◇554 -本物の凄み-
石畳を力強く踏む謎の少女は闇と共にバリアリバルへと降臨する。
「ここが
フフン、と得意げに鼻を鳴らし黒マントをゆらして足を進める姿はどこか誇らしげ。堂々とした足運びで向かう先は───ユニオン。
「この
街の地図をラントカルテなどと呼ぶ彼女はユニオンを見上げ瞳を鋭く尖らせる。
行き交う冒険者は正面、それも道の中でユニオンを見上げる彼女に視線を飛ばす。
「......ほう。どうやら私が只者ではないと勘付く者もいるらしい。中々のダークパワーを感じる......が!」
フフ、と笑ったかと思えば彼女は視線を飛ばす冒険者を睨むように見る。少々おかしな少女が睨んでくると、当たり前だが全員視線をそらす。当たり前の行動だ。大声で、アルカディアだのブラッドマザーだのダークパワーだのと言う少女に関わると火傷では済まないと誰もが思う。
「フフン、どうした? 眼を合わせる事もできぬのか? それとも本能が震えたか? 我が魔眼の脅威に!」
全く
黒マントの背中には逆十字、指先の欠けた黒のマニキュアには赤十字が描かれ、手の甲を隠すようなグローブと、左手には謎の文字が書かれた───恐らく自分で文字を書いた───包帯。
「この魔眼は黄昏に疼く......速やかに
黄昏など等に過ぎた時刻だが、彼女にとっては何か暗い感じ=黄昏や常闇。
冒険者登録をフェアトラークなどと言う彼女は独り言にしては少々迷惑なボリュームであれこれ呟き、ユニオンへ入る───前に、フォンを取り出した。
黒のスワロフスキーと赤のスワロフスキーでデコレーションされたフォンには謎の魔法陣とストラップにはお気に入りなのであろう逆十字が。
「我が
無理矢理凄みを盛った声で言い、フォンポーチから何の変哲もない武器を取り出す。彼女の体格に全く似合わない重厚な大剣を。
「うわぁ、重いぃ......、、、」
と、とても可愛らしい声で大剣を必死に持つ彼女はゆっくり、ゆっくりと背負う。フラフラと危なっかしく揺れ、何とかバランスを保つ事に成功し、謎の微笑を浮かべユニオンのカウンターへ進む。
「失礼する。裏切りの大三魔王の所在は掴めたか?」
「へ!? 魔王? あ、こんばんは、ようこそユニオンへ───えぇ!?」
「だ、大丈夫ですか? 肩のベルトがミチミチと食い込んでいるご様子ですが......」
「プルプァリヒター。この魔剣に気付くとは流石と言っておこう。この魔剣は契約者である私の身さえ隙あらば喰らおうとする暗黒の
理不尽な死の危険を孕むらしいプルプァリヒター───固有名【バスターソード】は量産されている大剣で、1万2000vと武器にしては安すぎる価格。鉄屑を溶かし硬め研いだだけの代物なので値段相応の品と言える。
勿論、持ち主を捕食する事など万に一つもあり得ない。
「そ、そうですか。い、一旦武器は置きましょう」
「武器を置け、と? ......!! 貴様さてはこのプルプァリヒターを狙っているな? まさか大三魔王に寝返ったのか!? 第六次魔天大戦をここで始めると言うのなら、この
第六次魔天大戦というオリジナル大戦を歴史に捩じ込もうとする彼女はバスターソードへ手を伸ばす。が、抜けるワケもなく。
「───!!? 抜剣抑制術式を既に!? このプルプァリヒターを力技で抑えたと言うのか!?」
「お、落ち着いてください!! 私はその第六次何とかなんて知りませんし、16時からのシフトに入ってる受付です! きっと仲間です!」
「な、仲間......仲間など......私には......」
仲間に苦い思い出でもあるのか、彼女は視線を落とし過去を悔やむような雰囲気を出す───が、彼女には悔やむ過去などない。強いて言えば、村の池に居るちょっと大きめのカエルを「サラマンダーと契約する魔獣」などといいドメイライト騎士隊を呼んでしまった過去しかない。
「あ、あの、それで、本日はどのようなご要件で?」
「すまない、記憶の煉獄に魂を焼かれていた。今宵はここで
「フェアト......えっと、冒険者登録でよろしいですか?」
「む、すまない。こちらではそう言うのだったな。よろしく頼む」
「あ、はい、あのですね、仮の姿というのは?」
「......それを知ればお前の家族や知人を危険に晒す事になる」
「えぇ!? で、でも、曖昧な情報では冒険者登録はできませんし......」
「......私は元々この世に存在していない。魂の情報さえも存在しないと言える」
「いやでも先程、こちらの世界に存在する以上は〜とおっしゃっていたじゃないですか?」
「あ、えぁ、そ、それは、えっと......クッ!? 魔眼に反発するようにプルプァリヒターがッ! 鎮まれ、鎮まれぇぇぇッ!!」
「ひっ......だ、大丈夫ですか!? 治癒術師をお呼びしましょうか!?」
「いや、それには及ばない。そもそも並みの治癒術師ではこのカースオブデスティニーに触れる事さえ出来ない。我がダークソウルを削り抑制に成功したが、次は恐らく......いや、なんでもない」
とてつもなく面倒な客が来たと受付嬢は思わずにはいられなかった。
「で、では冒険者登録の件へ戻しますね。身分証......フォンデータでも可能ですが、お持ちになってますか?」
「一応こちらの世界で私の存在を確立させるための魔札はあるが、私は魔王と契約を交わした魔界十二騎士のひとり、シュバルツと呼ばれている。なのでシュバルツで登録を」
「無理です」
「む、しかし」
「ダメですよ、ちゃんと身分証の提示をお願いします」
受付嬢は気付いた。いや気付いていたが合わせていた。しかし魔界だの魔将だの言い出したので投げるように対応するしか道はないと確信した。
「私はシュバルツ! 魔王と契を交わした最強の闇騎士! ダークネスナイツの称号こそが我が身分証!」
「はい、ですがルールはルールですので仮の姿とやらの身分証の提示を」
「......暗黒合成魔獣を率いるシュバルツ!!」
「提示を」
「......、......や、やはり貴様は第六次魔天大戦を勃発させようと企む闇の組織の───?」
騒がしい彼女と、呆れる受付嬢を見兼ねて声をかけるべく、2人の冒険者が現れる。
「どうかした?」
「ここも
背後から響く声へ反応した彼女は瞳を鋭く研磨し、振り向くと───
「───あわ、え、」
そこには
纏うオーラは只者ではない。
「誰だお前は?」
「あらら、可愛らしいデスねぇ! お名前聞いていいデス?」
「わ、私は、シュ......」
この2人はヤバイ。と本能が叫ぶも、彼女はその恐怖を吹き飛ばすように叫ぶ。
「私の名はシュバルツ! 魔王の眷属であり魔界十二騎士の魔将! 魔眼のシュバルツ! 今私がダークネスモードだった場合死んでいたぞ! 命拾いしたな! その命を大切に抱いて去るがいい! 早く早く!
死んだ。
彼女は心の底からそう思った。
あ、しんだ、と。
そう思うのも───全細胞が警告するのも───無理はない。
彼女は魔王の眷属でも冒険者ですらもない、ただの───妄想が爆裂している───14歳の女の子。
魔王はおろかモンスターさえ遠目でしか見た事がないただの少女だ。
しかし、少女は “魔王の眷属” や “魔将” というワードを一番言ってはいけないであろう相手に言ってしまった。
「魔王の眷属? 何か知っているのか?」
「みたいデスねぇ。ちょっとよろしいデスかぁ?」
漆黒の中に輝く紅の瞳、白が黒に染まる瞳、そう───この2人は紛れもない悪魔種であり、悪魔という存在を敵と認識している2人。
「あの、その、私は......冒険者に......その、なりたくて......ただの人間で......その......」
震える声で、怯えた小さな声を途切れ途切れに並べる少女を見て2人は威圧的オーラを鎮めた。
「......悪かった。冗談はあまり得意じゃないんだ」
「でもダメデスよぉ? どこで
そう言い残し2人の
「あぁぅゎ......」
少女は冒険者登録をする前に、本物の凄みを、死の恐怖を全身で感じ腰が抜け、
「だ、大丈夫......ですか?」
「............、......た......」
「......え?」
「............漏らしちゃった......」
涙を流し、漏らしてしまった。
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