◇489 -満開の霊華-
援軍を空間魔法で飛ばしてすぐ、わたしも空間魔法で移動したのだが、おしくも空間出口の計算をミスり
目的の
「チッ、完全に満開かよ.....蕾共もちょっとはサボれよなー」
クソネミの何でも食べる能力───かは知らないが───のおかげで
マナの巡回と恐らく調整も。魂の送転も夜楼華の仕事......今までサボってた分仕事は山積みだろう。つまり、また夜楼華はサクラを溜め込む。
「その場しのぎじゃ話になんねーんだって」
わたしはもう一度舌打ちし、空間魔法を繋ぐべく夜楼華がある
◆
蕾がほぼ開いた状態の
夜楼華が開花した昔の事を。
「あの頃から私は何も変わってない......、いや、ダメになっちゃってるのかもしれない......」
痺れるような感覚がざわつく指先へ視線を落とし、眠喰は瞳を強く閉じた。
楼華に侵された3名をアヤカシにした眠喰。
大事なモノが簡単に、それも一瞬で奪いされる怖さを知ったあの日。あの日から眠喰は眠れず眠らず、まだ見ぬ恐ろしい現実に怯えて。
その現実が、今、悲しくも満開に。
「───っ」
満開の
花弁の赤色は徐々に薄まり桜色へと変わり、眠喰の髪は赤色へと変わる。進む悪霊化、痺れる感覚の奥にある不思議な感情が眠喰に唇を噛ませる。
熱くなる瞼に懐かしさを添え、眠喰は優しく想う。
───今度は.....ちゃんと助けられていたらいいな。
過去に満開した霊華。あの時から眠喰は眠れなくなった。自分が眠っている頃にまた事が起こり、起きた時に事が始まっている最中はもう嫌だ。起きた時に全てが終わっいるのも嫌だ。
もう、何も出来ないのは嫌だ。
眠らなければいい。
そんな安直な考えしか出来ない子供だったあの頃とは違う。
様々な方法を考え、大切な全てを守り助ける方法を考え、悩み、それでも、眠喰に安心は無かった。
アヤカシは元々人間。楼華の毒の対象となる。その対象を確実に守るには、毒を眠喰が散らさぬよう抱きかかえるしかなかった。
「...........」
赤く染まった瞼を閉じ、眠喰はみんなの無事を祈るように楼華を抱き寄せ続けた。夜風が一枚の花弁を泳がせた事にも気付かず。
どこか必死に泳ぐ花弁はヒラリヒラリと宙を扇ぎ、眠喰の耳元でくるりと回る。
───みそ! 今度は私達が助けるから、絶対助けるから.....そこで待ってて!
───みんみん! 全部終わったら一緒に沢山寝よう、だから今はちゃんと起きててよ?
───大丈夫、必ず助けるから。オイラ達の事をちゃんと頼ってくれないと寂しいぞ。
「!?───..........」
不可解な現象が眠喰に起こった。耳元に届いた声は紛れもなく、妖華、雪女、夜叉の声。
記憶の声などではなく、今の。
瞼が、瞳が、熱くなる。歪むように湿った世界で満開の夜楼華が揺れた。胸の中にぽっかり空いた寂しさにずっと溜まっていた悲しさが、夜風に揺れて、赤い視界を溺れさせる。
───私は、私は......
痺れる感覚の奥にある不思議な感覚。これが後悔なのだと知った時、眠喰の前に虹色の空間が開かれた。
「───おっと、よぉ クソネミ。長刀(コレ) 借りるの思ったより時間かかっちゃったぜ.........にしても、髪真っ赤になってんのな」
手品師のような衣服と丸い大きな帽子を被る、小柄な女性───魔女エミリオが空間移動で現れた。所々にはまだ新しい傷、衣服には痛々しい損傷が残る。
「エミー...........」
ここへ来る途中モンスターに遭遇したのか、左手には白銀の剣を持っていた。しかしその剣を腰の鞘へ荒々しく納め、薬の小瓶を一気に飲んだ。
空になった小瓶を適当に投げ捨て、背負っていた長刀───に見えるのは彼女が小柄すぎるから───を取り、強く豪快に振り回し鞘を投げ飛ばすよう抜刀した。
赤い刃と黒の峰、鍔付近の刀身に桜模様を持つ【霊刀・楼華】が、月光を反射させる。
「こうしなきゃ抜けねーんだよな、コレ長いし。鞘傷ついても......わたしのじゃねーしいいだろ。さて..........約束通り|助けに(ころしに)きたぜ───本当にいいんだな?」
「......」
───今更何を言っても、何も変えられない。
───今更何を求めても、何も手に入らない。
───先程響いた、待ってて という言霊も今はもう。
───心まで悪霊化してしまう前に処分してもらった方がいい。そうしてくれた方がみんなに迷惑もかからない。
「.................、うん。お願い」
夜楼華の下、今更何を求めても変わらない、どうしようもない現実に───真っ赤な瞳は泣いた。
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