◇上の世代 2
「初めまして、僕は一応【ジルディア】ってギルドのマスターをやっているノールリクスだ。よろしく」
柔らかい笑顔で自己紹介する男。優しそうな雰囲気を醸す男にわたしが返事をしようとした時、鋭い視線───敵意のある視線───がわたしの背後から男へ飛んだ。
「これは......予想外の大物を連れてきたなキューレ」
「ノールリクス......昔はよく名前を聞いたよ」
ナナミ、ワタポが呟くように言い、なぜか臨戦態勢を取る。
「落ち着かんかい。全く、これだから連れてくるのは嫌じゃったんじゃよ」
キューレは呆れるように溜息を吐き、仲裁するように間へ立つ。
「ウチが連れてきたんじゃ、ウチが責任もって紹介するのじゃ」
乗り気しない表情でキューレは男の紹介を始めた。
◆
ノールリクスという男は幼ささえ感じる笑顔で年齢は30をとうに過ぎてるらしい。体格的には幼いというワケではないが───少々小柄にも思えるがチビでもない───顔は騎士学校に居ても違和感がない。
青年型の大人種、といった所か......いやモンスターではないのでそんな言い方はしないけど。
見た目はどうでもいいんだ。わたしが驚いたのは年齢や見た目ではなく、コイツの強さだ。実際に戦闘を見た事なんて勿論ないがコイツについて回る噂や冒険者ランクが強さを証明していると言える。
【ノールリクス】
冒険者ランクは最大の
ワタポ達が臨戦態勢に入った理由は過去にコイツがやってきた事が原因。
コイツはギルドを設立するまではソロで暴れていた冒険者で “騎士狩り” や “Sスレイヤー” という尖った異名で呼ばれていた。
騎士狩りはその名の通り、ドメイライト騎士やデザリア軍を発見するや喧嘩を吹っ掛けて引き摺り回す。Sスレイヤーは冒険者ランクS.SS.SSSをターゲットに引き摺り回す。戦闘後必ず個人を証明する物を奪い、自分が勝利した事の証明にしていた。
見た感じ好戦的には全く見えないが、本当の話らしい。本人は「残念ならが本当だけど、若気の至りさ」と笑っていた。
オマケと言ってはアレだが、どうやら元ドメイライト騎士団所属でフィリグリーと同期───年齢はフィリグリーの方が上───らしい。進む道が合わず騎士を脱退して冒険者になったよくあるパターンだと笑っていた。
「コイツが何者なのはわかった。で、なんでコイツを連れてきたんだ?」
「ノルって気楽に呼んでくれないのは残念だなぁ。コイツやアイツ、お前、なんて呼ばれるのが好きじゃないんだ。それにキミは誰だい? 残念だけど僕はキミを全くしらない」
わたしの発言に誰よりも早く反応したノールリクスは笑顔とは言えない微笑でわたしを見る。
「悪かった、ノル。わたしはエミリオだ。よろしく」
素直に謝り話を進めようとするも、
「エミリオ......キミが噂のAランク冒険者、青髪帽子の魔女さんか。キミがエミリオなら残念だけど
「───ノル!」
キューレの声か聞こえたかと思えば一瞬で遠くなり、一瞬で声消えた。
何が起こったのか理解出来ない中で、わたしの腹部は強い衝撃と激痛、イスは飛び倒れ、肘掛けや背もたれが欠ける。身体は思い切り壁に激突した。
「なるほどなるほど、残念ながら今の所は噂通りだね───で、キミ達はどうかな?」
腹部と背の痛みに奥歯を噛みながらも耐え切り、顔を上げるとノールリクスを包囲するように武器を向け動きを抑制する面々。
「突然蹴るなんて、何のつもり?」
「戦意を隠すのが上手くて反応が遅れたよ」
「喧嘩売ってるなら買うわよ」
プンプン、ワタポ、ハロルドが見慣れない装備でノールリクスへ言う。ここでわたしはやっと自分が蹴り飛ばされた事を知った。
「
ノールリクスが動きを取ろうとした瞬間、身体をピタリと停止させ、視線を横へ。
「......いい判断だ。流石はトリプル」
「でもいきなり蹴るのは格好良くないな」
「こっちもいきにゃり殺ッちゃえばいいニャ」
トウヤ、カイト、るー、がトリプルの動きを瞬時に予測し、抑制させるべく武器や能力を向けていた。
「影......キミが
他にも猫人族のゆりぽよ&リナ、音楽家ユカなども武器こそ手にしていないがトリプルの行動に気を張っている。しし屋とリピナを含むギルド白金の橋、クソガキ天使みよっちは黙って見ていて、ヴァンパイアのマユキは今すぐにでも血液を撒き散らしそうな雰囲気───瞳の白を黒に変え───を醸しつつも座ったままだ。
「やめんか! ノルも喧嘩売ってどうするんじゃ!」
「そうですよ! この場で喧嘩はお控えください!」
キューレとセッカが止めに入るも、素直に謝ったうえで蹴られたとなればわたしも黙ってるつもりはない。
「みんなもう大丈夫だ。サンキュー、後はわたしがやる」
ノールリクスの追撃を止めてくれた面々へ礼を言いつつ立ち上がり、わたしはフォンから剣と短剣を装備した。
「ナメた事してくれるなトリプル」
「やる気になってくれたかい? キミが台風の目なんだってね?」
「あ? 何言ってんだお前」
今回はわざと お前 と言い剣を抜き喧嘩を買う意思を見せる。
騎士狩りだかスレイだか知らないが、遠慮も容赦も、出し惜しみもなく魔女として相手をしてやる。
「......うん、いいね。噂以上に戦意や敵意、殺気が鋭い」
「お前が売った喧嘩だ。死んでもわたしを怨むなよ」
「やる気になってくれた所、申し訳ないけど───残念。今日の所は帰らせてもらうよ」
「あ? 逃げるのか?」
「
こっち、という言葉が何を言っているのかわからないが、どこかナメた発言にわたしは苛立つ。
「楽しみたいなら相手してやるからこいよ」
「ハハハ、噂以上に好戦的だね。さすが
「まぢに逃げる気か?」
「残念、先輩である僕達とキミ達の関係性、もっと言えば上下を一撃で教えたつもりだったから───今のは喧嘩じゃなくて挨拶さ。挨拶が済んだし用はないし、帰るのは当たり前だろう? さっきの件はこれであいこにしよう。では、また会おう、後輩諸君」
ノールリクスはベルトポーチから小瓶を取り出し、わたしへ投げ渡してくる。飛んでくる小瓶をわたしは叩き落とし受け取りを拒否するだけではなく、小瓶を地面に叩き付け砕く悪態を見せるも、トリプルはご機嫌に笑って本当に去っていった。
一体何しに来たのか......キューレに確りと説明してもらおう。
◆
マスターの【ノールリクス】の実力は勿論、ギルドメンバーにも相当な冒険者がいる。
ここまでは理解出来たし、トリプルの時点で強いのは冒険者ではない者でも予想出来る。
問題はアイツ───ノールリクスが何しに来たかだ。
「エミちゃ、お腹大丈夫?」
「あぁ。それより───アイツの目的は何だったんだ? キューレ」
ワタポが差し出してくれた白ぶどうのニアウォーターを受け取り、キューレへ不満げな視線を突き刺すと視線の端───キューレの奥でセッカも妙な表情を浮かべていた。
「セツカ。貴女も何か知っているみたいね」
「え!? っと......はい」
不機嫌そうな声でひぃたろ───半妖精のハロルドがセッカを
「ノルのさっきの行動は本当に挨拶じゃよ。随分な挨拶じゃと思うじゃろうけど、上はそういう世代の冒険者なんじゃ。頃合いも良いじゃろうしそろそろ
◆
【ジルディア】のマスター【ノールリクス】冒険者ランク、ギルドランク共に
【アンティル エタニティ】のマスター【リトル クレア】同上。
【海竜の羅針盤】のマスター【キャプテン ゼリー】同上。
【アスクレ ピオス】のマスター【ケセラセ】同上。
ギルド
【レッドキャップ】のリーダー【パドロック】もトリプルの冒険者だったらしいが今ではトリプルの犯罪者となっているのでノーカウントとなっている。
「海竜の羅針盤には昔会った事あるけど、愉快な連中だった」
音楽家ユカは【海竜の羅針盤】と楽しい思い出があるらしく、懐かしむように言った。するとリピナは【アスクレ ピオス】と面識があったり、
1年半も冒険者をしているわたしだが、1年半しか経っていないという事か......。
「色々噂はあるじゃろうけど、今言った面々がトリプル。この中には既にS2もおるし、そろそろ上の存在を知っとく頃じゃと思ってのぉ。それで丁度よくノル達が帰還したから声かけてみたんじゃが......迷惑かけてゴメンのぉ」
「アイツ......ノルってヤツはわたしを蹴った事を挨拶とか言ってたけど、上はバチバチなのか?」
ノルという男に変わって謝るキューレが妙に気に入らなかったわたしは少々訝しげに言うとギルド【フェアリーパンプキン】の面々や猫人族も同調するようにキューレを見た。
「上はギルド内での仲はウチらより高めなのじゃぞ。逆に言えばギルド外との仲はバッチバチじゃのぉ......仲良くないワケじゃないんじゃが、優劣をキッチリさせたいのか出し抜きたいのか、挨拶イコール牽制、みたいなトコあるのは間違いないのぉ。まぁそれが上の世代じゃ当たり前じゃったからのぉ」
なるほどな......言いたい事はわかったし、何となく理解出来る。わたしこそ無所属なうえ強い弱いより一緒にいて面白いか面白くないかで付き合うタイプなので、上の世代と同じ事はしないが、理解は出来る。冒険者になったばかりのわたしは「お前らわたしをナメんなよ」という精神を持っていたのは確かだし。
「冒険者は野蛮、ならず者、なんて言われるのは上の世代が原因ってコトかな?」
「全部が全部そうとは言えんが、少なからずあるじゃろな。クエ地で顔を合わせれば喧嘩になるなんて日常じゃったし、周りからみればいい迷惑じゃろ」
プンプンの質問にキューレが答え、すぐに次の話題を皇位情報屋は出した。
「ノルを紹介した理由は、ウチのフレじゃからってワケじゃのぉて、トリプルだからじゃ。エミリオ、お前さんが冒険者になった時トリプルの話題は聞かんかったじゃろ?」
「あぁ。全然聞かなかったし興味もなかった。そもそも犯罪者以外のトリプルが存在してるなんて考えもしなかった」
「エミちゃそろそろ機嫌直しなよ」
ワタポに不機嫌を指摘され、確かにいつまでもイライラしていては話が進まないと反省。そもそもキューレに当たるような態度をとっても、キューレはこういった挑発にはまず乗らないし、挑発に乗った所で何をしても八つ当たり風なわたしが悪いという結果に終わるだけだ。いい事など何一つない。
「そうだな───で、トリプルは
正直な感想を言えば、今更トリプルが顔を出しても遅い、だ。
ユニオンを仕切っていたのが【レッドキャップ】のロキだと判明した時や、ウンディーが国になった時、わたしが公開処刑されそうになった時なんて冒険者からすれば “同業者の奪還” という理由で騎士団本部で暴れる事も出来た。他にも顔を出すタイミング───存在をより濃いモノとする機会───はいくらでもあった。
今回の爆弾人間の件でもそうだ。トリプルランクなら一瞬でその場の指揮権を獲得できただろうし、トリプルが言うなら、で従う者もいただろう。
なのに事が一段落した今、顔を出した理由は───何か重要な事をしていたから、以外に想像出来ない。
自分達の拠点となるウンディー大陸の危機にも顔を出せないほど重要な何かを......他のトリプルが姿を見せないという事は今も尚、それを継続して行っているという事か?
「さすが、面白そうな事には鼻が効くのぉ。トリプルにはトリプルにしか出来ん事が......確かな実力と実績を持っとる者にしか頼れん事が、この
「「「 ......
半妖精のひぃたろ───ハロルド、後天性悪魔のナナミ───ナナミン、同じく後天性吸血鬼のマユキ───ゆきち、の3人が声を揃えた【外界】というワード。
キューレは一瞬驚いた表情を見せるも無言で頷き、セッカへパスするように視線を送った。
「ここからは
皇位情報屋ではなく、女王が語る【外界】とは。
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