◇471 -カゲロウ-2



 自分の命を賭しても守りたい、助けたい、と思えるほどの大切なモノがカイトには沢山できた。

 自分の望みが叶うなら他人も世界もどうでもいい、と思えるほど擦り切れた日々を送ってきてトウヤ。


 共に騎士を夢見ていた頃とは逆とも言える2人の心情。


 仲間を救いたいと思うカイトはトウヤを止めるべく、剣を。

 自分の望みを貫き叶えるためカイトの仲間を殺すと決めたトウヤは、槍を。

 守るべき剣と貫き通す槍は一歩たりとも引かず、噛み合う。


「思い出すな、騎士を夢見ていたあの日を」


 カイトの言葉にトウヤは無言のまま槍を押す。カタナのような刃を持つ槍は大剣を軋ませるほど力強く、カイトは一旦離れる事を選択し槍をいなすべく身体を揺らした。

 小さな揺れにトウヤは素早く反応し、わざとカイトの剣が押す方向へと槍を流す。槍を横へ弾きいなしたとカイトは思い、一度下がるも───トウヤは槍をくるりと回し担ぐように持ち、水平に大振り───妖剣術を放った。

 火属性の飛燕ひえんはカイトのガラ空きになった腹へ飛び込み焼き斬る。


 手加減なしの妖剣術はカイトを吹き飛ばし、摩天楼まてんろう 4階の壁を焦がした。


「焼き斬られる痛みは想像以上だろ? カイト」


「〜〜〜ッッ! お前、本気で、」


「容赦しないと言ったろ? 予想よりだいぶ速いが、終わりにするぞ」


 槍先につくカタナのような刃が濃く荒い赤色光を着込む。槍本来の使い方とも言える突きの姿勢を取り、トウヤは虚空を突く。

 飛燕系の剣術───炎の槍が豪快な音で空気を燃やし、矢の如く速度で放たれた。

 爆炎がカイトを飲み込み、荒々しい火柱が揺れ立つ───中でカイトは大剣を大振り。風属性妖力を単発重剣術に乗せ、内側から炎を四散させた。


「妖剣術!? お前も使えるとは驚いた」


「驚いた、は、こっちのセリフだ......」


 カイトは茸印の痛撃ポーションを直接傷口へとかけ、痛みを遠いものとする。それでも傷口は傷口。血液は吐き出されるので、狼印の止血剤を雑に塗る。


「強くなりすぎだろお前......でも、キャンセルは出来ないみたいだな」


 キャンセル───ディレイキャンセルと言われ、剣術などのディレイが発生する部位から意識を切り離す技術。エミリオ以外の冒険者はほぼ使える技術だが、連発は難しく、恐ろしい集中力が要求される。

 カイトはまさにそのディレイキャンセルを利用、剣術後のディレイを全身ではなく右腕だけに発生させる事に成功し、ポーションや止血剤を使う時間を作った。この間、トウヤは突き剣術のディレイにより動けずにいた。



「ふたつ、教えてやる。カイト」


「なん───だッ!?」



 ディレイクール後、一歩でカイトの前へ移動したトウヤはそのまま火属性剣術を放つ。一瞬遅れてカイトも風属性剣術を使い、トウヤの剣術を迎え撃つ。

 お互い連撃系の剣術を打ち合う中でトウヤは言う。


「火属性に風属性をぶつける場合は注意しろ───こんは具合に火力を煽る事になるぞ」


 風に扇がれ火が炎となりカイトを襲う。連撃系剣術の攻撃数もトウヤが多く、カイトは数撃をまともに受けた。そして、


「あとひとつは───俺も出来るんだ。さっきの」


「───!?」


 剣術が終了したかと思えば次は体術───トウヤの両足が緑色光に揺れ、風属性蹴術が完全にヒット。風属性を纏う蹴りは体術だというのに鋭く、まるで刃物のように鋭利な蹴りがカイトを斬り捨てる。


「............終わったな」


 剣術、蹴術に充分すぎるほどの手応えはあった。倒れ転がったままのカイトは動かない。

 トウヤは数秒見詰め、身体を翻し5階への階段へ向かっていると、カイトは吐血し咳込む。


「どうした? まだ、終わってないぞ、そんな、ものか?」


 深い傷が二箇所、打撃傷が二箇所と複数箇所に火傷を負っている中でもカイトは強引に身体を起こした。

 全てを受け止め、受け入れたうえで、全部守り抜く。そういった意識を強く持つ瞳を向けて。その姿に、


「───ッ!!」


 優勢とも言えるトウヤが歯噛みし、腹の奥を焼き焦がした。





 カイトが言ったように、昔とは違う。アイツがこの10年、どんな想いで生きてきたのか......俺程度では測れない。

 ここまで、アイツの攻撃は俺に届かず、俺の攻撃は届いている状況───圧倒的に不利とも言える状況で、カイトは尚も立ち上がり俺を見る。

 “最終警告” のつもりで撃ち込んだ剣術と蹴術だったが、全く心が折れない......いいや、揺れさえしない。


 本当に変わったんだな。お前は。


「カイト......」


「なん、だ? トウヤ」


 火傷は体温を上げ、熱を上げる。

 今のお前は火傷の痛みだけじゃなく、安定性を失った視界や脱力に襲われているだろう。

 それでも、まだ立つか。


 俺にとってお前は道標だった。

 目標を掲げ、目的をハッキリとさせ、それに向かい行動する。

 すぐにフラフラしてしまう俺とは違ってハッキリとした芯を持つお前は、俺にないものを持つお前が、とても羨ましかった。俺はお前の後ろでいいから、その姿を見ていたい、助けたいと思っていた。


「......言っておくが、普通に殺すぞ」


「───ッ、今更かよ」


 だがもう、全てが違うんだ。全てが遅いんだ。

 確かにお前は変わった。守る側へとなった。

 昔よりも良い変化だと俺は思う。が、本当にもう遅いんだよ......。


「俺は俺の目的のためにしか進めない───俺の中にお前の居場所はもうない!」


「俺は......全部守るぞ! トウヤ!」


 俺は死ぬためにしか進めない───今のお前の中に、今の世界に、俺の居場所はもうないんだ。





 トウヤ、お前は───何に囚われているんだ?

 俺を本気で殺るつもりならさっきの攻撃で殺れただろう......お前の心の底にある本心を見るため、一歩遅れた剣術、手数の足りない剣術を選択したんだ。


 お前に殺されるならいい。そう思っていたが───今のお前に殺される気はない。


 大切なモノの中に、お前も含まれているんだ。

 だから───


「俺は......全部 守るぞ! トウヤ!」



 お互いの武器が強い無色光を放ち、俺達は同時に床を蹴った。



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