◇427 -残滓と記憶のカケラ-11



 半透明で不思議な女性が、とても綺麗な女性が、蜃気楼に降り立った。薄い色でも艷やかな金色の髪。長い睫毛が揺れ、深い安心感を持つアメシスト色の瞳が周囲を見渡した。


『......あら、貴女は純妖精エルフね? そっちは魅狐で、貴女は両義手!? .......はぁ〜〜、偶然か必然か、それにしても意地悪な運命様ね』


 と、ひぃたろ、プンプン、ワタポを見て嘆く女性は、更に周囲を観察し、


『本当に凄いわ......こんなにも心強い子達が同じ時代に立ってるなんて、幸せ者ね───エミリオ』


 魔女の名をクチにし、その魔女へ視線を向ける。すると半透明の女性は一瞬息を震えさせ、綺麗な顔立ちに優しい安堵と寂しい切なさを浮かべ、魔女エミリオを見ていた。


「......貴女は一体」


 最初にクチを開いたのはひぃたろだった。突然、それも自然に現れた不自然に透ける女性を前にまるで時が止まったかのように静寂していた面々だが、ひぃたろの声に時が戻る。


『ごめんなさいね、挨拶がまだだったわ。私は......いいえ、挨拶は後ね。今はあの子を止める方が先決だわ』


 不自然な乱入者は漂う魔女の魔力に警戒する事なく進み、忍の前で『ありがとう、もう平気よ』と笑顔を向けた。何がどう平気なのか全くわからないが、忍は妙な安心感に包まれ影縫を止めた。

 直後、魔女は腰に吊るされていた剣へ手を伸ばし、抜剣と同時に半透明の女性へ斬りかかる。


『───!!』


『短気なのは変わらないわね』


 恐らく風魔術であろう魔術で魔女の剣をあっさり押し返し、グラつく魔女へ半透明の女性は追撃の地属性魔術を撃ち込んだ。豪快に吹き飛んだ魔女を他所に女性は忍へ何らかの魔術を使い、焼け爛れる皮膚を治癒し、天井を睨む。


『......今ね』


 呟いた瞬間、蜃気楼全体が軋むように揺れ、全身に響く重音が空で鳴いた。長く短い数秒の振動と重轟音が消え去り、倒れていた魔女はゆっくり起き上がる。すると、魔女の額から血液が垂れ落ちる。


『誉めてあげたいけれど、まだまだ甘い』


『......っ!』


 剣を構え魔術の詠唱と同時に剣術を使おうとした魔女へ、


『少しおとなしくしていなさい』


 と女性はワガママな子供を叱るように言い、灰色の魔法陣を魔女の足下に展開、と同時に魔女はガクリと膝を付く。


───膝を付く程度......予想以上ね。


 足下の魔法陣と同色同サイズの魔法陣が魔女の上にも展開され、魔女は膝立ちでは耐えられなかったらしく床に倒れる。


「......重力魔術」


『正解。鋭いわね、不思議な純妖精エルフさん、いえ......貴女は半妖精ハーフかしらね?』


 ひぃたろの呟きに確り反応しつつ女性は振り向き、手札を確認するように全員を吟味した。


『これだけ集まってるならイケるわね。クコ......療狸やくぜんの所の妖怪さんとそちらの眠喰さん達3名は私の合図で “無属性の妖力” で魔力を消してもらうわ、狙う魔力の2倍盛り込めば可能よ。その後すぐに鬼は妖力さん達を引っ張り戻して、恐らく手の速い魔術を使ってくると思うから近接組は魔法陣の破壊......近接組はそちらですぐ組んで頂戴。魔法陣破壊後は───あら? 凄い子が居るじゃない』


 突然仕切り始めた女性はこれまた突然指示を切り捨て、蜃気楼5階へと続く階段を見た。上から降りてきたのは大太刀を背負った鬼───夜叉のアヤカシあるふぁ。


「え......オイラが寝てる間に何が起きてるの?」


 竹林道でその身に宿った鬼を無理矢理覚醒させたアヤカシのあるふぁは、あれから今まで眠っていた。騒がしく長い夜でも今に至るまで眼を覚まさなかったのは鬼の力があるふぁの身体へ大きな負担を与えていたからだろう。アヤカシは元々その身に妖を宿していない者が、何らかの出来事により妖を宿した存在。導入能力ブースターも然り、必ずしも自分に合う妖が宿るとは限らない。


「あるるん!?」


「ヒェ〜。私だったらこのタイミングでは降りて来ないなぁ」


「あるふぁさん、身体はもう大丈夫ですか?」


 華の3人が夜叉の復活を各々のスタイルで喜んでいると、魔女が魔法陣の破壊へシフトする。魔術に抗っていたものの女性の重力魔術は恐ろしい完成度で、魔法陣が残っているタイプならばそれを破壊する方が速いと踏んだ魔女は重力圧の中で魔術を発動してみせた。が、


『もう少しおとなしくしていなさい』


 女性は魔女の魔術に魔術をぶつけ相殺。二撃三撃と同じように相殺しつつ、会話を───指示を続けた。


『鬼殺し持ちの彼がいるならもっと簡単ね』


 あるふぁが持つ大太刀の存在も知っている薄く透けた女性。一体何者なのかと誰もが思いつつも、どうしてか今あの魔女を止められるのはこの人しかいないと思ってしまう。上手く言葉で表せない魅力を纏う女性はこちらを唸り睨む魔女へ、寂しい色を宿す悲しげな視線を一度送り、長い睫毛を震わせた。





 自分の魔力を全て魔女の魔力───魔女力ソルシエールに変換する事に成功した。やはりわたしは天才か。


『6割以上は危険ってダプネが言ってたけど余裕じゃん』


 と、謎の異空間で独り言を吐き捨ててみたものの、余裕ではない。頭の奥が重くなる嫌な感じを必死に振り払い何度も途切れる意識に手を伸ばす。魔女という種はそれなりに成長し、魔力を魔女力に変換───進化させる事で魔女という存在としてやっと認められる。とダプネは言っていたし、靄ってた記憶の一部がハッキリした事で昔フローやババー、ダプネの母であるメリーにも「自分の魔力を全て魔女の魔力に昇華出来てやっとスタートライン」なんて事を言われ続けていた。


 つまり、この反動めいた症状に耐え抜いた時わたしはやっと魔女としてのスタートラインに立てるという事か? ......笑わせるな。わたしは天才であり最強の魔女エミリオ様だ。自分の魔力に押し潰されるなんて雑魚い終わりを迎えると思うか?

 撒き散らしても有り余る魔力全てを魔女力に進化させて、常時魔女の魔術を使うスーパーウィッチ エミリオになったら、まずハロルドやプーに挑もう。その後はナナミンとゆきち、そして脳筋共もボッコボコにして、強くて可愛い天才魔女! として手始めに不定期クロニクルの表紙でも飾ろうじゃないか。


「へっ、楽勝だぜ魔女の魔力さんよぉ!」


 ワタポもプーもハロルドも、頭おかしいんじゃねーの? ってくらい自分だけの力を高めている。他の奴等もそうだ。何かを超える度に強くなってる。わたしは成長している実感がなかった......が、ここでメガ進化してやるぜ!


「───.......お? おっおっおっ?」


 頭痛めいた嫌な感じが消えて、途切れそうだった意識も極太意識に。変に重かった身体もいつもの綿毛ウエイト───いや、以前より調子がいいような気もする。

 自分の魔力の確認だ。以前は魔力と魔女の魔力と何か奥にあった、という感覚だったが今は───


「これきたんじゃね?」


 隠しようのない魔女の、わたしの本質的な魔力だけになっている。自分の魔力全てが魔女力ソルシエールに。

 よし......よし、よし! よっしゃ! これで魔女エミリオ(覚醒)が誕生した! クソめんどくせー魔力を魔女力に変換する行為も必要なし! 魔女力を渋る必要もなし! 今までの魔力→魔女力の変換作業の代わりに魔女力→色魔力ヴェジマだけやればいい!


色魔力ヴェジマが保存きかねーってのがクソだけど、まぁ色魔力アレは爆発力の代償として反動エグいからあんまり好きく───......?」


 なんだ? 近くて遠い場所で沢山の魔力や妖力が動いてる......そして、何か大きな魔力───魔女がここへ近付いてくる!?


「無意識でもこの感度か、いいねいいね」


 魔力や妖力が忙しく動いているのが気になるが、近付いてくる魔女をとっ捕まえて色々聞けばいいか。


 丁度いいや。魔女力ソルシエールも試したいし、相手が魔女なら手加減の必要もない。街中でも街の外でもない謎空間。でけーの連発しても何一つ問題ない。



 さぁ来い、さぁ! ぶっ飛ばしてやっからよ!



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