あの瞬間を破壊出来るなら、その後どうなろうと構ったものではなかった。


 外界の侵略者ストレンジャーを対象とした戦闘特化の荒くれ集団【洗練されたエレガンス襲撃者レイド】の面々が、隊長【ピナフォア】が、自らを犠牲にしてまで平凡な朝を平凡に暮す人々へ繋ごうとした。

 人々は何も知らずいつも通りの朝を迎えなければ、報われない。

 人知れず犠牲となった者達に、人々からの感謝などは当然無く、存在さえ認知されていない。

 それでいい。それでいいんだ。


 ただ、平凡な朝を平凡な生活を送っている者に訪れないのだけは、飲み込めない。


 無駄死にだけは、絶対に認めない。



 その日現れた【外界の侵略者ストレンジャー】は屈指の実力を持ち、強大な危険を孕んだ存在だった。

 この上なく曖昧でいて、この上なく適切な言葉は【神】だろう。それ以外、その侵略者に合う言葉が無い。


 圧倒的な存在感と絶対的にも思える力を前に戦闘のプロと謳われていた【洗練されたエレガンス襲撃者レイド】が敗れた。



 いずれ死ぬたろう。

 それでも、死に意味がなければ、死にきれない。


 意味を、価値を、結果を、必ずこの手で。

 この手が───汚れようとも、必ず。

 この手が───千切れようとも、必ず。


 この身が───壊れようとも、必ず。

 イノチに意味を、死に価値を、行いに結果を。



 強引に死を振り払った女性は瞳の奥が痛くなるほど美しい夜空の下、人間を逸脱した。








 その力を、当時よりも強大かつ鋭利な力、当時よりも精密かつ繊細に支配下においた力。それを今イフリー大陸で。



 髪の毛の先端部を染める緑が色を強め、金髪へ棘を食い込ませるように荊棘状を広げ、両眼に浮かぶ大輪の薔薇がゆっくりと花弁を開く。

 開花それと同期するようにマナの性質が静かに、大胆に変わる。

 肌色は白緑びゃくろく色、腕や脚、首筋には痛々しくも見える荊棘の模様───とても模様とは思えないが───が浮かび、深緑の瞳には血色の薔薇が脈動する。



『それ、は......貴様も......』


『何もかも半端なお前と一緒にされるのは不本意だなぁ......ま、同罪同種だけどね』


 これがヨゾラの【半女帝状態】となる。

 人型を綺麗に保ちつつも人ではない姿と反響するような声音、気配は言うまでもなく女帝種。


「............これが......本物の覚醒種......」


 半女帝に属する半妖精ひぃたろがポツリと呟いた。

 女帝の知識は表面的にしか持ち合わせていないひぃたろも、他の者も、【炎塵の女帝】と【ヨゾラ】とでは水準が、格が、完成度が違いすぎる。と、全身から溢れるヨゾラの存在感がそれを強く伝える。


 段階的に女帝状態を踏むのは中々に難しいらしく、元種族、半、覚醒、のステップで半モードへの状態変化と維持が可能か不可能か、可能ならば変化速度や形態などで女帝種───覚醒種としての度量が見える。

 自分で喰らった力に喰われるか、喰らった力を確りと飲み込み消化しているか、が浮き彫りになるのが【半女帝状態】であり、覚醒種が女帝の力を多く高く幅広く利用する際の基本形態。


 最低限の形は人型でも、それは人ならざす存在。



『一撃......それも多分、今のお前達、、、には一瞬だ。よく見ておきなさい......って言うのは無茶か』


 ヨゾラの発言直後、炎塵の女帝は警戒を最大まで引き上げ、背中に突起している部位を軋ませ開いた、、、

 冒険者陣も全身で余す事なく感じた、ヨゾラのただならぬ威圧感。重くまとわりつく気配が死の気配であると、本能的に強く感知し、炎塵は死を振り払うためそれを開いたのだ。


 球状というには歪な2つのモノ。それは閉じられていた巨大な手だった。手のひらを開くように広げられそれは翼のようで、しかしハッキリとした指の形も見て取れる、まさに異形。


 眼元───瞳を両手で覆い隠すような手。

 肩付近から伸びる数本の腕。

 下半身は細い腕がいくつも生え伸び脚を役割を担う手。


 異常なまでに “手” の形状が多い炎塵の女帝。


 そこには些細な理由願いが存在している。

 現実を知らない子供のような思いに、現実を知っても諦める選択を持たなかった大人の想いが混ざりあい、実の母であり、デザリアで混合種キメラの研究を繰り返していた者の血肉を捕食した事でそれが具現するように現れたのが、巨大な手翼。


女帝化そんな姿になっても守り、、に徹する辺り、やっぱりお前は半端だよ』


 ヨゾラはあの手が意味するものを瞬時に理解し、その上で呆れを含む微笑を浮かべた。


 ジリジリと焼ける両者の視線。

 次の瞬間、炎塵は濃度の高い粉塵を周囲に散らした。

 視界が赤橙に染まる程の密度と濃度を持つ爆破粉塵は爆破すれば恐ろしい範囲を消し飛ばすだろう。しかし “爆破しなければ何の意味もない” という事。


 勝負は一瞬だった。

 呆気ない程に一瞬で終わった。

 単純に、遅いのだ。

 体内から体外へ粉塵を散らし、周囲に浮遊している粉塵を任意で起爆させ、爆発させる、という攻撃方法が致命的に遅いのだ。


『───見えなかっただろう? その程度なんだよ。炎塵お前も、冒険者達お前達も』


 ヨゾラは腰に吊るしていた2本の剣のうち、黒々とした剣を既に抜き、振り切っていた。

 右腕に持った剣には荊棘状の模様がヨゾラの身体から這うように伸び絡まり、荊棘は刀身で留まり痛々しい棘を突起させる。


 炎塵の女帝は───手翼を大盾のように身体の前で広げた体勢のまま、上半身と下半身が挽き斬られ分かれていた。


 強烈な痛みの波が脳へ押し寄せる直前に、ヨゾラは炎塵の頭へ剣を突き刺す。すると荊棘模様が炎塵にも広がり、棘が深々と突き刺さり締め上げる。

 喉を棘が貫き、悲鳴さえ空振りする。

 女帝特有の再生力も働かず、絶え間なく血が溢れ出る。地面に転がる自身の臓腑を指の隙間から確認し、炎塵は記憶に焼き付いているシーンとそれらが重なり、身体を痙攣させる。



「言っただろう......お前と一緒にするなって。お前と私では全てが絶対的に違うんだ。お前は本当の意味で化物にはなれないタイプの人間、、なんだよ」



 反響するような声音はそこにはなく、荊棘模様が薄まり消える。

 突き刺さり締め上げていたものも、ヨゾラの剣に絡まり突起していたものも、姿さえも元に戻る。

 人間の姿に戻ったヨゾラは炎塵の上半身の元へ歩み寄り、握ったままの剣で今度は炎塵の胸を深々と貫く。

 その時点では既に、炎塵の女帝は絶命していた。


 本当に呆気なく、その命が終わっていた。





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