◇吸血種
クリーム色の光を照らすランプ、暗すぎず明るすぎずの店内、天井はステンドグラスで美しくも落ち着いた雰囲気を崩さないよう計算された色合い。
「不思議なお店ですね......綺麗だけど綺麗すぎない......」
「あら、貴女結構良いセンスをお持ちですわね。このお店は
「2階です。
明日、というのは次にくる朝ではなく、その次の朝。ギルド【アンティル エタニティ】は店の2階を貸し切れるほどの財力と関係性を持っている事に
「ヴィアンネ、これを店主に」
クレアは小さな腕で大袋を持ち、サブマスのヴィアンネはそれを受け取り店主の元へ。
「さて
「は、はぁ」
戸惑いながらクレアの後ろを付いていくと大きなソファーが設置されている特別感が強い席に。
金で縁取られているクリーム色のテーブル、この
「さ、酒場じゃないの?」
急に萎縮しはじめたマユキへクレアは呆れるように、
「酒場ですわよ。全ての酒場が薄暗く埃っぽい店だなんて誰が決めたのです? ギルドと同じように
言われてみればたしかに、と思うもののやはり緊張してしまう。今ここにいるのが
「貴女......お酒は?」
「あ、えっと、お構いなく」
「......本当にどうしたのです? 先程までの貴女なら遠慮も萎縮も考えられませんわ」
「そう、だよね。お酒は少しなら平気ですが好きではないです」
「そう。ではお好きなモノを注文なさい」
クレアは装備を変更する。正確には “装備” から “衣服” へと着替える。
この着替えるという行為が冒険者にとっては結構面倒な事をマユキは知っている。
冒険者にはポピュラーなワード【装備変更】はフォン内で行えば脱いだり着たり、外したり付けたりが自動的に行われて、文字通りワンタッチで可能。微粒子化しているマナが身体を包み、一瞬で装備が変更される。
しかし衣服となると話は別。
自分で衣服を着たり脱いだりしなければならないうえ、なんの防御力も効果もない、ただの服。
「......なんですの? 先程から私の着替え姿を見ているご様子ですが、そんなに珍しいですか?」
「あっ、いえ、その......堂々と着替えるんだなぁって思って」
「
「? そう、ですか......、、?」
最後の言葉をクチにしているクレアの表情が妙に気になったマユキだが、これ以上は何も言わず黙る。
装備変更と着替えの違いを当たり前だがクレアも理解している。装備変更はその場で一瞬で肌を晒す隙もなく───マナが隠してくれるので───気にせず行える。
着替えはそうはいかないが、このギルドの着替えを覗くなど、命知らずにも程がある。
「貴女は着替えないのです?」
「あたしはこのままで」
「......全く、貴女方の世代、
「そ、そうですか」
───あたしギルメンじゃないんだけどなぁ。
と内心で困るマユキを他所に、ギルドメンバー達も好きな衣服に着替え、リラックスする。
統一性のある装備だからこそ、衣服を着た時のリラックスが大きな効果を発揮しているのか、それとも装備から衣服に変えた事でスイッチが切れ心から休めるのかマユキにはわからないが、クレアの言った心構え論は
「さて、
本題、と言わんばかりに切り出すクレアにマユキも、
「あたしもクレアさんに聞きたい事があります」
「そう。ではお互い有意義な情報交換といきましょうか───悪魔族の中でも
◆
古城の窓から湖を覗く、黒紅の瞳。
青白い肌と白髪、クチにはキバを光らせる
真祖吸血鬼が支配する───エリザベートの家系が支配する───吸血鬼達の領土。
孤島そのものが城とも街ともいえる風貌で、城から見える街も城壁内にある。
全てが城の敷地内、という構造をした【オーラヴァ城】には悪魔族の吸血鬼種しか暮らしていない。
ヴァーニー、カーミラ、ドラキュラ、ヴァンパイア。4種族が暮らす吸血種の領土には他の悪魔族は滅多に近付かない。悪魔界にありながらも悪魔界から独立した世界、とも言える【オーラヴァ城】を現在支配しているのが、マユキが探し続けている真祖吸血鬼【エリザベート・ノスフェラトゥ】だった。
紅い月光が射し込む室内に響く、ノックの音。
「扉は開いたままです、どうぞ入りなさい」
エリザベートはテーブルにあった血色の林檎を掴み、眺める。
「失礼します。ドラキュラ共からの報告をまとめましたので、王女へご報告に参りました」
眼鏡をした男性吸血鬼が膝を付き、深々と頭を下げる。
「報告は聞くわ。その前に、貴方今宵のご予定は?」
「今宵のご予定はございません」
「そ、なら報告はベッドの上で聞きますわ───貴方ご結婚は?」
「しておりません」
「そ、恋人は?」
「必要ありません。私にはエリザベート様が
「知ってたわよ。そう言ってもらいたくて聞いたのだけど、やっぱりいいわね貴方。私が死ねと言ったら死んでくれます?」
「喜んで」
「......素敵、いい返事ね。顔を上げなさい」
血色の林檎を舐め、エリザベートは男性吸血鬼へ誘惑の眼差しを送る。
本来、吸血種同士で誘惑は通用しない。しかし真祖であるエリザベートの誘惑は全ての種を魅了する。
「──────あぁ、またやってしまいましたわ。シーツを取替えさせなさい。貴方は私の湯浴みに付き合いなさい」
「承知致しました」
ベッド周辺は天井まで真っ赤に染まっていた。
男性吸血鬼は腹部が裂き開かれた状態のまま眼鏡へ手を伸ばし、レンズに付着した血液を拭き取り装着しようとするも、顔が抉り剥がされている事を思い出し眼鏡をケースへしまう。
「いい顔ね。私の好みよ」
「ありがとうございます」
鼻や頬骨は削りとられ、瞼は引き裂かれこぼれ落ちそうな眼球、血を滴らせる筋繊維が晒されている顔で浴室へと向かう。ただの切り裂きや引掻きで負った傷なので湯浴みが終わる頃には再生する。
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