◇鉱山の街の惨劇



 イフリー大陸に上陸───といっても港など正規機関を通ってないので密入国とも言えるが───して数十分が経過していた。わたしは手頃な岩陰で活動時間まで潜んでいる所だ。

 耐熱魔術をかけているのに微かに届く気温のダルさにはうんざりさせられる。補助魔術もちゃんと勉強すべきかな、などと思いつつインナーを袖無しのものへと変更し、これ以上わたしのバフを貫通するようならジャケットをフォンポーチにぶち込み、インナーカラーを白に変えタイツを脱ぎ捨てる気でいる。

 日焼けは......気にしない派なので問題ない。


「クソ暑い......こんな気温でよく死なねぇな」


「私はもう溶けそう......」


 イフリーの暑さにだるのはシルキの白蛇とスノウ。夜で岩陰だというのに確かにこの暑さはイカレてるとわたしも思う。


「今耐熱バフかけてやっからまってろよ」


 にしても、騎士学生の時イフリーへ来た時は耐熱バフが物凄く仕事したのに、今は痒いところ手が届かない性能......なぜだ?


「ふぁー......涼しくなってきた」


「涼しくはなったけど、言うほどか?」


 汗というより完全に溶けだったスノウはスッキリした表情になり、白蛇はわたし同様に “過ごしやすくなったが快適とは言えない” 状態。

 この違いはなんだ? 自分でいうのもなんだが、この程度のバフは気休め程度でしかない。その気休め程度に対して暑さに一番弱いであろうスノウがスッキリしているのはどういう事だ?


「なぁどういう事だ?」


 4人目のメンバーであり今まで黙っていた盲目へとキラーパスを飛ばす。


「俺に聞くなよ......でもそうだな、そもそも違うんじゃないのか?」


 聞くなよ、とか言いつつも自分の考えを話してくれるあたり優しさもある盲目。見た目は完全に悪者だがいいヤツだ。見た目は完全に悪者だが。


「耐熱付与じゃなくて対象が持ってる耐熱性を上げる。だから雪女への効果が大きいんじゃないか?」


「あー、そゆコトか。雪女は熱に弱いけど、耐性値は平均より高い。ま、耐性値が高くても元がカスだから熱には平均より弱い。そこでその耐性値にわたしのバフが働いたって事か。納得だな」


 これはいい線......いや多分間違いない。

 わたしや白蛇の耐性値が5だとしたらスノウの耐性値は10、この耐性値に依存してバフが効果を出した事でスノウの耐性値がわたし達より大きくなった。

 小さい力よりも大きい力に力をかけた方が効果も大きくなる理屈か。

 耐熱付与ではなく耐熱性上昇。なるほどな。

 この雰囲気で考えると、騎士学校の制服は制服それ自体に耐性値があった防具でしたってオチか。にしても、どっかで誰か見てたの? ってくらいタイミングが絶妙だ。

 アルミナルの鍛冶屋で装備全てをメンテ&無理のない強化を済ませた所でイフリー行きが決定という......丁度わたしの防具は、スリップ系の耐性を全て魔術耐性に回した所なんだよなぁ。


「暑くてイライラしてくるな......で、エミリオ。俺達は何するパテなんだ?」


「丁度メッセ来たぜ。んと───」


 バリアリバルからすぐ船に乗り、船内でセッカからメッセが届く予定だったが技能族テクニカの後付けエンジンが全ての予定をぶっちぎってくれたので、わたし達はとりあえずパテを組み待機していた。セッカにはこちらのパテ状況が既に伝わっているので、そのパテに合った内容を送ってくれているハズだ。勿論、行動しているのはわたし達なので騎士風に言うと『最終決断は現場に委ねる』だろうけど。


「わたし達はまず、千秋&テルテルを探して合流する事だってよ。なに2人もイフリーに来てんの?」


「俺は知らねーよ。療狸の所とは言っちゃえば敵対してたし、そもそも雑魚に興味か無ぇ」


「たしか私達より早くシルキを出てたはず!」


「......面倒だな」


 相変わらずの白蛇、思い出すように言うスノウ、そして呟くトウヤ。

 戦闘系を想像していた身としては少々ガッカリだが、千秋&テルテルと合流してしまえばデザリア軍に突撃しても文句ないだろう。


「とりあえずどっかの街いくか。トウヤってイフリー民だろ? どう動くべきだと思う?」


 イフリーには何度か来たことある、よりも、イフリーで暮らしていた事がある、に意見を求めた方が何倍もいいルートが見出だせるうえに、今のイフリーでフラフラするのは危険だ。

 マップデータを立体ホロ化させ、わたし達はトウヤの意見を待つ。


「......千秋ってあの死体使いだろ?」


「死体......あー、そうそう。その言い方は別のヤツ思い出しちゃうぜ」


 死体使い、というのは間違っていない。テルテルは死体であり千秋の血文字札がなければ動かない。でも死体使いと聞けば真っ先にアイツを、リリスを思い出してしまう。


「エミーと、2人はどこまで知ってる?」


 どこまで、というのは千秋ちゃんが今は亡きイフリー王の───......


「千秋ちゃんはデザリアにいんのか!?」


「多分そうだろう。シルキ勢と同時じゃなく、先にイフリーへ向かっていた時点でデザリアにいるのは確定と言っていい。......噂の女帝に捕まってなきゃいいけどな」


 女帝が千秋ちゃんをなぜ捕まえる? そこに何の意味があるんだ?


「千秋ちゃんがどうしたの?」


「アイツって外から来た人間だろ? イフリー関係あるのか?」


 スノウと白蛇は知らないのか? 知らないか、スノウは華組、白蛇は龍組の傭兵だったんだ。療狸寺やくぜんじを知っていても構ってなかっただろうし、療狸寺側も華と龍に割って入ろうとは思ってなかっただろうし。


「千秋ちゃんはイフリー民で、イフリー王の娘だ。そのイフリー王はもう死んでる」


「おいエミー、言ってよかったのか?」


「隠しててもしゃーないだろ? それに知ってた方が動きやすいだろ絶対」


「まぁ確かにそうだけど......そうだな。他人の事を許可なく話してしまったけど、今回は眼を瞑ってもらおう」


「......、......そうだな」


 こんな時にクソみたいなギャグ挟むなよ盲目。耐熱バフの上位互換またはデバフの冷感かと思ったぜ。





 とある酒場。

 鉱山での採掘を終えた男達が一日の疲れを吹き飛ばすように騒いでいる店内へ、新たな客が入店と同時に声を響かせる。


「ほいほーい! ちょっとわたしに注目してケロ!」


 小柄でボサボサ黒髪の女性は大声で全員の視線を掴む。


「みなさん! 本日も採掘オツカレッした!」


 手をパン、と鳴らしペラッペラな労いを送る。当然男達は訝しげな顔で小柄な女性を見る。

 ここはイフリー大陸、鉱山の街【オルベイア】。


「アンタなんだ? 俺達は一日の疲れを───」


「はいはいまだ話は終わってないナリよー! まず! 今イフリー大陸をどうこうしようとしてる女性! あの女性はこの街オルベイアで女帝化した女性です! 何十年も前の話だけど知ってるひ人もいるよね? ね? ネ?」


 ふざけているような、大きなグルグル眼鏡を女性はクイッっと直し、ニヤニヤする。

 この街【オルベイア】で十数年前、ある女性が “共喰い” に手を出し、女帝化した。

 しかし街に女帝の被害、、、、、は無かった。女性は共喰い後、街に残らず【オルベイア火山】へ向かったからだ。


「俺は知らねぇな......十数年前に起きた事件で記憶に残ってるのは、若い衆が何十人も誰かに殺された事だけだ」


 棟梁とうりょうと思われる男が言った瞬間、グルグル眼鏡は一際笑い、


「それそれ! それナリ! それだっちゃ! そーれーが! 女帝化の原因だっちゃ!」


 店内がざわついた。冒険者でも軍人でもない採掘職人達だが、血の気が多い連中なのでモンスターなどの知識はある程度持っている。女帝となれば特異個体の代名詞みたいなものだ。どうすれば女帝化するのか、など知らない者はここにはいない。

 グルグル眼鏡は自分の頭を指で叩きながら、


「その若い衆の死体...... ここの中身、無かったしょー?」


 棟梁は思い出したかのように、顔を真っ青にした。しかしグルグル眼鏡の攻めは止まらない。


「そんで、ここ───背骨とかも無かったんじゃない? あとこれは予想だけど......チミ達屈強な男性がもつアレも無かった、または悲惨な事になってたんじゃないナリか?」


 棟梁の下腹部を指差し「いやん、グヒヒ」と笑うグルグル眼鏡だったが、ここにいる客全員が既にグルグル眼鏡のふざけた仕草を見る余裕はなかった。


「......アンタは知ってるのか? あの事件の真実を......俺達は山にいる凶暴なモンスターが気まぐれか何かで街まできて、若い衆を喰い漁ったと思っているんだが......違うのか?」


 今更そんな昔の話、と思う者はいなかった。オルベイア火山が彼らの仕事場なので、未確認な危険モンスターが生息するか否かは今後の仕事に大きく関係する情報だ。


「大丈夫ナリよ。あの山に女帝はもういないっちゃ。危険なのは......うーん、チミ達が遭遇するかもってヤツならフレアヴォルわさ。それ以外は山頂や最深にいるナリ。チミ達のレベルじゃ上も下も行けないナリ! だから大丈夫だっちゃ!」


 採掘職人達はまだ下層。中層にさえ到達出来ていないうえ、中層にいく必要も今はない。


「じゃ、じゃあなんで女帝の事なんて俺達に話す? 何が目的なんだ?」


「目的はチミ達の外見と数ナリ! そんで女帝の事を言った理由は、慈悲深い眼鏡ちゃんはチミ達に懺悔する時間くらいはあげるナリよーって事わさ」


「......懺悔、だと?」


 グルグル眼鏡は店内を見渡し、そして発見する。屈強な男の影に隠れ床へと視線を落とす男性を。


「そこのチミ! どうして床なんて見てるナリ? そこのチミも、お前も、アンタも、テメーも、そこのソレも。床にいいモンでも落ちてるナリかー? それとも、わたしの話を聞きたくないナリ?」


 指をさされた6名は肩をビクリと震えさせ、恐る恐る顔を上げた。


「......コイツらはアンタの言う事件の時の被害者だぞ......おいお前ら、あの時何があったんだ?」


 6名は身体を震えさせ、何も話そうとはしない。それもそうだ。昔の話とは言え、彼等は罪を犯しているのだから。


「わたしが教えてやるっちゃ。そこにいる6人と死んだ若い衆、十数人は! なんと! ひとりの女性を監禁して毎晩毎晩そりゃもう酷い事をしていたのでしたッ!」


 あっさりと言われた衝撃的な事実に男達はフリーズするも、グルグル眼鏡はクチを閉じずに、


「今想像出来た事は全部ヤッてるっちゃ。でもそれ以上ナリよ? 面白がって人体改造めいた事もコイツらはやってるっちゃ。知識も技術も環境もないくせに、思い込みと思いつきだけで人の身体をアレやコレやと! 死ぬより地獄な日々でその女性が一番に求めたものが意外や意外! イカレてたのかねぇ? ごはんだったナリ」


 食べなければ疲労など回復しない、傷の治りも、精神を保つにも、逃げる体力も、全て食事から、栄養が基本となる。

 地獄のような現実の中で女性は崩壊する事なく冷静にひとつひとつ考えていた。そして、男性を手にかけた。


 逃げるためには殺すしかない、逃げる体力が必要だ、食べ物など探す暇はない、食べ物......あるじゃないか。ここに。

 女性は男性を殺しては頭蓋を貝のように砕き割り、中身を喰らった。

 焼き魚を食べるように骨にそって肉を喰らい、邪魔な背骨噛み砕いた時、衝撃的な味に魅了された。

 何人も、何人も喰らい、喰らい終えた残骸の性器を切断し残骸のクチへ詰め込み、開かれた腹の中に睾丸を置いた。この行動に何の意味があったのかは誰にもわからないが、そうする事で女性の中で男性への復讐心が満たされるのだろう。


「女帝オルベイアはチミ達のキッタネェ欲が産んだ化物ナリよ? それが今イフリーの頂点に立ち、他の国へ導火線を張り巡らせるように行動してるナリ。懺悔するなら今だっちゃ。ほれほれ」


 懺悔もなにも、今更無意味。

 誰もがそう思っていた。


「後悔してるナリ? そりゃするわなー! だから、わたしがその後悔から救ってあげるわさ。連帯責任......監督不行届って事で、みーんな一緒に!!」


 聖人とは程遠い位置に居るであろうグルグル眼鏡は楽しげな声のまま、


「リリスちゃーん! ぃヤッちゃってぇ!」


 天井に向かい、死神を指名した。


 鉱山の街オルベイアの住人はひとり残らず【クラウン】の手によって殺害されたが、遺体はひとつもなかった。




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