◇553 -空虚の酒場-
【空虚の酒場】【星の番人】【天使の取り分】【集会場酒場】【ユニオン2階トラットリア】。
ウンディー大陸、首都【バリアリバル】では、この5つの酒場が冒険者達の間で人気が高い。特に最初の3つは冒険者しか利用しないとまで言われている。勿論冒険者以外も利用可能だが、毎度満席になっているうえ、クエストから帰還した冒険者達に休んでもらいたいという人々の計らいで事実上、冒険者専用とまで言われているがこの点については誰一人不満な声を上げない。
集会場内の酒場やユニオン2階の酒場はここ最近になって人足が増え、冒険者以外にも街の人々や観光客が好んで足を運ぶ。家族での食事や友人と軽く呑む、冒険者を見てみたい、雰囲気を味わいたい、など様々な目的で利用されている。
こういった会話の中で、やはり気になるのは3つの酒場を利用する冒険者の存在。
数ある酒場から【空虚の酒場】【星の番人】【天使の取り分】がなぜ人気高いのか? なぜ毎度満席なのか? 酒場の数より冒険者の数は圧倒的に多い。数えるまでもなく多い。そして酒場は酒場、レストランではないので食事の味や種類はどう足掻いてもレストランなどの食事を目的とした店には勝てない。
食事後に酒場を利用する者は勿論いる。が、それでも3つの酒場は毎晩大いに賑わっている。
雰囲気がいい。酒類が多い。サービスがいい。様々な事が上がる中でも、やはり一番大きな影響力を持っているのが───有名冒険者、有名ギルドが好んで足を運ぶ、という点だろう。
存在感のある冒険者やギルドは、食事をする、酒を呑む、リラックスする、というごく当たり前の行動にさえ、存在感からくる影響力が無意識的に、自動的に発動してしまう。
そのひとつの結果として3つの酒場が有名店になってしまった。とはいえ、冒険者業は自分の頑張り次第で大金を稼げる。
存在感を持つ有名な冒険者はそれだけ努力した結果であり、大金を持っていても不思議はなく、他の者達より良い食を楽しむ事も出来る。
そういった冒険者に気に入られる時点で運もあるが、それ以上に味やサービスが他の店より良かったという事だろう。
冒険者が有名にした店、ではなく、冒険者が
そのうちのひとつ。
【空虚の酒場】を愛してやまない冒険者ギルドが1年半に渡る【パンドラ クエスト】からバリアリバルへ一時帰還した。
「───おっつかれー!!」
飴色の木製ドアを引き千切らんとばかりに開き、ご機嫌な声を響かせ来店する人物。褐色肌に鮮やかな青色の髪、首元ではマフラーを揺らす健康的な女性に続いて、
「こらこら、そんなに強くドアを引く事ないだろう」
落ち着きのあるローブ姿でどこか知的な雰囲気漂う男性が軽く注意しつつ【空虚の酒場】に来店。客達は乱暴に開けられたドアへ睨むような視線を突き飛ばすも、すぐにその瞳は驚きに見開き、店内はざわつく。
「オォイ。今俺様を睨んだヤロウがいた気がしたんだが、テメーか? 何か文句あんのか? アァ?」
次々に来店する者達の中のひとり、狼耳を持つ長身赤毛の男性が客に絡み始める。
「まーた始まった。キャンキャン吠えて大きく見せないと気がすまない弱火犬」
ドアを豪快に開いた女性が狼耳の男性を横眼に大袈裟な呆れモーションを披露すると、ターゲットはこの女性へと移る。
「テメェ、誰が弱火だ! 溶かすぞクソビッチ!」
「───アァ? やってみろよダボ。アタシを溶かす前にテメーが燃えカスになるのがオチだろ早漏野郎」
双方が歩み寄る道を作るように───避難するように───客達はテーブルごと移動させる。
知っているのだ。この2人を、この連中を、客達は知っている。だからこそ素早く移動もとい避難を選択し、いつでも店から出られるようテーブルに代金を置き、貴重品などをしまう。
ビリビリと空気が痛む中、怯む様子もなく足音を響かせる新たな来店者達。
「はい、そこまで。喧嘩は後で迷惑のかからない場所でやってくれ」
優しそうな男性が手を鳴らし仲裁するとすぐに2人は文句ひとつ言わず下がった。
青髪の女性はまだしも、赤毛の男性まであっさり引き下がるのは驚いた───という感想は客の誰ひとりとして抱かない。
「何かあればすぐ噛み付いて、呆れてものも言えんな」
「ひとりで留守番、させておけばいいのに」
アップルグリーンのポニーテールを揺らす女性は翼のような耳に届いた赤毛男の声に軽蔑の視線と呆れ声を添え、マンダリンドレスの女性は冷たい瞳を赤毛男へ向け来店する。2人の女性が入ってくると、客達は歓迎にも似た驚き声をあげる。
2人のターゲットとなっていた赤毛の男性は歓声をあげる客に噛み付く事なく、舌打ちしてカウンターに座ったままおとなしくしていた。
「騒がせてすまないね。今日は僕達が奢ろう。好きに呑んでくれ」
喧嘩を止めた男性が客全員へ言うと、今度こそ客達は大声で歓声をあげた。
男性は歓声の中を進み、カウンターに座って店主と話す。
「やぁ、調子はどうだいマスター?」
「お宅らが来てくれなきゃ最高だったんだけどな。おかえり、ノル」
強面を向け、低く太い声で店主は答え、ジョッキをノルという男性へ出し、自分もジョッキを持って乾杯する。
「して、今日もリント嬢ちゃんは来てくれねぇのかい?」
「あぁ。声はかけたんだけど、
「そりゃ残念だ。ウチとしてはひとりでも多く金づる......客が来てくれると助かるんだけどな」
「ハハ、相変わらずだね」
店主との久しぶりの会話を楽しむと、ノルは店内を見渡す。
「本当にいい店だ。リントが数回しか来てくれないのは心から残念だと思うよ」
「本当だぜ。リント嬢ちゃんが来てくれりゃ、その姿を見ようと客も釣れるってのによ」
「そんな事聞いたら残念だけど尚更ここには連れて来れないな。それより、
話題を変えると、店主は楽しげな顔で笑う。まるでこの話題を待っていたかのように。
「良いも悪いも変わったな。まずウンディーが国になったろ? そして【レッドキャップ】や【クラウン】なんてのも派手に動いたり、大陸間の関係もたった1年半で盛大に変わったぜ。特にシルキ大陸が最近正確に “発見” されたらしい。シルキと交友関係を築ければ和國の酒も増えるだろうな」
強面がニヤニヤする破壊力にノルは苦笑いしながらも耳を向ける。ある程度の事はキューレから定期的に売ってもらっていたが、細かくは買わなかった。その理由が、地界に帰還した際に自分の耳で聞いて、自分の眼で見て、楽しみたいからだ。
「大きな話は大胆に聞いている。ただ、細かい内容などは詳しく聞いてないんだ」
「ほう、何が聞きてぇ? 俺は情報屋じゃないが、噂程度なら話せるぜ」
「頼む、それが今日の楽しみだった。噂を聞いて興味が惹かれれば情報屋に聞けばいい。それで───誰なんだい? いるんだろう? 今の世代......
この言葉に、革命家やらカリスマやらという言葉に店主は盛大に笑った。その笑い声に釣られたのか数名がノルの近くへと移動し話に耳を向ける。
「革命家でもなけりゃカリスマ性もねぇチビッ子だ。そうだな......ハリケーンみたいなヤツだな」
店主の言葉はまさにだった。しかし耳を向けていた者は皆、首を傾げる。
チビッ子から連想されるのは子供。
ハリケーンは暴れん坊といったタイプの性格を連想させる。が、子供で暴れん坊なのは別に不思議ではない。むしろ健康的で良いとまで思う。
「俺も見かけた程度だが、納得したぜ? 見りゃわかる」
「オイ、オヤジ! もっと分かりやすく言えねぇのか!? まずそのチビは強ぇのか弱ぇのか! どっちだ!?」
狼耳を立たせた赤毛が吠えるように言うと、店主は頭を左右に揺らし、
「おいおい、俺は冒険者じゃねぇぜ? 見かけたのも街で数回、それも数秒で実力なんて見えるワケねぇだろ? ただ......」
ここで焦らすように言葉を切り、一度瞳を閉じ、すぐに開かれた瞳は真剣な色をしていた。
「......ただ、チビッ子の近くにいる女性達は中々レベルが高い。そこのフリムちゃんやリント嬢ちゃんとタメ張るレベルの女性もいる。外見もそうだが実力も折り紙つきだ」
「もぉ〜〜〜上手いんだから
「フリムのくせになァに照れてんだ。気持ち悪ぃな」
「アァ? 聞いてんじゃねぇよウガル。気持ち悪ぃなブチ殺すぞ」
「まぁまぁ2人とも。それでマスター、ウチのリントとタメ張るって子はどんな子だい?」
店主のおふざけ発言───ではなく、本当にそうなのだろうと理解した面々は冒険者特有の雰囲気を醸した。自分達の知らない実力者の存在は、いつになっても興味深いのだろう。
「ローズクォーツみたいな髪色で......確か最近は黒い布眼帯をしていたな。綺麗な顔立ちの女性だ」
「へぇ。それは見てみたいな」
アップルグリーンのポニーテールで翼のような耳を持つ女性【キュライノ】も微笑む。
マンダリンドレスに似合う黒髪を団子ヘアにしている女性【フェオン】は木彫りの置物に興味津々。
同じく
「残念だけど
【ノールリクス】は酒を呑み干し、宴が始まった。
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