◇犯罪者の臓鍋



 頭のおかしい帽子の魔女が強引に場を動かした事により、トラオムの中心街にはヨゾラ、リヒト、そして状況を未だ掴めていないひぃたろ。

 エミリオが繋いだ闇魔術が途切れ、ひぃたろは状況の把握よりも状況への適応を選んだ。


「......貴女はヨゾラ? それともリヒト?」


 ひぃたろは同じ視線───エミリオと共にいた女性へ問う。


「なんで名前知ってるの? 私はヨゾラ、あっちがリヒト」


「なるほど、私はひぃたろ。で、リヒトはどうして......? あの鍋はなに?」


 リヒトが今2人へ向けているのは紛れもない敵意。しかし理由は勿論の事、リヒトが2人を確りと認識しているかさえ危うい視線にひぃたろは困り果てていた。エミリオはヨゾラとリヒトを味方だと言った。ヨゾラはわかる、しかし、リヒトからは味方と思える要素が微塵も感じない。暴走に近い状態だと聞いていたから立ち止まっているが、それでもどうすべきか対応に困る。

 まずは観察を、という所でリヒトの背後にあるデザリア兵の遺体───の近くにある土鍋が妙に気になった。


「......ひぃたろ、だっけ? 冒険者?」


「そうよ。ヨゾラは?」


 ここでリヒトは2人から視線を外し、鍋の元へ戻る。


「私は犯罪者。冒険者なら聞いた事ない? 犯罪者の臓鍋アマルティアキュトラって異名のダブル」


 ダブル───SS-S2の事を指す用語でランクがあるもの全てに適応される。今回は犯罪者に対してのダブルであり、ヨゾラはリヒトがSS-S2の犯罪者である、とひぃたろへと伝えたのだ。

 賞金首狩りバウンティハントを活動の主軸と選んだギルド【フェアリーパンプキン】のマスターひぃたろは読み込んだ高難度リストの記憶をめくる。


「ダブルのアマルティア......シリアルキラーにカテゴライズされている犯罪者よね?」


「そうなの? そこまでは知らないけど......確かに“犯罪者を殺す犯罪者” って感じだったなリヒトさん」


 犯罪者を殺そうが、殺しは殺しだ。確りとした許可を受け取って初めて犯罪者殺しという行動から罪が降ろされる。ひぃたろも、ワタポやプンプンも国から明確な許可を貰い、条件の中で賞金首狩りバウンティハントを名乗れている。

 正義の為だと言っても、確りとした許可がなければ犯罪者になる。許可があっても殺しは殺しだが、そこを真面目に考えたうえで【フェアリーパンプキン】は選択している。


「殺しはどこまでいっても、どんな理由があっても殺しよ。リヒトがダブルなのはわかったわ。で、そのダブルがなんで友達の貴女まで敵視しているの?」


「さぁねぇ......機嫌が悪い、とか?」


 ヨゾラは小さく笑いながら冗談を言ったが、ひぃたろは察し、納得する。

 初対面の相手にあれこれと話すワケがない、敵か味方ではなく、初対面が安易に踏み込んでいい領域ではない、と。


「それは困ったわね......こんな大物にこの国で出会うなんて予想もしていなかったわ」


 先程捲った高難度リストの記憶をひぃたろは再び捲る。


───犯罪者の臓鍋アマルティアキュトラは単独行動を止めていたハズ、仲間は確かに......、


「......溺愛できあい忌狐ミコ刑罪の襲撃者クリミナルレイド


「───......」


 皇位情報屋キューレから買った情報には【犯罪者の臓鍋】は【溺愛こ忌狐】と【刑罪の襲撃者】と共に行動している。と記入されていた事を思い出しその異名を呟いた所、ヨゾラは一瞬だけ眉を動かした。それをひぃたろは見逃さなかった。


「まぁいいわ。とにかく、ここで暴れられても迷惑だし、鎮静させるわね」


 この発言がいらない引き金を引いた。

 友人を迷惑という言葉で簡単に片付けられたうえに、鎮静させる、と。


「あー、いいよいいよ、私ひとりで。実際ひぃたろがどこまで強いか知らないし、なんか当てにならないし頼りない」


 今度は逆だった。

 ひぃたろがどこまで強いか知らない、は最もだが、その前の、自分のひとりでいい。そして最後の当てにならないし頼りない、が今度はひぃたろの引き金を引いた。


「そこまで言うならひとりでどうぞ───と言いたい所だけど、そうもいかないわ」


「なんでよ? 別に関係なくない?」


「私個人としては貴女ともリヒトとも関係は無いわ。でも私、頼りなさそうに見えて実は───ダブルの冒険者で賞金首狩りバウンティハントギルドなのよね。許可証なら後で見せてあげるわ、刑罰の襲撃者クリミナルレイドさん......よね? 貴女、トリプルSSS-S3よ?」


「へぇ......それじゃあ───」


 ひぃたろとヨゾラが会話をしている最中、リヒトは声をあげる。


「───できた!!」


 十字の死体を弄り、内臓中身をまず鍋の下に入れる。次に皮膚を削ぎ入れ、その上に指を花弁に見立て並べて、花の中心に削いだ鼻を置き、最後に眼球を添える。

 蓋を開けた瞬間に眼球と眼が合うように盛り付けられた鍋。


「できたよママ! パパはまだかなぁ!?」


 血液でベットリ汚れた両手も、頬に飛び散る血痕も、彼女は全く気にせず土鍋を持ち振り返る。


「呼ばれてるわよ? 行ってあげなさいよ、ママ」


「冗談、あんな大きな子供いるように見えるなら右眼そっちも使い物にならないみたいだね」


 2人はリヒトの異常性を前にしても焦りや戸惑いはなく、くだらない会話をする余裕さえあったが、それもすぐに消えて無くなる。

 鍋を手に2人を黙って見詰めるリヒト。まばたきもないオッドアイを向けられるひぃたろはたまらず、


「............なに?」


 と、反応してしまった、、、、、、


馬鹿ばっ───」


「こんばんは」


「ッ───!」

「───!?」


 相手へ話しかけるという行為は相手の存在を認識していなければ決して行わない。見詰めてくるリヒトへ、ひぃたろは話しかけた。つまり、ひぃたろはリヒトという存在を認識───眼の前にいるという事を認めてしまった。


 認めるもなにも始めからその場にいた。しかし、リヒトはひぃたろを見ていなかった。リヒトはひぃたろという存在を認知していなかったという事になる。

 が、今、リヒトはひぃたろを見詰め “ひぃたろという存在がいる” 事を認知。ひぃたろはリヒトへ話しかけた。


 これでお互い “存在を認識” した。

 もっと砕いて言えば、お互いがお互いを知った。

 これこそがリヒトの能力の条件。


 挨拶をクチにしたリヒトはひぃたろの眼の前にいた。隣にいるヨゾラは無闇に剣を抜き、無意味にも振っていたが空を虚しく斬っただけだったが、これには大きな意味がある。しかし今回はその意味は無意味───不必要で終わった。理由は、リヒトの対象はひぃたろだったからだ。


 こんばんは、という挨拶でひぃたろはリヒトが眼の前にいる事を知った。

 ひぃたろが知った瞬間───正確には知った瞬間より刹那に遅れて───リヒトの短剣がひぃたろの喉を突き刺し腹を深々と裂いていた。


「チッ!」


 突然の出来事にひぃたろは反応などできず、大量の血液と共に倒れる。ヨゾラは舌打ちし剣を今度はリヒトへ振るうも攻撃後すぐに移動された事により回避される。


「───パパ! おかえりなさい! 今日は沢山作ったから沢山食べてね! パパ? ママ? パパ? ママ? ?」


「おいおい......発作は勘弁してくれよ?」


「ママ? パパ!? 嫌、イヤ! イヤァ! ママァ!? パパァ!? 私イヤァ! こんなもの食べたくない! こんなもの持ちたくない! 助けて、みんな助けてぇ! イヤ! イイィィィィアアアァァァ───」


 耳鳴りのような奇声を響かせ、リヒトは頭を抱えフラフラと揺れ始める。

 鼓膜を突き刺す声にヨゾラは瞳を細め、2本の剣を抜き構えた。


「手加減出来そうにないけど───死なないでよ、リヒトさん」


「イイイィィイイィイィィィィッッッ!」


 鍋を地面へ叩き付け、リヒトは奇声をあげつづける。

 砕けた土鍋と散らばる肉片をフラフラした足取りで踏み潰した瞬間、リヒトはぎょろりとヨゾラを見る。


「───ニイイイイイィィィィ!!!」


 剥き出しの歯。右側にはキバのようなものが見え、右眼は黒黄色に、頭には右側だけ山羊ヤギのような巻角を生やしヨゾラをターゲットにリヒトは臓腑を蹴り上げた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る