◇412 -緋朱雷鳴-1



「......ボク達を引き離して1vs1に持ち込んだみたいだけど、ボク達もそれを狙っていたんだよ」


 ジプシーの後を一定の距離をおき追跡する形で追っていたプンプンは問い掛けた。するとジプシーは足を止め、ベルとの距離を確認し、プンプンを見る。


「これだけ離れればお互い気を使わずに殺り合える。オレもキミとは毛一本程の気遣いもせず殺りたいとずっと願っていたし」


「?......ボクはキミを見るのは初めてだよ?」


「そうかい? 昔一度会っているんだけど......覚えていないのは当たり前か。改めて自己紹介をさせてもらうよ」


 足を揃え、腰を折り深々と頭を下げるジプシー。まるで紳士や聖騎士を思わせる立ち振る舞いにプンプンは困った表情を浮かべていると、ジプシーの自己紹介が始まる。


「オレの名前はジプシー。今は犯罪者かな? さっきキミとは一度会っていると言ったが、それはまさにこの場、シルキ大陸で幼いキミとオレは出会った」


「シルキで? ボクはノムー大陸の.......」


 竜騎士の里の産まれだ、と喉まで上がった言葉をプンプンは飲み込んだ。プンプンは魅狐族ミコであり竜騎士族ではない。産まれた時から竜騎士の里に居た、というのはプンプンの記憶であり、まだ記憶もない赤子の段階───本当に産まれたばかりの時はどこで誰の子として産まれたのか、プンプンは知らない。


「約20年前」


「───20年前?」


「オレは冒険者だった。危険なモンスターを狩る冒険者───ではなく、犯罪者を狩る冒険者だ。当時の冒険者達はどれもコレも犯罪者のように粗相に粗相を厚塗りしたような連中でね。オレを殺人鬼なんて呼ぶヤツもいた。耳障りだったからいっそ全員殺して本物の殺人鬼になってやろうかと考え始めた頃、面白い仕事が舞い込んできてね」


 ジプシーは遠い記憶を見る瞳で語り、背中の長刀を取った。プンプンは身構えるもジプシーは抜く事はせず、長刀の全体を見せるように。


「その仕事の報酬のひとつが、この武器。いい長刀だろ? 自慢の......特種効果武具エクストラウェポンさ」


 武具にそこまで詳しくないプンプンの眼で見ても、相当な業物だと理解出来るその姿。強武具特有のまるで生きているかのような雰囲気───気配がするジプシーの長刀。

 黒塗りの鞘には見た事のない花の彫刻。持ち手は黄金色が巻かれ、柄頭からは黒で先が赤い毛の装飾が垂れる。鍔にも何かしらの彫刻があるようだが、プンプンからはハッキリ見えない。


「もうひとつの報酬はオレの頭の中に埋めてある。それはすぐに見せてあげるよ。それより......この武器の固有名を知りたくはないかい?」


「うーん、あんまり興味ないかな」


「そんな事言わずに聞いてくれよ、この武器の固有名は─── 魅狐喰ミコクイ


「......ミコクイ?」


「そう。キミの種である魅狐ミコに喰らうという字を並べて、魅狐喰 と読む」


 ジプシーはゆっくりと刀身を見せる。よくあるカタナの色合いをした刀身だったが、刃が徐々に黄金色へと変色する。


「キミの父と母を素材にし作り上げた長刀で、これがふたつ目の報酬───」


 突然、ジプシーの姿が弾けるように消え、そこには雷線が残る。プンプンが気配を背後で感じた瞬間、耳元でジプシーは囁くように告げる。


「───キミの母から奪った能力、導入能力ブースターさ」


 反響する微かな音にプンプンの身体は半ば勝手に反応し、長刀の一撃を回避。

 整理も理解も何も追いつかない中で、プンプンは直感的に理解する。あの長刀は紛れもなく魅狐の雰囲気、自分によく似た雰囲気がある、と。そして今の能力、自身を雷化させる変化系能力にプンプンは同じ力を感じた。


「......ボクは本当の父や母を知らない。だからキミがボクの両親を殺したと言った所で全然ピンと来ないけど、その武器と能力からは同じモノを感じたよ」


「うん、それだけ感じてくれれば充分さ。オレがキミを狙う理由も察してくれたかな?」


「大体、ね。ボクが最後の魅狐でその武器がボクの両親なら、嫌でも適応するだろうね」


 そう、ジプシーは自身が扱う魅狐殺しの武器を更に洗練するため、唯一の生き残りであり、武器素材と同じ系譜の魅狐を強く求めた。あの夜、子狐を殺さなかった自分を盛大に誉め、今その子狐を存分に堪能し、更なる力の糧とすべく、ジプシーは長刀を握った。


「さぁ殺ろう! 安心していいよ! キミの首を撥ねた後、一度楽しんでから確りと両親に会わせてあげるから! その可愛らしいクチにオレを突き刺してからちゃんと会わせてあげるから!」


 興奮に痺れるジプシーを前にプンプンは心の底から溜め息が溢れ出た。


「なんでボクの前に現れるヤツはみんな変態なんだろうね......呆れるよ本当に」


 今更両親の事だの同族の事だの言われても、プンプンにとっては困るだけの話。プンプンにとっての両親はリリスに奪われ、大切な妹は今もリリスの手の中にいる。それが彼女にとっての現実であり真実。魅狐族の事を語り聞かされても、今更何も出来ない。


「ま、丁度いいや。強い相手を探していた所だったし。キミは丁度いい相手になりそうだ」


 朱色の瞳にを灯し、銀魅狐は尾を広げた。顔に浮き上がる緋色の魅狐模様、泳ぐ花弁と月を見上げて、魅狐は鋭く息を吸った。



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