◇522 -騎士と冒険者-



 鎧のように筋肉を着込む【バーバリアン ミノス】のおさの広く太い肩に座るわたしは、スピードにも驚いたが乗り心地の良さに鼻水が出そうになった。巨体を揺らし荒野を爆走するバーバリアン達だが、振動はほとんどない。下手な馬より全然乗り心地がいい。

 そしてなりより───


「この迫力......いいねいいねぇ!!」


 振り向けば50を越えるバーバリアンの群れ。両サイドには道中で見つけた いい感じの木 に道中で拾った いい感じの布 を縛り付けた旗のような棒を持たせている。これが風になびいて格好よさと凄みを増幅させる。


「ガケ、トベバ、ムラツク!」


「ほう。崖で一旦ストップして様子みるぞ!」


 崖飛ぶってお前、大丈夫なのか? お前の肉体ではなくわたしへ抜けるであろう衝撃だとか......そこちゃんと考えてる?


「エミ、アデミロ」


 バーバリアンの1匹......ひとりが太い指を向けた先では予想通り既に戦闘が始まっていた。

 騎士のヒガシン達や騎士見習いのウェンブリー達、そしてウンディー大陸の冒険者達がラオブミノスの軍勢を相手に火花を散らす。

 戦闘力的には問題なさそう───危なげなヤツもいるが───だが、数が予想より多い、多すぎる。


「ここからじゃ冒険者が誰なのかわかんねーな......」


「アデ、エミ、トモダチカ?」


「あぁ、あそこで戦ってる人達はわたしのそうだな......まぁ全員友達みたいもんだ」


「オデタチ、エミ、トモダチ。トモダチノトモダチ、オデタチトモダチ」


 ......なんて?

 見た目は完全モンスターだが悪いヤツじゃない、が、喋り方がどうにも合わない。

 こういう相手とは下手に会話しようとせず、強引に、


「よし、お前ら! 今から戦場へ突撃する! わたし達の敵はラオブミノス! それ以外は叩くなよ! 突撃中雄叫びを忘れるな!!」





 略奪種と呼ばれているだけあって【ラオブミノス】の戦闘力は中々高い。その戦闘力を匠に操る異変個体【ラオブミノスロード】は戦略的でもあった。

 通常個体とは違い、戦闘力は勿論のこと戦略知識も高い同種族が異変個体とされ、その種族のリーダーを務める。この場合その個体のレートはワンランクアップし【ラオブミノスロード】はS指定のボスモンスターとなる。


 ドメイライト騎士団、特級騎士隊長【ヒガシン】は落ち着いているものの、隊員の心には恐れと焦りが入り混じる。


───危なっかしいな。


 そんな姿を見てカバー出来る部分はカバーし、さりげなく声をかける隊長だが、それにも限界がある。ラオブミノスの数が予定の数倍でロードの戦術は騎士や冒険者の陣形を模写したものだった。付け焼き刃とも思える陣形模写が実に厄介で、ブレイク時に前後を入れ替えるチェンジ戦法や独自の掛け声で前衛が大きく飛び、大剣ミノスが周りを巻き込む勢いで剣を薙ぎ払う。ガードしたタンカー達を飛んだミノスが襲撃し、隙間を軽装ミノスが掻い潜り相手の陣形を崩す。


 多数対多数では定番となる戦術を強靭な肉体を駆使して強引に模写した結果、人よりもパワー漲る敵陣突破戦術となっていた。


 ヒガシン達も実力はラオブミノスに劣らないものの、隊員だけではなく見習いも混ざるパーティでは戦闘経験値、団体戦闘熟練度が圧倒的に足りない。臨機応変も元となるも知識や技術がなければ応用も何もない。


「おい騎士共! 距離を詰めすぎだ!」


 冒険者の怒鳴り声も “何か言っている” 程度でしか聞き取れない精神状態。

 日頃からモンスター相手に死を背負う冒険者は圧倒的な数を前にしても変わらない。己の技術を信じ、無理に連繋せず、それでいて視野が広い。上級騎士の中でも更に上位の者と同じ技量が今ここにいる冒険者には備わっている。


「見習い! 前に出すぎだ!」


 ヒガシンは2つの隊を指揮しつつ、めまぐるしく変わる戦況を見極めなければならなかった。そしてヒガシン本人も、自分にそういった指揮者タクターは向いてない、と自覚している。それでも今この場では自分以外にその役を担える者がいない。


「騎士、囲まれたぞ」


「チェスならボードひっくり返す局面ッスね......」


 冒険者のひとりとヒガシンは会話をした。Aランクモンスターに囲まれるという決して余裕ある状況ではないものの、自然と受け答えか出たのはヒガシンが騎士というより冒険者寄りの性格だからだろう。これが騎士様騎士様している者だったならば、つまらない返事に冒険者は肩をすくめるだろう。


 状況のような鼻息をあげるラオブの群れ。

 ヒガシンは特級とはいえ隊員は上級、それもまだ甘い上級騎士達。そこに見習い騎士という構成だが、意外な事に上級騎士よりも見習い騎士の方が度胸───メンタル面が図太く、巨体の軍勢を前に怯まず挑んでいた。


「怪我は大丈夫か? ネリネ」


「大したことないですわ。オゾリフこそ吹き飛ばされていましたけれど大丈夫ですの?」


「そういう話は後だよ2人とも」


 主席と三席が言い合いを始めそうになる中を次席が割り込み会話を終わらせる。上級騎士とは違って余裕───とは言えないものの、落ち着きは多少ある。


───やっぱ中級達に上級階級はまだ早かったんスよ......手が足りないとは言え無茶な昇格は死ぬだけって帰ったら上に報告か......


 数十秒の緊張を裂くようにラオブが咆哮する。


「......うるさいね」

「うるさいね! ぶっ殺してやる! うるさいから!」


「駄目だよ勝手に動いちゃ! あとポルクは僕とアンブルの間! 前出過ぎ! アンブルは広範囲を無闇に撃たない事!」


「巻き込まれる方が悪い。わたし悪くない」


 咆哮の最中にカトルは鋭い敵意でミノスを睨み、ポルクは「ぶっ殺してやる!」と子供のようにはしゃぎ、アンブルは周りなんて知らないモード。アゾールは自由すぎる面々にため息をつきつつ、上級騎士と共に広範囲障壁の詠唱に入った。


 伝染するように咆哮が広がり、猛牛のようにひづめで地面を擦り前屈姿勢に入る。鋼鉄の硬度を持つと言われているミノス種の角を槍のように向けた突進攻撃を四方八方から一斉にするつもりだろう。

 ただの突進ならばいくつか対処方はある。しかしラオブ達は突進からの武器攻撃も使うだろう。何よりも問題なのが数十匹の角を包む───無色光。強烈な突進を剣術まで昇華させた個体が数十匹、残りの個体は強烈な突進から剣術を放つべく武器に無色光を纏わせる。

 溜めに時間がかかっているものの、もうすぐ発射される文字通りの突進剣術を前にヒガシンは、


「こっちは障壁を用意しているけど突進剣術で突破されるかもッス。冒険者組は何か手札あります?」


 騎士として崇高なプライドを持つ者ならば絶対に選ばない選択、冒険者と共に戦う道を選んだ。ヒガシンには騎士としてのプライドがない───ワケではない。生きていくのに必要ないプライドは持ち合わせていないだけ。

 任務を必ず成功させる、手柄をとる、自分の評価をあげ昇格する、などの野望や野心はなく、ただあるのは、生き残る事だけを考えた思考。例え任務を捨てたとしても、生き残る。自分だけではなく、ここにいる全員を生きて帰らせる。それだけがヒガシンの持つ騎士としてのプライド、騎士道とも言える精神であり、ヒガシンという人間。


「へぇ......観光ついでにクエストを持ってきたって言われて内容聞いた時は騎士と小競り合いも覚悟してたが、結構話せるヤツもいるんだな」


「あー、俺は例外ッスね。騎士団でも文句言われまくりッスけど、小さい事に拘ってたら大きいモノを失う。失ってから悔やんで改めても......遅いんスよね」


「............そうか......、手を組もう。障壁で一瞬でもミノス止めたら俺が道を作る。その道を多分あそこにいる狼耳が突っ込むから、お前も一緒に行ってロードを叩け。残りのミノスは他に任せて信じるしかない」


「それが今選べる最善ッスね......俺はヒガシンっス、そっち名前は?」


「トウヤだ」


「トウヤ......覚えておくっス。それじゃ任せたッスよ!」


 溜めに溜めたパワーを纏い、ミノス達は狙いを定める。立ち上がった剣術を更に溜める事で威力が増加する───ディレイも増加する───技術までもを身につけているラオブミノス達。教育したのは間違いなくロードだろう。

 そのロードを叩く事で混乱を招き、その隙を逃さずミノスを一掃する作戦。問題は───


「グルアアアア!!!」


 咆哮と共にミノスが一斉に突進を始める。地震のように揺れる地面と迫るラオブの恐怖。

 一掃作戦の問題は、この凶悪な突進を全員がやり過ごせるかどうかだ。


「障壁!!」


 ヒガシンの指示で詠唱していた障壁を展開させ、ミノス達は見えない───ミノスレベルでは見えない───壁に衝突する。しかし押し返す事は出来ず砕かれるのも時間の問題。

 ここで黒衣の冒険者トウヤが地面に左手をつけた瞬間、ミノスが二列ほど闇に沈み、


「カイト!」


「おう!」


 名を呼ばれた狼耳の冒険者はあろうことか障壁の一部を内側から砕いた。そこへ闇に沈んでいたミノス達を衝突させるように影から吐き出し、気付いた時には止められず略奪種は相討ちする。

 生まれた空間をヒガシンが素早く突き進む。カイトも同じく進み、お互い雨の女帝時に顔を見かけた程度の関係だが、カイトもヒガシンも協調性が高いタイプの性格。邪魔にならず、それでいてお互いが本気で放てる剣術を選択し、見事ラオブミノスロードの太い首を撥ね飛ばした。


 しかし同時に障壁が砕け散る。

 トウヤは先程瞬間的に広範囲の影牢を2連発、それもかなりデリケートな位置設定をして使ったため、想像を遥かに超える精神疲労に苛まれ、敵味方問わず飲み込む豪快な影牢しか使えないため槍を手にする。が、ラオブの数が異常。ひとり2、3体討伐しても足りない。


 地震のように揺れていた地面は一際その揺れを大きくし、



「「「オオオォォォーー!!」」」


 ラオブではない咆哮と共に無数の影が乱入した。


「総員、遠慮はいらん! 好きなだけ叩いてハンバーグにして食ってしまえ! 略奪種から全てを略奪しろ!! ギャハッハッハッ!!!」


 新たなミノスの軍勢と共に現れた小柄な影は横暴な略奪種にも引けを取らない横暴かつ残酷な発言を響かせた。



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