◇489 -満開の霊華-



 援軍を空間魔法で飛ばしてすぐ、わたしも空間魔法で移動したのだが、おしくも空間出口の計算をミスり楼華島サクラじまに降り立ってしまった。

 目的の摩天楼まてんろうは楼華島にあるのでここから空間移動すればいい。が、その前に追加で痛撃と体力のポーションだけでも飲んでおきたい。あの時リピナにしっかりと治癒術かけてもらうべきだった、という後悔をポーションで飲み流し、まだ少し痛む身体と浅い傷に舌を鳴らそうとした時、妖力皆無のわたしにもハッキリとわかる程の───不思議な妖力が摩天楼に湧いた。


「チッ、完全に満開かよ.....蕾共もちょっとはサボれよなー」


 クソネミの何でも食べる能力───かは知らないが───のおかげで夜楼華ヨザクラの毒は花弁から排出されない。が、それも正直アテにならない。マナが巡回するという事は夜楼華が仕事をするという事。仕事それには魂の逝き還す、も含まれている。

 マナの巡回と恐らく調整も。魂の送転も夜楼華の仕事......今までサボってた分仕事は山積みだろう。つまり、また夜楼華はサクラを溜め込む。


「その場しのぎじゃ話になんねーんだって」


 わたしはもう一度舌打ちし、空間魔法を繋ぐべく夜楼華がある摩天楼まてんろうへと視線を伸ばした時、近場でモンスターの気配を拾い3度目の舌打ち後、ブリュイヤール ロザを力任せに抜剣した。





 蕾がほぼ開いた状態の夜楼華ヨザクラの下で、眠喰バクは昔の事を思い出していた。

 夜楼華が開花した昔の事を。


「あの頃から私は何も変わってない......、いや、ダメになっちゃってるのかもしれない......」


 痺れるような感覚がざわつく指先へ視線を落とし、眠喰は瞳を強く閉じた。

 楼華に侵された3名をアヤカシにした眠喰。

 大事なモノが簡単に、それも一瞬で奪いされる怖さを知ったあの日。あの日から眠喰は眠れず眠らず、まだ見ぬ恐ろしい現実に怯えて。

 その現実が、今、悲しくも満開に。


「───っ」


 満開の霊華れいかに灯る赤へ眠喰は手の伸ばし、能力を使いその赤を、毒を自分へと送る。

 花弁の赤色は徐々に薄まり桜色へと変わり、眠喰の髪は赤色へと変わる。進む悪霊化、痺れる感覚の奥にある不思議な感情が眠喰に唇を噛ませる。

 熱くなる瞼に懐かしさを添え、眠喰は優しく想う。


───今度は.....ちゃんと助けられていたらいいな。


 過去に満開した霊華。あの時から眠喰は眠れなくなった。自分が眠っている頃にまた事が起こり、起きた時に事が始まっている最中はもう嫌だ。起きた時に全てが終わっいるのも嫌だ。

 もう、何も出来ないのは嫌だ。


 眠らなければいい。

 そんな安直な考えしか出来ない子供だったあの頃とは違う。

 様々な方法を考え、大切な全てを守り助ける方法を考え、悩み、それでも、眠喰に安心は無かった。


 アヤカシは元々人間。楼華の毒の対象となる。その対象を確実に守るには、毒を眠喰が散らさぬよう抱きかかえるしかなかった。


「...........」


 赤く染まった瞼を閉じ、眠喰はみんなの無事を祈るように楼華を抱き寄せ続けた。夜風が一枚の花弁を泳がせた事にも気付かず。

 どこか必死に泳ぐ花弁はヒラリヒラリと宙を扇ぎ、眠喰の耳元でくるりと回る。


───みそ! 今度は私達が助けるから、絶対助けるから.....そこで待ってて!


───みんみん! 全部終わったら一緒に沢山寝よう、だから今はちゃんと起きててよ?


───大丈夫、必ず助けるから。オイラ達の事をちゃんと頼ってくれないと寂しいぞ。


「!?───..........」


 不可解な現象が眠喰に起こった。耳元に届いた声は紛れもなく、妖華、雪女、夜叉の声。

 記憶の声などではなく、今の。


 瞼が、瞳が、熱くなる。歪むように湿った世界で満開の夜楼華が揺れた。胸の中にぽっかり空いた寂しさにずっと溜まっていた悲しさが、夜風に揺れて、赤い視界を溺れさせる。


───私は、私は......


 痺れる感覚の奥にある不思議な感覚。これが後悔なのだと知った時、眠喰の前に虹色の空間が開かれた。


「───おっと、よぉ クソネミ。長刀(コレ) 借りるの思ったより時間かかっちゃったぜ.........にしても、髪真っ赤になってんのな」


 手品師のような衣服と丸い大きな帽子を被る、小柄な女性───魔女エミリオが空間移動で現れた。所々にはまだ新しい傷、衣服には痛々しい損傷が残る。


「エミー...........」


 ここへ来る途中モンスターに遭遇したのか、左手には白銀の剣を持っていた。しかしその剣を腰の鞘へ荒々しく納め、薬の小瓶を一気に飲んだ。

 空になった小瓶を適当に投げ捨て、背負っていた長刀───に見えるのは彼女が小柄すぎるから───を取り、強く豪快に振り回し鞘を投げ飛ばすよう抜刀した。

 赤い刃と黒の峰、鍔付近の刀身に桜模様を持つ【霊刀・楼華】が、月光を反射させる。



「こうしなきゃ抜けねーんだよな、コレ長いし。鞘傷ついても......わたしのじゃねーしいいだろ。さて..........約束通り|助けに(ころしに)きたぜ───本当にいいんだな?」


「......」


───今更何を言っても、何も変えられない。


───今更何を求めても、何も手に入らない。


───先程響いた、待ってて という言霊も今はもう。


───心まで悪霊化してしまう前に処分してもらった方がいい。そうしてくれた方がみんなに迷惑もかからない。



「.................、うん。お願い」



 夜楼華の下、今更何を求めても変わらない、どうしようもない現実に───真っ赤な瞳は泣いた。



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