◇506 -彼岸入り-
今までの全てが嘘のように、長年続いていた悪い夢から覚めるかのように、真っ暗だったシルキ大陸にやっと光が差した。
何の変化も何の進歩もないまま、争いの炎は燃え上がり、その原因さえ変わり始めていた混沌の中をひとりの魔女が奔放に、豪快に、突き進み、火種である夜楼華を知った。妖怪、アヤカシ、人間が夜楼華のため、国のためにと心を押し殺していた裏で大神族が命彼岸の寄生力と支配力を人へ無理矢理巻き付け、異変種を生産しようと企んでいた。その企みの狙いは異変を喰らい大神族の中でも異質かつ圧倒的な力を手にするため。しかし完全体は生産される事なく失敗作の化物
唯一の成功体である特異個体は残念ながら大神族が作り上げたものではなく、大神族へ命彼岸などを吹き込んだ科学者───の姿に変彩していた魔女フローがイフリー大陸から拾ってきたトウヤを素体にしたものであった。
フローが大神族
異変種から何らかの覚醒を経て特異個体となる事は既にわかっていたが、その “何らかの覚醒” がハッキリしていない。雨の女帝と化したルービッドでは強制的に覚醒させられるかどうかを試し、可能だと判明した。しかし強制覚醒の場合は自我が不安定になりただのモンスターでしかない。
大神族を使った実験でも覚醒条件が見えず、フローの興味は特異個体から薄れていった。
そんな中、特異個体となったトウヤをエミリオが半強制的に仲間へと引き込んだ。
この行動、エミリオの行動と結果にフローは警戒をおぼえる。
取るに足りない存在だったエミリオだが、観察する度に何かが鼻につく。会ってみてさらに何かが引っ掛かる。しかし気にしていなかった。のだが、シルキ大陸での一件がフローの脳内ではエミリオが警戒すべき存在へと変換された。
宝石魔女よりも危険であり、天魔女クラスの要注意人物となった。
SSS-S3犯罪者クラウンのリーダーであり元四大魔女のフローから警戒、要注意指定されている事を知る由もない魔女エミリオは───
「〜〜〜〜っくぁ......ねっむ」
なんとか昼前に起床し、大アクビで朝を迎えていた。
「おぉ、めっさ人いる」
人の多さに驚いた。ウンディー大陸の首都バリアリバルでも宿屋暮らしをしているうえに、人の数ならばノムー大陸の首都ドメイライトにも引けを取らないのがバリアリバル。その街と同じような生活をしているエミリオが驚いた理由は、単純にシルキ大陸にもこれだけの数の人がいたのか、というものだった。京は確かに人が多かった。しかし状況的にも楽しく出歩くなどありえない空気だったうえに、華組と龍組の衝突が激しさを増していた時期だったため、ウンディー勢はシルキの人工を触る程度も体感していない。
「〜〜〜っ......。そっか、今日から祭りだったな」
正確には今日、彼岸入り という言葉を添えられた日であり、ご先祖の墓を普段よりも綺麗に掃除したり、
祭りというのも間違いではないが、騒がしい祭りではない。とエミリオは認識していた。彼女にとっては彼岸も
窓の外から京を見渡し、家族で歩く者、恋人だろう男女が肩を並べ茶屋で笑い合い、京で暮らしている兄に久しぶりに会ったのであろう弟がはしゃいでいるのを横眼に、エミリオは3度目のアクビで完全に睡魔を消し飛ばし、枕元にあったフォンを拾い窓際の椅子へどさっと身体を落とした。
「メッセが2件?」
届いていたメッセージをタップし、内容を確認する。1件はワタポから『みんなでシルキを巡ってくるから、メッセくれれば拾いにいくよ』との事だった。もう1件はビビから『装備のメンテは帰ってからするから、それまで添付した武具使いなね。それと、大神族様がエミリオを京の茶屋で待ってるって』との事だった。
「ワタポの方はわかったけど、ビビ様の方......ポコちゃんは何時から何時まで茶屋にいるんだ? しかも茶屋ってどれだよ」
ボサボサの頭を
「装備の読み込みをしつつ、茶屋ってのに行ってみるか」
椅子から立ち上がり、ダラダラと顔を洗い、一番近い茶屋へエミリオは向かった。
◆
「おーい、こっちじゃよ」
適当に入った茶屋に客はひとりしかいなかったが、それがまさかのポコちゃん こと
「フッ」
「何を格好つけとるんじゃ?」
「あぁ、気にするな。で、何の用だ?」
療狸の前に座り、お茶......ではなく何か美味しい飲み物をオーダーしたいのだが、どうせお茶しかないのだろう。と諦めモードのわたしだったが独特な細瓶の飲み物を発見した。
何とも言えない不思議な形状の瓶を1本オーダーし、届けられたそれはプラスチック製の蓋らしきもの。その裏で飲み口にはピッタリとガラス玉のようなものが装着された品。
「取れねーぞ? なんだこれ?」
指で引っ張るにもガラス玉はピッタリ、いや、わりと食い気味で飲み口を封鎖していてストレスを感じずにはいられない。イライラしているわたしを見た療狸が「貸してみぃ」と手を出したのでバトンタッチする。大神族の力を使わなければ飲めない代物ならば店の人を泣かす勢いで苦情のマシンガンをブッパしてやろうと心に決め、療狸の手元へフォーカスする。
療狸はプラスチック製の蓋らしきものきらキノコ型のような栓を回収し、それをガラス玉へと当て、手のひらで押すと───プシュ。
「おっ?」
「これでビー玉がビンコの中に入って飲めるんびゃよ。瓶のくぼみを利用してビー玉を止めてのぉ」
「くぼみ......ビー玉を、ここで、こうか?」
「そじゃそじゃ。飲んでみぃ」
独特なくぼみに中のビー玉を引っ掛けるようにし、飲むとプシュ音通り炭酸がクチに流れ込む。大きく傾けるとビー玉が入り口を封鎖してしまうが、ゆっくり飲みたい気分なのでよし。
炭酸飲料の味はなんてことないソーダだが、開封、くぼみでビー玉攻略、そして傾きを戻した際になるビー玉のカラカラ音。
「っ〜はぁ......いいなこれ! なんかいいな!」
「ラムネという飲み物じゃよ。風情があってよいじゃろ?」
「よいよい───で、ラムネが用事か?」
何が美味しいのか理解不能なお茶ではなく、うままな甘い炭酸に出会えた喜びで喉を潤しつつ療狸の用事を待った。本当にラムネを教える事が用事ならば、それはそれでいいが。
「お主の連れの、ワタポ、プンプン、ひぃたろ、を夜まで借りたのじゃ」
「借りた? 本人がいいって言うならいいだろ。んで、その3人に何かさせるのか?」
面白そうならわたしも是非参加したい、と前のめり気味で質問すると療狸は理解不能な事を言う。
「ご先祖様に会って、今後使えそうな事を教えてもらっとるんじゃ」
「はぁ? ご先祖様だぁ? 昼間っから酔ってんのか? それとも寝てんのか?」
親ならまだわかる。生死こそ知らんが親レベルに会うならまだ納得出来るし不思議じゃない。が、ご先祖様ときたら不思議どころの話じゃない。そんなもんとっくの昔におっちんでるとしか思えないし、酔ってるか寝ぼけてるかのどっちかだろポコちゃんよ。
「彼岸......
「? まぁいいや。3人の事はわかったし、わたしには関係ねーよ」
「そかそか、してのぉエミリオ。お前さんは母の思念具体......
「会った。118回も殺されて最初1回と最後1回しか殺せなかったぜ」
「ほう......何かお前さんに言っとったか?」
「あー? んーっと......わたしの魔力ってすげーんだよ。その魔力に自分の世界を組み合わせる、みたいなの言ってた」
「そかそか、ならばええのぉ」
「んな事よりポコちゃん。わたしにかかってるデバフ消せない? あと少しなんだけどさ」
「無理じゃの。じゃが消し方は知っとるぞ」
「お? まぢで? 教えて」
「自分の魔力に自分の世界を組み合わせる。想像力と創造力こそ魔女の真髄じゃぞ」
「は?」
「お前さんなら朝飯前じゃろに。天才なんじゃろ?」
「おう」
やっぱ自分で解くしかないか......。
幼いわたしとダプネ、お互いの母魔女と、グルグル眼鏡。ここの記憶がまだデバフってる。
他の部分はもうスッキリ完璧、だが、脳内ではグチャグチャ状態だから今度ゆっくり記憶を整理しつつ見直そう。
でも今は───とりあえずシルキの祭りを楽しもうではないか!
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