◇559 -爆ぜる人影-3



 爆発する人間という奇怪な事件を静め、わたしはフェンリルのクゥとドメイライトを後にしたのは数時間前の事。


 騎士学校の件を終えたらすぐウンディーへ帰還するつもりだったが、色々と......本当に色々と都合が変わった。

 その都合───自分の中の整理───も終わらないまま、爆発する人間が徘徊し、バリアリバルにもそれが現れる確率が高いとの事で、こうしてクゥと帰還している。

 船でゆっくり帰るワケにもいかず、箒で飛べば船より何倍も速いし、飛んでいこうと思った所にクゥが寄り添ってきた。このフェンリルが凄いのは以前からわかっていたが、ここまで凄いとは予想外もいいところ。海の表面───乗っても大丈夫な厚みと強度で凍結させ、そこを走る。走る際に鉤爪が発火し氷に熱を与える事で通過後に溶け消える。


「本当に凄いなお前は」


 背に乗っていたわたしはクゥの頭を軽く撫でた。箒で飛んだ方が効率はいい。それは間違いない。だがクゥの背に乗っていれば疲れる事はないし、何よりコイツが気を使ってくれたんだ。

 今は甘えさせてもらおう。





「誰が何の目的でこんな事するんだよ!?」


 バリアリバルのユニオンに響く声。

 今動ける冒険者達が集まる中で魅狐ミコプンプンは拳を握りしめていた。


 他人を道具のように使い捨て、自分は顔さえ見せずに目的を達成しようとする。

 今回の爆弾人間はまさにそれで、プンプンは許せなかった。犯人も目的もわからないが、絶対に許せないと拳を握り奥歯を噛む。


「キューレもどこにいるのよ。こんな時こそ情報屋の出番でしょ」


 イスに座り足を組む半妖精ハーフエルフのひぃたろは皇位情報屋の姿が見えない事に愚痴を溢しつつ、時計を確認する。

 時刻は20時を過ぎた所。まだ夜も深くない時間帯で、爆弾人間の件は既に街中に広まっている。それでも情報屋の姿がないのはおかしい。


「キューレは今ここの地下にいる。耐震と耐音の魔結晶が使われている地下だ。爆発の音も振動も届いていないうえ、フォンなどは持ち込み禁止だ」


 そんな地下がユニオンにあったという事さえ初耳の面々は驚くものの、今その地下について詳しく聞く気にはなれないし必要もない。発言したナナミもこれ以上説明する気はないらしく、イスに腰を下ろし両眼を瞑る。


 今街はリピナのギルドと他のギルドが防御障壁で内側から守っている。大橋も閉じて今この街には簡単に入れない状態。外に出ていた冒険者には悪いが、狙いがこの【バリアリバル】なので緊急時に使う要塞防御を発令するのは当たり前の事だ。


「他の場所は全く被害がないけど、油断は出来ないね」


 金髪の髪を編み束ねる両義手の人間ワタポは緊張感を漂わせた。停滞しているこのタイミングが一番緊張の糸が緩みやすいと知っているからこそ、気を張れと言わんばかりのトーンで警戒心を高めた。


 ユニオンにはよく知るメンバーは勿論、何度か見かけた事のある顔や新人もぞろぞろと集まる。

 こういった場合の冒険者は悪い癖があり、周囲を敵対するような視線を飛ばし始める。

 特にエミリオの世代は良いも悪いも派手な噂ばかりで、先輩冒険者には睨まれ後輩冒険者には避けられる。

 それもこれも今この場にいないエミリオが無茶苦茶を無茶苦茶で掻き混ぜてきた結果だろう。

 不本意な呼び名や好ましくない噂や評判が囁かれる中でも、魔女エミリオがいなければ今現在この場に居るかさえ怪しい者も存在する。


 ワタポも、プンプンも、ひぃたろも、ナナミも、エミリオという存在に出会っていなければこの場に今居るかさえ───生きているかさえ危ういだろう。

 小さな無茶を重ねながら大きな無茶をする魔女が周囲を巻き込みながら進んできた結果、命を拾ったと言っても過言ではない。勿論誰ひとりエミリオにそんな事を言わないが、結果的に過去に起こった事柄からエミリオという存在を抜いて考えてみれば全てがバッドエンドで終わっていただろう。と、物思いにふけていると冒険者達は一通りやる事───他者への牽制や戦闘の準備───を済ませ静まる。嫌な沈黙がユニオンを支配し始めた頃、慌ただしい足音が駆け迫る。


「セツカ! 大量の人影がこの街に向かって来てる!」


 治癒術師ギルド【白金の橋】マスターのリピナが焦りを滲ませて叫んだかと思えばピタリと停止し大詠唱、床に右手をつける。そこを中心に超広範囲防御魔術を展開させた。

 リピナを知る面々さえも驚きの声を溢すほど、彼女が発動させた防御魔術は強力かつ高難度な術。


「この防御術は5分前後しか持たないうえ 大量の魔力を要求される。けど、並の攻撃じゃ砕けない」


 額に汗粒を滲ませながらリピナは言った。その言葉の意味を瞬時に理解した冒険者陣───リピナをよく知る世代───はすぐに平原へ向かう。

 5分しか持たないけど鉄壁。つまり、5分以内に爆発させるなりしてどうにかしろ、という意。


 続くように冒険者達は平原へ向かい、迫り来る爆弾人間と対面し、絶望さえ覚える。

 各々が予想していた数がいくつなのかは不明だが、全員の予想を軽く超える数の人影───だけではなくモンスターのシルエットさえ見てとれる。100を軽く超える数の爆弾人間とモンスターがバリアリバルを標的に進撃してくる。


 一度爆発すれば連鎖的に爆発を起こし、その火力は計り知れないモノとなるだろう。そしてこの数。体温で爆発するという特性を最大限に利用したかのような密度。

 いくらなんでも、やりすぎだ。


 冒険者という職は常に命の危険が付いて回る。討伐クエストは勿論、採取クエストなどにも例外なく命の危険が伴う。実力不足だけではなくイレギュラーで散っていった同業者など数えきれないだろう。しかしその全てが “こちら側から動いた結果” なのだ。

 そのクエストを受注した結果、そのエリアへ向かった結果、そのモンスターや犯罪者を追っていた結果、等で命を落とす。全ての責任は自分にある。だが、今回のはそういった枠ではない。


 冒険者として付いて回る危険ではなく、理不尽なモノでしかない。

 理不尽に直面した人々は絶望し、そして、


「こんなのどうしろっていうの!?」


「ドメイライトが、ノムーがウンディーを落しにきたのか!?」


 騒ぐ。何の生産性もない言葉を何度も無意味に吐き出し、騒ぎ立てパニックに陥る。

 伝染する感情はまばたきする間に広がり、誰も彼もがこの絶望的な現実を “誰かのせい” にしたがる。そんな事をしても状況回避に繋がらないというのに。


「う、うろたえるな! こ、こんなの、ラグナロクに比べればたいした事......こ、この大三魔王の眷属である我が、ひ、一声で片付けてやる!」


 涙粒を溜め、震える足で叫ぶ無名冒険者の少女。装備を見る限り下級も下級な冒険者だろう。そんな少女が叫んだ所で、絶望へのはけぐちになるだけだ。

 絶望に嘆く者達の言葉は少女へ向けられ、抜き身となった鋭利な言葉が次々と少女の胸を突き刺す。


「わ、私のダークパワーで未来永劫凍結してやる! 私は暗黒騎士だ! 最強だ! だから、だから騒がないで! 騒がれると不安になっちゃう! 絶対大丈夫だから、私は最強だから絶対に大丈夫だから!!」


 何の根拠もない、何の実力も持っていない少女が、今この場にいる誰よりも弱い少女が、誰よりも不安に潰されそうな新人が、涙粒を散らし誰よりも強く吠えた。


「わ、我が呼びかけに応え、降臨せよ! 業火と氷結を司りし白狼はくろう! 魔女の名において命ずる───」


 魔王の眷属、暗黒騎士、そして魔女......最早疑いようもないバカな妄想を並べる少女の声に共鳴擦るように、遠吠え、、、が響き渡った。


 その声に白黒の剣士モノクロームナイトの異名を持つ───本人はこの異名を知らないが───ワタポが、


「───行こう!」


 突撃命令ともとれる発言を残し、爆ぜる人影へと向かう。無謀ともとれる行動に迷わず付き合う半妖精や魅狐、他の者達も迷う事なく地面を強く蹴り突撃する。


「どれでもいいから、一体でも多く爆発させて連鎖爆発を出来るだけ早く終わらせる、、、、、!!」


 ワタポの声に全員が頷き、攻撃を開始する。


「───エターナル・ヴォルフ・ブリザドラ!!」


 謎の新人───妄想の達人───は聞いた事もない魔術なのかさえ不明な名をクチにした瞬間、蠢く影達は爆裂した。息を飲む間もなく爆撃に飲まれる突撃した冒険者達。

 影牢や影狼も、獅人族や猫人族も、悪魔も天使も、爆撃に飲まれ、強烈な爆風が粘着性のある炎を絶望に硬直していた冒険者達へと圧し迫る。

 エターナルなんちゃら を叫んだ少女にも勿論。


 誰もが死を覚悟した。しかし、誰ひとり火傷ひとつ負わず、炎も煙も一点に吸い寄せられるように引かれ消滅。


 不可解な現象を見ていた冒険者達───眼を強く閉じる者もいるが───の前には空高くまで伸びる分厚い氷壁があった。



「──────間に合ったか?」



 爆炎も黒煙も一瞬にして消え去り、静寂が漂う平原に響いた一言。と、同時に氷壁は砕け散った。

 声の主と硬直していた冒険者達の丁度間、地上5、6メートルの所に虹色に揺れる穴が空き、爆撃に飲まれたハズの冒険者達が吐き出される。着地に成功する者と失敗する者、その全員に焦げ跡ひとつない。



「間に合ったみたいだな」



 立ち乗り状態の箒を低空で停滞させている魔女の横で巨大な銀狼が青い瞳を向け、クチから冷気を溢れさせる。



 魔女エミリオとフェンリルのクゥが絶望とも思えた状況を一瞬で掃除して見せた。





「───!? ......なん、だ? 何が起こった?」


 爆発はした。しかし手応えがまるでない。


 イフリー大陸、デザリアで【オルベア】は眼を見開いた。

 ひとつの眼球に複数の瞳という奇眼を見開き、


何かいる、、、、な? 面白い......充分は準備を済ませ次第、蹂躙してやろうではないか」


 渇き亀裂した地面のような笑みを浮べた。



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